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一章
02.徐々に気持ちが落ち着いてくると
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徐々に気持ちが落ち着いてくると、彼女の愛らしい見た目で頭の中から抜けてしまっていた、報告書の記述を思い出した。
『突然、他家の令嬢に殴り掛かり、会場を破壊。本人は「友達を作るとは殴って屈服させることである」などと説明した』
何かの作り話だろうかという期待もあったが、どうやら真実だったと理解せざるを得ない。
いくら美しい少女とはいえ、これは危険すぎる。他の家々が拒否したのは当然だ。
とはいえあの報告書を読んでいながら私と彼女の縁談を進めた父に何を言っても、断ってはくれないだろう。
額に手を当てて目を閉じる。覚悟を決めるしかないようだ。
大きく息を吐き出すと、玉砕覚悟でスカーレット嬢と対峙する。短い人生だった。
「スカーレット様、それはどなたから教えていただいたのか、教えて頂いてもよろしいでしょうか?」
「お兄様たちとおじ様たちよ?」
「なるほど」
イーグル家は武門で名を馳せる名家。挨拶からして我々とは異なるようだ。
立ち上がり、ズボンに付いていた草を払うと、スカーレット嬢に開いた手を差し出す。きょとんとして私の掌を見つめていたスカーレット嬢は、私の顔へと視線を上げて首を傾げた。
どうやらレディはエスコートされるという私にとっての常識も、イーグル家の彼女には通じないようだ。女性も強くあれという家訓ゆえに、エスコートされる必要性を感じないのかもしれない。
失礼だと分かっていても、思わず苦笑が零れてしまう。
握ったままの拳を優しくすくって取ると、庭園に準備されていたテーブルへと誘う。抵抗されるかと心配したけれど、スカーレット嬢は素直についてきた。
椅子を引いて彼女を座らせる。テーブルの上をちらりと見ると、折よく我が領地の特産品が使われていた。
スカーレット嬢の対面に座ると、侍女が紅茶を淹れてくれる。スカーレット嬢に勧めてから私も口を付ける。
一口で飲むには多い量を飲んでしまったけれど、仕方ない。私の咽は恐怖や緊張でからからだったのだ。
スカーレット嬢の相手はまるで魔獣でも相手にしているかのようで、ただの貴族子息である私が平気でいられるはずがない。
水分を得て人心地ついた私は、笑顔を保ってスカーレット嬢に語り掛ける。これが通じるかどうかで、私の運命は大きく変わるだろう。
「生き物にはルールがあります。さらに人間には人間のルールが追加されます。国ごとにも決まりがあります」
スカーレット嬢の形の良い眉が寄る。
突然こんな話題を振られれば戸惑うのは当然だろう。私は気にせず続ける。
「先程スカーレット様が仰ったのは、武門の名家であるイーグル家独自のルールですね。他の家ではあまり聞かないルールです。我が家は文官ですから、拳をかわすことはありません」
スカーレット嬢は大きな目をさらに広げて、ぱちくりと瞬いた。自分の行動がおかしいとは思っていなかったらしい。
いったいイーグル家ではどんな日常が繰り広げられているのだろうか。婿入りでなくて本当に良かった。
「だから、あの子たちは驚いていて、お父様はもうお友達を殴ったらだめだって言ったのね」
私の話を聞いたスカーレット嬢は、眉を八の字に落として憔悴してしまう。
どうやら自分の行動を非難されていることは理解していても、なぜ非難されているのか分からず悩んでいたらしい。
私からすれば分かって当然と感じるが、逆の立場で「なぜ拳を交わさなかった?」と咎められたら、私も混乱しただろう。
「イーグル家は変なのかしら?」
彼女は消え入りそうな声で独り言のように問う。
スカーレット嬢の皿に、私は緑のジャムが乗ったクッキーを乗せた。そのクッキーを、彼女は不思議そうにじっと見つめる。緑色のジャムなんて滅多に見かけないだろうから、珍しいのだろう。
「どうぞ。食べてみてください」
勧めると、小さなクッキーを両手で持ってためらいがちに齧る。リスのようで可愛らしい。
「緑色の部分は、プロッコリーという野菜です。私の領地ではジャムにして食べることも多いですが、他の領地ではジャムにすることは珍しいそうです。変ですか?」
果物をジャムにすることは多いが、野菜を果物にすることは少ない。けれど我が領では野菜の少ない冬に備えて野菜のジャムもよく作る。
風邪を引いた時などは、乳母がミルク粥に野菜のジャムを入れてくれたものだ。
「いいえ。綺麗だし、美味しいわ」
「お口に合ったようで良かったです。イーグル家のルールも同じですよ」
「あ」
気付いてくれたようだ。
「スカーレット様は美味しいと言ってくれましたけど、苦手な人もいるでしょう。だから押し付けてはいけません」
