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一章
09.後は手紙に添える
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「後は手紙に添える焼き菓子ですね」
「ふふ。今度はどんなお店に連れて行ってくれるのかしら?」
「お任せください。素敵なお店にご案内しますよ?」
彼女の手を取ってエスコートする。
薔薇の花弁のように揺れる赤い髪。愛くるしい笑顔。弾む足取り――。
人間の街に迷い込んだ妖精姫に、道行く人々は足を止め魅入られる。街中の視線を集めながら、私たちは一件の店に入った。
「うわあー! オリバー様、これがお菓子?」
貝や花の形をしたバターケーキ。細かく刻んだ干し果物などで綺麗に飾り付けられたカップケーキ。植物や動物など色々な形をしたクッキー。
ここでもスカーレット嬢は目を輝かせて夢中になっている。
彼女に気付かれないように、私はそろりとヴィクターさんの隣に移動する。察した彼は腰を屈めて耳を傾けてくれた。
「伯爵家では、菓子類を禁じられているのですか?」
顔合わせのお茶会でも気になっていたのだ。伯爵家という高位貴族に分類される家柄でありながら、彼女はお菓子やお茶を不思議そうに見ていた。
子爵家と伯爵家では、出すお茶やお菓子の格が異なる。そのために物珍しく感じていたのだろうと想像していたのだが、今日の様子ではお菓子自体に馴染みがないようだ。
「私は護衛ですから、存じかねます」
知っていても外部の人間には話せないであろうヴィクターさんは、無難な答えを返してきた。
だからといって彼女の状態が普通だとは思っていないのだろう。まだ経験の浅い彼は、微かに眉が寄っていた。
「見て、オリバー様! このクッキー、オリバー様のお屋敷で食べたクッキーに似ているわ! これにしましょう?」
スカーレット嬢が選んだのは、中央に緑色のジャムが乗ったクッキー。
おそらく我が家で出したブロッコリージャムではなく、キイウの実で作ったジャムを使っているのだろう。酸味が強いため、好みが分かれる果物だ。
とはいえスカーレット嬢にとっては、彼女の世界を広げるきっかけとなったクッキーだ。使いたい気持ちは分かる。
そしてそれを選んでくれたことが嬉しくて、誇りに思えた。
「そうですね。ではもう二、三種類選んで、詰め合わせにしてもらいましょう」
「だったら、こちらの赤色と……このお花の形のクッキーが可愛いわ!」
選んだクッキーを明日の朝取りに来ることを伝えて注文する。これで必要な物は買い終えた。
「大変でしょうけれど、帰ったらお手紙を書いて、明日クッキーと共に届けてもらってください」
「分かったわ。色々と教えてくれてありがとう、オリバー様」
馬車に乗り我が家まで送ってもらう。その道中で、私は持っていた包みを差し出した。
「今日の記念です。よろしければお受け取りください」
「なにかしら?」
「開けてみてください」
きょとんと瞬きながら私が差し出す包みを開いたスカーレット嬢は、中を確認するなり驚いた顔をして、それから嬉しそうに笑み崩れた。
小動物を扱うかのように優しく魔矢鼬のぬいぐるみを取り出すと、胸に抱きしめる。嬉しくてたまらないのだと、言葉にされなくても見れば分かる。
「ありがとう、オリバー様」
「気に入って頂けたようで私も嬉しいです。それともう一つ」
と、私は白い羽を模した髪飾りを取り出した。
「付けさせていただいてもよろしいですか?」
「ええ」
「ありがとうございます」
許可を得て、彼女の赤い髪に白い羽を飾る。
「よくお似合いです。まるで空から舞い降りた天使のようです」
「ふふ。ありがとう、オリバー様」
満面に笑みの花を咲かせるスカーレット嬢。私の大切な婚約者は、本当に可愛らしい。
「またお会いしましょう」
「ええ、また」
去っていく伯爵家の馬車を見送り、私は館へと戻る。
その後、手紙が功を奏したのか、スカーレット嬢はお茶会に参加した令嬢の数人から返信を貰えたそうだ。
だからといって全員が許してくれたわけではない。謝罪は受け取るが今後の付き合いは遠慮したいという内容や、手紙の受け取りさえ拒否した家もあったらしい。
