言葉が見える街

春野 治

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言葉が見える街

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 そこは、話した言葉が見える町だった。
 
 見えるというのは、物体として質量を持ち、そこに存在するようになるということである。
 おはようの挨拶から、世間話をする人の会話まで、そこら中に散らばる様はおもしろかった。
 それでも、人の口から出てきた言葉たちはその場でずっととどまるわけではなく、ある程度時間がたつと消えている。本当に不思議だ。
 言葉が飛び交う物珍しさにキョロキョロしながら歩いていると、『ちょっと』という言葉が目の前を水平に横切った。
 声を掛けられた。いや、投げられた。
 「はい」
 と返事をして立ち止まる。
 驚いたことに、自分の声は物にはならなかった。
「突然悪いね。急に声投げかけて」
 投げられる。その感覚であっているんだなと思った。
 オレンジ色のTシャツとスキニーパンツを履いたお姉さんは、値踏みするようにこちらを見ている。歓迎はされていないのかもしれない。
「いえ、平気ですよ。それで、何用でしょうか」
「お兄さん、筋力に自信はある?」
 彼女の言葉はポロポロと上へ昇る。
 どんな原理でそうなっているのだろうか。
「人並みでしょうか。ムッキムキとは言えません」
「私よりは物を持てそうだ」
「では、試してみましょうか」
 お姉さんは初めて笑った。ハハハ、というポップ体が弾んで昇る。
 
 玄関、廊下へと通され、お姉さんのあとをついていく。
 全体的に清潔さを感じた。とても小綺麗という訳では無い。生活にゆとりがあるような人生を送っているんだなと家が語っているような雰囲気だった。
 大きな本棚が倒れていた。お姉さんの頼みとやらは、これのようだった。お姉さんが踏ん張りながら持ち上げようとする度にギザギザとした言葉が右往左往に飛び散る。その度に「ああ、ごめんね」と謝られる。『ああ』はユラユラと揺れながら、『ごめんね』はため息のように空気に消えていった。
 倒れた本棚を持ち上げるのは簡単だった。大人2人で持ち上げれば、すぐに終わる。それくらいの大きさだった。
 お礼に何が欲しいと聞かれて、街の話を、と返した。
 するとお姉さんは「この先にレトロな雰囲気な場所がある。そういうの好きな人は楽しいかもね。あとは、わたしもよく知らない」と言った。
 言葉達が床を滑る。滑って、棚の下に潜っていった。
 それを横目に見ながらそうですか、と返した。

 一通り休息したのち、玄関先まで見送ってもらった。
「ありがとうね。すごく助かったよ」
「いえ。自分にはまだ時間がありますし、この街でゆっくりしたかったので」
「……ここの街、冷たいよ。皆」
「へえ……そうなんですか?」
「皆、言葉に全部出るのが嫌なんだろうね。直接聞いた訳じゃないけどさ」
「顔は誤魔化せても本音が全て言葉に出るなんて。犯罪とか無さそうですねぇ」
「そんないいもんじゃないよ。喧嘩になってたのも見たことある」
「腹を割って話せないよりマシだと思ってしまいますね」
「あはは、そう思う人もいるだろうね」
「お姉さんは」
「……ん?」
「お姉さんは、どうしてここに住み続けているんですか?」
「うーん。なんでだろうね。なんとなく?ここが好きだけど……まあ意味なんてないかも」
「いいですねえ」
「何が?」
「理由が言葉にならないの」
「何?皮肉?」
「違いますよ」
 
 皮肉?という言葉は、いつもより少しだけその場に残っていた。
 

 



 

 
 忙しない雰囲気の街だった。
 それでいて、ちょっとレトロな雰囲気がある。たまらない。お気に入りの喫茶店でコーヒーお供に読書に耽ったらもう飛び上がってしまうんじゃないだろうか。
 
 この街はやけに静かだ。
 殆どの人がイヤフォンをして忙しそうに歩き、一スマホを見ていたりする。街だけが時間に取り残されているような印象を受ける。
 自分の世界にいる人間が多いのかな、なんて思いながら車や足音、電車などの喧騒の中で男の人と肩がぶつかってしまった。
 ぶつかった拍子に何か言われた気がしたが、周りが騒がしいかつ小さい声だったので聞こえなかった。
 しかし、そこには3文字の言葉が残っていた。

 『死ねよ』


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