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生と死
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朔が身を投げて一ヶ月。
命の危険は無くなったが、一向に目が覚めないと聞かされていた。
外傷の程度も酷く、自己治癒力を高めるために眠っているのかもしれないという医師の見解には違和感を覚えた。
多分、朔が起きることを拒んでいるのだ。このまま死ぬことを望んだのに、助かってしまった、と。
その気持ちをどうにかしてあげたかった。それを自分ならどうにかできることがわかっていた。
しかし会いに行くこともできないまま、刻々と時間は過ぎていく…。
「お、大御神様!」
本殿の方の扉から蛍の焦った声が聞こえる。
もう湯浴みも終えた、22時を過ぎた頃だ。
「入れ。」
物凄い勢いで扉が開く。
走ってきたのだろう。肩で息をしていること。
「どうした?」
蛍の方へ向かう。
「ね、姉様が、き、危篤で、危ないと…!」
息も切れ切れに蛍は早口に言う。
頭が真っ白になった。
今日の夕方はいつもと変わらない、安定していると聞いていた。
「お願いです、大御神様、姉様に会ってください!最期、最期かもしれない…!」
泣きながら過呼吸気味の蛍は私にすがった。
「急ぎ車を…、」
「呼んであります!お急ぎください!」
よく見ると蛍も寝巻きのままだ。
私は急いで羽織を二枚手に取り、箪笥の上の箱から滅多に履かない下駄を出した。
蛍はその間にすでに拝殿までおりており、鳥居前に横付けされている車も見える。
下駄をつっかけ、車まで走る。
病院までの道中、蛍に羽織を渡す。
「寝巻きのまま動くのはよくない。」
「あっ…!ご、あ、申し訳ございません!!」
「いや、ありがとう。会いに行けないかと思っていたんだ。」
「えっと…その、無断外出で…私の勢いで…。」
「知っている。だから感謝している。」
蛍と朔は間反対の性格をしている。深く考えることに慣れていない蛍だからこそ無断外出などと言う突飛な行動に出られたのだ。朔は深く考え、自分の立場、思い以外の全てを考慮した結果、動けずいたのだろう。逃げ出すと言う選択肢を取れなかったのだろう。
蛍は隣で居心地悪そうにしていた。
病院に到着し、病室まで急ぐ。
一般病棟とは別の建物にいるため、時間外でも面会ができるようだ。
病室の入り口を看護師たちが忙しなく往来している。病室に入ると奥で医師、看護師数名がベッドを囲み処置を続けていた。医師と看護師の声だけが響いている。
部屋が広いため、ベッドまで距離があるが看護師の往来が激しくベッドまで近づくことができない。
病室に現れた私に気づいた朔の母がこちらに来た。目元が赤い。手にはハンカチ を握りしめている。
「大御神様、申し訳ございません。娘がご無礼を…。」
「それより朔は?」
看護師の邪魔にならない場所で母親に尋ねる。
「わかりません…。覚悟してくれと、医師が…。」
「そんな…。」
母の言葉に蛍が泣き出す。
ベッドの方へ目を向ける。
医師と看護師の間からわずかに見えた朔の脚は包帯が巻かれ、そして酷く細かった。
ピーッ!
何やら機械の音が鳴り、医師と看護師の動きが止まった。
「…お母様、これ以上は…。」
医師がそう言いながらベッドから一歩離れた。
看護師たちも静かに退いていく。
当の母はその場に座り込んでしまった。
「母上!」
蛍は母に駆け寄る。
二人を置いて、僕は朔の方へ向かった。
二ヶ月ぶりだった。
顔にも手足にも包帯が巻かれていた。二ヶ月で、たった二ヶ月で人はこんなにも変わってしまうのか。
僕の判断と行動で、朔にこれほど辛い思いをさせてしまったのか。
左手を優しく握る。肌はかさつき、骨張っていて細い。
「朔、生きて。戻ってきて。」
僕の声と朔の母と蛍の嗚咽だけが聞こえる。
頭を撫でた。包帯だらけの痛々しい顔に触れた。
「自分勝手でごめんね。たくさん朔を振り回して傷つけた。本当にごめんね。もう傷つけない、苦しめない、だからお願い、戻ってきて…。」
朔のほほに水滴が落ちた。
あぁ、私は泣いているのか。人と同じように涙をこぼしているのか。
「朔、また天月と呼んで…。お願い。」
…ピッピッピッピッ
背後にあった機械が唐突に鳴り始めた。
「えっ?」
看護師の一人が小さくそう言った。
「戻った…?」
医師が機械の画面を見ながらそう呟く。
「朔媛、朔媛?!」
朔の母が立ち上がりベッドに駆け寄る。
「よかった…よかった…!」
周囲の反応に呆然としていた。
戻ってきてくれたのか。朔は呼びかけに応えてくれたのか。
唐突に握っていた左手が握り返され、ハッとする。
「朔?」
朔の顔を覗き込む。
包帯のかかっていない左目がゆっくりと開いた。
「…あ、天月、」
酸素マスク越しにくぐもった、朔の声。
朔の母も涙を止めて朔の言葉を待った。
「母上、も。…泣かないで…、」