それでもスカーレット嬢は、私に感謝を伝えてくれた。
「ちゃんと謝ることができて良かったわ。傷つけてしまったのに気付くことさえできないところだったもの。ありがとう、オリバー様」
少し悲しそうに、それでも嬉しそうにふわりと笑う彼女はとても愛らしく、背中に羽が見えた気がした。
◇
婚約を結んでからというもの、スカーレット嬢は週に一度はピジュン子爵家を訪れていた。
「オリバー、オリバーって呼んでもいいわよね? 私もスカーレットでいいわ」
「もちろんいいですよ。スカーレット」
敬称を取っただけなのに、彼女は嬉しそうに頬を緩めて笑う。
「あのね、とっても綺麗な泉を見つけたの。だから今日はピクニックに行こうと思ってお弁当を持ってきたのよ。いいでしょう?」
「そうですね。良い天気ですし、きっと楽しいでしょう」
花が咲いたような笑みを浮かべた彼女は、嬉しそうに目を輝かせた。
「良かった! 山の上だから馬車では行けないの。馬に乗っていきましょう!」
「え? 馬ですか? 僕はまだ乗馬は習っていませんよ?」
「大丈夫。ヴィクターが乗せてくれるから、一緒に乗ればいいわ」
最初の顔合わせこそイーグル伯爵が共に訪れたけれど、二度目からは護衛騎士のヴィクターさんがスカーレットを連れてきてくれている。
「さすがに大人と子供二人が乗っては馬が可愛そうですよ?」
「大丈夫よ。さあ、行きましょう!」
スカーレットが私の手を取る。
私の手よりも一回り小さく、柔らかな手。思わずドキリとした胸のときめきは、すぐにバクバクという大音量に変わった。
「スカーレットっ!? ちょっと待ってください!」
華奢な体のどこにそんな力があるのか、私はスカーレットに引っ張られていく。引き摺られていくのではなく、宙に浮いていた。
ようやくスカーレットの足が緩み、私の足の裏は地面に触れることを許される。
「スカーレット、淑女は人を引っ張って走ってはいけませんよ?」
「ごめんね、オリバー。オリバーとピクニックに行けるのが嬉しくって、ついはしゃいじゃったの」
しゅんっと俯きながら、困った目を私に向けてくる。その愛らしい姿に、つい絆されて許しそうになってしまう。
狙ってやっているわけではないのが、彼女の恐ろしいところだ。
「ふふ。今度はどんなお店に連れて行ってくれるのかしら?」
「お任せください。素敵なお店にご案内しますよ?」
彼女の手を取ってエスコートする。
薔薇の花弁のように揺れる赤い髪。愛くるしい笑顔。弾む足取り――。
人間の街に迷い込んだ妖精姫に、道行く人々は足を止め魅入られる。街中の視線を集めながら、私たちは一件の店に入った。
「うわあー! オリバー様、これがお菓子?」
貝や花の形をしたバターケーキ。細かく刻んだ干し果物などで綺麗に飾り付けられたカップケーキ。植物や動物など色々な形をしたクッキー。
ここでもスカーレット嬢は目を輝かせて夢中になっている。
彼女に気付かれないように、私はそろりとヴィクターさんの隣に移動する。察した彼は腰を屈めて耳を傾けてくれた。
「伯爵家では、菓子類を禁じられているのですか?」
顔合わせのお茶会でも気になっていたのだ。伯爵家という高位貴族に分類される家柄でありながら、彼女はお菓子やお茶を不思議そうに見ていた。
子爵家と伯爵家では、出すお茶やお菓子の格が異なる。そのために物珍しく感じていたのだろうと想像していたのだが、今日の様子ではお菓子自体に馴染みがないようだ。
「私は護衛ですから、存じかねます」
知っていても外部の人間には話せないであろうヴィクターさんは、無難な答えを返してきた。
だからといって彼女の状態が普通だとは思っていないのだろう。まだ経験の浅い彼は、微かに眉が寄っていた。
「見て、オリバー様! このクッキー、オリバー様のお屋敷で食べたクッキーに似ているわ! これにしましょう?」
スカーレット嬢が選んだのは、中央に緑色のジャムが乗ったクッキー。
おそらく我が家で出したブロッコリージャムではなく、キイウの実で作ったジャムを使っているのだろう。酸味が強いため、好みが分かれる果物だ。
とはいえスカーレット嬢にとっては、彼女の世界を広げるきっかけとなったクッキーだ。使いたい気持ちは分かる。
そしてそれを選んでくれたことが嬉しくて、誇りに思えた。
