ー1945ー

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第二章

ー青い空ー

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今日も青い空が広がっている。なんて美しい空だろう。
それに比べて自分の心はどうしてこんなに曇っているのだろう。
また朝が来てしまった。朝は苦手だ。朝は自分との闘いだ。瞼が重い。
重い身体を持ち上げ、一日を始めることにした。

「よし、旅行に行こう」
とっさに思いついたことだが、たまには本能に従って動くのも良い。
カバンに必要なものを無造作に入れ、旅行に出かけることにした。
家の中にいても憂鬱は増すだけだった。それならば、自分の好きな場所に行きたかった。

平日の朝はみんな忙しそうだ。学校や仕事に行く人たちが足早に歩いている。
その横をとぼとぼと時間に追われることなく歩く自分。実に対照的であった。劣等感にさいなまれる。
自分には何の用事もない。平日に旅行に行く自分が惨めに思えた。
要するに、自分は普通のレールから外れてしまったのだ。そう感じさせられた。もう普通には戻れない気がした。
まるで透明の箱に入れられて、隔離されているような気分だ。

「そもそも普通ってなんだろうね」
そう思うことで自分の心を落ち着けた。新幹線とバスに揺られ、鹿児島に来た。
鹿児島は大好きな場所だ。何度も一人旅で訪れている。自分にとって鹿児島は心惹かれる場所であった。

いつもならすぐ砂蒸し風呂に行くが、今日はそんな気分ではない。ただただ誰もいない場所でゆっくりしたい。
「長崎鼻に行って開聞岳を眺めよう」
長崎鼻は今の自分に合った場所であった。
ここに来るとなぜか心が落ち着く。昔からたまに来る場所であった。
いつもの野良猫もいる。安心した。この野良猫はずっとここで生きているんだ。お腹が大きい。もうすぐ子供が産まれるのだろうか。
「元気な赤ちゃん産んでね」
そう声をかけて背中をさすった。
野良猫は驚いたのか重いお腹をゆらゆらさせて、どこかへ行ってしまった。

階段を下りて岩の上に出た。階段を降りると周りには誰もいない。目の前には海が広がっている。
海面がきらきらと輝いている。開聞岳も綺麗だ。心が晴れやかになる。

「美しい」
自然を前にすると現実の悩みなんてどうでも良くなる。
ここにいる間は現実を忘れられる。幸せな時間だ。ずっとここにいたい。
このまま日本の最南端で現実逃避をしていたい。そんな風に思った。

海に触れてみたくなり、手で水を触った。冷たい。冷たさが生きている実感に変わる。
「自分は今、生きているんだ」
遠くで鳥の鳴き声が聞こえる。全てが美しい。

「これから人生どうしよう」
美しい風景とは裏腹にまたしても自分の心は一瞬、曇り始めた。いつもの悪い癖だ。
油断をするとすぐに悪いことを考えて重い思考に耽って、心が荒んでいく。

そんな時だった。
一瞬、空が激しく光った気がした。こんなに晴れているのに雷だろうか。
何時間ここに居たかわからない。海を前にすると時間を忘れる。
海の先に広がる光景を想像して心は遠くに行き、夢は広がった。
「この向こうには何があるんだろう。この深い海の底にはどんな生物が存在して、どんな暮らしを送っているんだろう」
そんなことを考えて時間は過ぎた。とても良い時間を過ごせた。
ふと時計を見るとバスの時間が近い。本数が少ないため、足早にバス停に向かった。

「レンタカー借りればよかったかな」
免許は持っているものの、慣れない土地を運転する勇気はなかった。運転は大の苦手だ。

先ほどの晴天とは裏腹に今はもう辺り全体が雲に覆われ雨が降り出しそうだ。
到着時刻を過ぎてもバスは来ない。タクシーを呼んだほうが良いだろうか。
不安になってきた。何かあったのだろうか。
バスを待ってすでに一時間半が過ぎようとしている。不安は一層深まる。
先ほどの野良猫を探したが遠くにも居る気配はない。
タクシー会社を調べようとスマートフォンを出すとネットが繋がらない。
ネットが出来なければ調べようがない。どうすることもできない現実に戸惑った。

ついに雨が降ってきた。またしても空が光った。
頭がくらくらした。めまいのようにぐらぐらした。地面が揺れているように感じた。
十分ほど経っただろうか。雨は止み、また元の空に戻った。

「不思議な天気。狐の嫁入りかな」
ハンカチで顔を拭いた。自分の気分を上げるためにしてきたお化粧は見事に全部取れた。お気に入りの白いハンカチは茶色くにじんだ。
このままバスも来ず、取り残されたらと怖くなってきた。
人を探しても誰もいない。車も見かけない。

スマートフォンは相変わらず使い物にならない。
こんな時、如何に自分がスマートフォンに頼って生きてきたのか実感する。
地図を見ることが出来ず、自分がどこら辺に居るのか分からない。どこを歩いて行けば駅の方面に行くのかも分からない。

辺りが暗くなってきた。電話をすることさえ出来ない。電話と言っても母親しか電話する人は居なかった。
心細くなると母親の声が聴きたくなる。どんな時も唯一、味方でいてくれる存在だった。
幼い頃に離婚をしたため、父親は知らない。自分は父親に捨てられたのだ。仲の良い友達もいない。パートナーもいない。心配してくれるのは大好きな母親だけだった。

野宿をするか歩いて戻るか。この二択しか浮かばなかった。
「野宿は怖いし、とりあえずバスで見た光景を頼りに歩こう」
そのうち誰かに会えるかもしれない。他人の車に乗るのは怖いが、優しい人が車に乗せて駅まで連れて行ってくれるかもしれない。そんな夢物語を抱きながら、歩き始めた。

戻れないとは知らずに。
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