「朔…。」
「朔媛…!」
母の笑顔を見て安心したのか、朔はまた眠った。
命の危険は無くなったが、一向に目が覚めないと聞かされていた。
外傷の程度も酷く、自己治癒力を高めるために眠っているのかもしれないという医師の見解には違和感を覚えた。
多分、朔が起きることを拒んでいるのだ。このまま死ぬことを望んだのに、助かってしまった、と。
その気持ちをどうにかしてあげたかった。それを自分ならどうにかできることがわかっていた。
しかし会いに行くこともできないまま、刻々と時間は過ぎていく…。
「お、大御神様!」
本殿の方の扉から蛍の焦った声が聞こえる。
もう湯浴みも終えた、22時を過ぎた頃だ。
「入れ。」
物凄い勢いで扉が開く。
走ってきたのだろう。肩で息をしていること。
「どうした?」
蛍の方へ向かう。
「ね、姉様が、き、危篤で、危ないと…!」
息も切れ切れに蛍は早口に言う。
頭が真っ白になった。
今日の夕方はいつもと変わらない、安定していると聞いていた。
「お願いです、大御神様、姉様に会ってください!最期、最期かもしれない…!」
泣きながら過呼吸気味の蛍は私にすがった。
「急ぎ車を…、」
「呼んであります!お急ぎください!」
よく見ると蛍も寝巻きのままだ。
私は急いで羽織を二枚手に取り、箪笥の上の箱から滅多に履かない下駄を出した。
蛍はその間にすでに拝殿までおりており、鳥居前に横付けされている車も見える。
下駄をつっかけ、車まで走る。
病院までの道中、蛍に羽織を渡す。
「寝巻きのまま動くのはよくない。」
「あっ…!ご、あ、申し訳ございません!!」
「いや、ありがとう。会いに行けないかと思っていたんだ。」
「えっと…その、無断外出で…私の勢いで…。」
「知っている。だから感謝している。」
蛍と朔は間反対の性格をしている。深く考えることに慣れていない蛍だからこそ無断外出などと言う突飛な行動に出られたのだ。朔は深く考え、自分の立場、思い以外の全てを考慮した結果、動けずいたのだろう。逃げ出すと言う選択肢を取れなかったのだろう。
蛍は隣で居心地悪そうにしていた。
病院に到着し、病室まで急ぐ。
一般病棟とは別の建物にいるため、時間外でも面会ができるようだ。
病室の入り口を看護師たちが忙しなく往来している。病室に入ると奥で医師、看護師数名がベッドを囲み処置を続けていた。医師と看護師の声だけが響いている。
部屋が広いため、ベッドまで距離があるが看護師の往来が激しくベッドまで近づくことができない。
病室に現れた私に気づいた朔の母がこちらに来た。目元が赤い。手にはハンカチ を握りしめている。
「大御神様、申し訳ございません。娘がご無礼を…。」
「それより朔は?」
看護師の邪魔にならない場所で母親に尋ねる。
「わかりません…。覚悟してくれと、医師が…。」
「そんな…。」
母の言葉に蛍が泣き出す。
ベッドの方へ目を向ける。
医師と看護師の間からわずかに見えた朔の脚は包帯が巻かれ、そして酷く細かった。
ピーッ!
何やら機械の音が鳴り、医師と看護師の動きが止まった。
「…お母様、これ以上は…。」
医師がそう言いながらベッドから一歩離れた。
看護師たちも静かに退いていく。
当の母はその場に座り込んでしまった。
「母上!」
蛍は母に駆け寄る。
二人を置いて、僕は朔の方へ向かった。
二ヶ月ぶりだった。
顔にも手足にも包帯が巻かれていた。二ヶ月で、たった二ヶ月で人はこんなにも変わってしまうのか。
僕の判断と行動で、朔にこれほど辛い思いをさせてしまったのか。
左手を優しく握る。肌はかさつき、骨張っていて細い。
「朔、生きて。戻ってきて。」
僕の声と朔の母と蛍の嗚咽だけが聞こえる。
頭を撫でた。包帯だらけの痛々しい顔に触れた。
「自分勝手でごめんね。たくさん朔を振り回して傷つけた。本当にごめんね。もう傷つけない、苦しめない、だからお願い、戻ってきて…。」
朔のほほに水滴が落ちた。
あぁ、私は泣いているのか。人と同じように涙をこぼしているのか。
「朔、また天月と呼んで…。お願い。」
…ピッピッピッピッ
背後にあった機械が唐突に鳴り始めた。
「えっ?」
看護師の一人が小さくそう言った。
「戻った…?」
医師が機械の画面を見ながらそう呟く。
「朔媛、朔媛?!」
朔の母が立ち上がりベッドに駆け寄る。
「よかった…よかった…!」
周囲の反応に呆然としていた。
戻ってきてくれたのか。朔は呼びかけに応えてくれたのか。
唐突に握っていた左手が握り返され、ハッとする。
「朔?」
朔の顔を覗き込む。
包帯のかかっていない左目がゆっくりと開いた。
「…あ、天月、」
酸素マスク越しにくぐもった、朔の声。
朔の母も涙を止めて朔の言葉を待った。
「母上、も。…泣かないで…、」
「朔…。」
「朔媛…!」
母の笑顔を見て安心したのか、朔はまた眠った。
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