「そうですね。ではもう二、三種類選んで、詰め合わせにしてもらいましょう」
「だったら、こちらの赤色と……このお花の形のクッキーが可愛いわ!」
選んだクッキーを明日の朝取りに来ることを伝えて注文する。これで必要な物は買い終えた。
「大変でしょうけれど、帰ったらお手紙を書いて、明日クッキーと共に届けてもらってください」
「分かったわ。色々と教えてくれてありがとう、オリバー様」
馬車に乗り我が家まで送ってもらう。その道中で、私は持っていた包みを差し出した。
「今日の記念です。よろしければお受け取りください」
「なにかしら?」
「開けてみてください」
きょとんと瞬きながら私が差し出す包みを開いたスカーレット嬢は、中を確認するなり驚いた顔をして、それから嬉しそうに笑み崩れた。
小動物を扱うかのように優しく魔矢鼬のぬいぐるみを取り出すと、胸に抱きしめる。嬉しくてたまらないのだと、言葉にされなくても見れば分かる。
「ありがとう、オリバー様」
「気に入って頂けたようで私も嬉しいです。それともう一つ」
と、私は白い羽を模した髪飾りを取り出した。
「付けさせていただいてもよろしいですか?」
「ええ」
「ありがとうございます」
許可を得て、彼女の赤い髪に白い羽を飾る。
「よくお似合いです。まるで空から舞い降りた天使のようです」
「ふふ。ありがとう、オリバー様」
満面に笑みの花を咲かせるスカーレット嬢。私の大切な婚約者は、本当に可愛らしい。
「またお会いしましょう」
「ええ、また」
去っていく伯爵家の馬車を見送り、私は館へと戻る。
その後、手紙が功を奏したのか、スカーレット嬢はお茶会に参加した令嬢の数人から返信を貰えたそうだ。
だからといって全員が許してくれたわけではない。謝罪は受け取るが今後の付き合いは遠慮したいという内容や、手紙の受け取りさえ拒否した家もあったらしい。
それでもスカーレット嬢は、私に感謝を伝えてくれた。
「ちゃんと謝ることができて良かったわ。傷つけてしまったのに気付くことさえできないところだったもの。ありがとう、オリバー様」
少し悲しそうに、それでも嬉しそうにふわりと笑う彼女はとても愛らしく、背中に羽が見えた気がした。
◇
婚約を結んでからというもの、スカーレット嬢は週に一度はピジュン子爵家を訪れていた。
「オリバー、オリバーって呼んでもいいわよね? 私もスカーレットでいいわ」
「もちろんいいですよ。スカーレット」
敬称を取っただけなのに、彼女は嬉しそうに頬を緩めて笑う。
「あのね、とっても綺麗な泉を見つけたの。だから今日はピクニックに行こうと思ってお弁当を持ってきたのよ。いいでしょう?」
「そうですね。良い天気ですし、きっと楽しいでしょう」
花が咲いたような笑みを浮かべた彼女は、嬉しそうに目を輝かせた。
「良かった! 山の上だから馬車では行けないの。馬に乗っていきましょう!」
「え? 馬ですか? 僕はまだ乗馬は習っていませんよ?」
「大丈夫。ヴィクターが乗せてくれるから、一緒に乗ればいいわ」
最初の顔合わせこそイーグル伯爵が共に訪れたけれど、二度目からは護衛騎士のヴィクターさんがスカーレットを連れてきてくれている。
「さすがに大人と子供二人が乗っては馬が可愛そうですよ?」
「大丈夫よ。さあ、行きましょう!」
スカーレットが私の手を取る。
私の手よりも一回り小さく、柔らかな手。思わずドキリとした胸のときめきは、すぐにバクバクという大音量に変わった。
「スカーレットっ!? ちょっと待ってください!」
華奢な体のどこにそんな力があるのか、私はスカーレットに引っ張られていく。引き摺られていくのではなく、宙に浮いていた。
ようやくスカーレットの足が緩み、私の足の裏は地面に触れることを許される。
「スカーレット、淑女は人を引っ張って走ってはいけませんよ?」
「ごめんね、オリバー。オリバーとピクニックに行けるのが嬉しくって、ついはしゃいじゃったの」
しゅんっと俯きながら、困った目を私に向けてくる。その愛らしい姿に、つい絆されて許しそうになってしまう。
狙ってやっているわけではないのが、彼女の恐ろしいところだ。
応援ありがとうございます!
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