目を見て言うと、しっかりと頷いてくれた。
この様子なら大丈夫だろう。きちんと説明すれば、彼女は理解して行動を改めてくれるはずだ。
『突然、他家の令嬢に殴り掛かり、会場を破壊。本人は「友達を作るとは殴って屈服させることである」などと説明した』
何かの作り話だろうかという期待もあったが、どうやら真実だったと理解せざるを得ない。
いくら美しい少女とはいえ、これは危険すぎる。他の家々が拒否したのは当然だ。
とはいえあの報告書を読んでいながら私と彼女の縁談を進めた父に何を言っても、断ってはくれないだろう。
額に手を当てて目を閉じる。覚悟を決めるしかないようだ。
大きく息を吐き出すと、玉砕覚悟でスカーレット嬢と対峙する。短い人生だった。
「スカーレット様、それはどなたから教えていただいたのか、教えて頂いてもよろしいでしょうか?」
「お兄様たちとおじ様たちよ?」
「なるほど」
イーグル家は武門で名を馳せる名家。挨拶からして我々とは異なるようだ。
立ち上がり、ズボンに付いていた草を払うと、スカーレット嬢に開いた手を差し出す。きょとんとして私の掌を見つめていたスカーレット嬢は、私の顔へと視線を上げて首を傾げた。
どうやらレディはエスコートされるという私にとっての常識も、イーグル家の彼女には通じないようだ。女性も強くあれという家訓ゆえに、エスコートされる必要性を感じないのかもしれない。
失礼だと分かっていても、思わず苦笑が零れてしまう。
握ったままの拳を優しくすくって取ると、庭園に準備されていたテーブルへと誘う。抵抗されるかと心配したけれど、スカーレット嬢は素直についてきた。
椅子を引いて彼女を座らせる。テーブルの上をちらりと見ると、折よく我が領地の特産品が使われていた。
スカーレット嬢の対面に座ると、侍女が紅茶を淹れてくれる。スカーレット嬢に勧めてから私も口を付ける。
一口で飲むには多い量を飲んでしまったけれど、仕方ない。私の咽は恐怖や緊張でからからだったのだ。
スカーレット嬢の相手はまるで魔獣でも相手にしているかのようで、ただの貴族子息である私が平気でいられるはずがない。
水分を得て人心地ついた私は、笑顔を保ってスカーレット嬢に語り掛ける。これが通じるかどうかで、私の運命は大きく変わるだろう。
「生き物にはルールがあります。さらに人間には人間のルールが追加されます。国ごとにも決まりがあります」
スカーレット嬢の形の良い眉が寄る。
突然こんな話題を振られれば戸惑うのは当然だろう。私は気にせず続ける。
「先程スカーレット様が仰ったのは、武門の名家であるイーグル家独自のルールですね。他の家ではあまり聞かないルールです。我が家は文官ですから、拳をかわすことはありません」
スカーレット嬢は大きな目をさらに広げて、ぱちくりと瞬いた。自分の行動がおかしいとは思っていなかったらしい。
いったいイーグル家ではどんな日常が繰り広げられているのだろうか。婿入りでなくて本当に良かった。
「だから、あの子たちは驚いていて、お父様はもうお友達を殴ったらだめだって言ったのね」
私の話を聞いたスカーレット嬢は、眉を八の字に落として憔悴してしまう。
どうやら自分の行動を非難されていることは理解していても、なぜ非難されているのか分からず悩んでいたらしい。
私からすれば分かって当然と感じるが、逆の立場で「なぜ拳を交わさなかった?」と咎められたら、私も混乱しただろう。
「イーグル家は変なのかしら?」
彼女は消え入りそうな声で独り言のように問う。
スカーレット嬢の皿に、私は緑のジャムが乗ったクッキーを乗せた。そのクッキーを、彼女は不思議そうにじっと見つめる。緑色のジャムなんて滅多に見かけないだろうから、珍しいのだろう。
「どうぞ。食べてみてください」
勧めると、小さなクッキーを両手で持ってためらいがちに齧る。リスのようで可愛らしい。
「緑色の部分は、プロッコリーという野菜です。私の領地ではジャムにして食べることも多いですが、他の領地ではジャムにすることは珍しいそうです。変ですか?」
果物をジャムにすることは多いが、野菜を果物にすることは少ない。けれど我が領では野菜の少ない冬に備えて野菜のジャムもよく作る。
風邪を引いた時などは、乳母がミルク粥に野菜のジャムを入れてくれたものだ。
「いいえ。綺麗だし、美味しいわ」
「お口に合ったようで良かったです。イーグル家のルールも同じですよ」
「あ」
気付いてくれたようだ。
「スカーレット様は美味しいと言ってくれましたけど、苦手な人もいるでしょう。だから押し付けてはいけません」
目を見て言うと、しっかりと頷いてくれた。
この様子なら大丈夫だろう。きちんと説明すれば、彼女は理解して行動を改めてくれるはずだ。
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