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一章
16.それは、女性に対してもですか?
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「それは、女性に対してもですか?」
「そうだ。イーグルの一族は王都の貴族と違い男女平等を敷いている。強ければ女性が本家の当主に選ばれることもある。そして弱ければ、蔑まれる正当な理由となる」
男女平等を理想とする思想もあると聞く。そんな思想を持つ方々が聞いたら、イーグル一族の考え方はは理想的かもしれない。私は遠慮したいけれど。
「これはイーグルに生まれた者だけではない。イーグルに嫁いでくる者、またイーグルの者が嫁いでいく者にも適用される」
ぴしりと、自分が固まった音が聞こえた気がした。
思考が迷走して上手く考えられない。イーグル伯爵は今、何と仰っただろうか? 空耳だろうか。……きっと空耳だろう。
今日スカーレットと彼女の兄たちが見せてくれた挨拶を、私もできるようにならなければならないなど、無茶が過ぎる。
「ああ、心配しなくても大丈夫だ。基本的に本家の者は王都に出てこない。王都にいる間は、我が愚息たちにだけ気を付けていればいいから」
一生、王都から出ないでおこう。
……駄目だ。子爵家を継いだ後は、領地を放ってはおくわけにはいかない。弟が代官として領地を治めてくれることになるだろうが、定期的に視察をする必要がある。
幸いにもピジュン子爵家の領地はイーグルの一族が治める辺境から離れているから、襲ってくる確率は低いだろう。
しかし念のため、その時は腕利きの護衛を雇おう。我が国が誇る武門の名家イーグルの者から、私を護れるほどの腕利きが存在するとは思えないが、気持ちの問題である。
「しかしこれには一つだけ例外がある」
是非お伺いしたい。
ついイーグル伯爵を凝視してしまう。
「王都で暮らすイーグル伯爵家当主の伴侶だ。イーグル家は王家から社交を免除されている。しかし言葉に甘えて他家との繋がりを一切なくしてしまえば支障が生じる。だから騎士として王都を護る伯爵家の伴侶に社交を担ってもらう。それ故に、その者に限っては弱くとも敬意を払って接するという暗黙の決まりがある」
なるほど。つまりスカーレットが伯爵家を継げば、私は弱いままでも許されるということか。
……男として何かをがりがりと削られている気がするが、命あっての物種だ。気にしないでおこう。
「とはいえ私の後を継ぐのは長男でほぼ決定している。期待させて済まないが、諦めてくれ」
やはり王都から出ないでおこう。
王都はいい所である。不便はない。
「失礼ながら、伯爵様は王都に在住されています。騎士団のお仕事がお忙しいとは思いますが、社交の場にも出ておられるのでは?」
王都の常識をまったく知らないのであれば、騎士団団長としての務めにも支障が出るだろう。
疑問を口にすると、伯爵は苦笑を零す。
「妻が生きていた時は夜会にも参加したね。父から妻の護衛だと思って付いていけば問題はないと言われ、そのようにしていた」
素晴らしいアドバイスだと思うが、それでいいのだろうか、イーグル伯爵家。
「王都に出てきてすぐに、子供たちにマナーを教える家庭教師を付けはしたのだ。しかしすぐに辞めてしまった。数人続けば訳ありだと察して、まともな者は引き受けてくれない。応募して来るのは裏がありそうな者ばかりだ」
イーグル伯爵は苦悩を滲ませてこめかみを揉む。
なんとなくだけど、雇われた家庭教師たちが辞めていった理由が想像できる。この屋敷の常識に、王都の貴族出身の者が馴染めるとは考えづらい。
「なんとかヴィクターを雇えたが、彼は平民出身で男だ。貴族の――ましてや淑女の作法とやらまでは教えられない」
ヴィクターさんも常人離れしていると思っていたけれど、この屋敷の中ではまともな部類だったらしい。
他の使用人に関しては聞かないほうがいいだろう。私の精神を守るために。
「とはいえ王都ではイーグル独自の挨拶は控えるよう、領地を出る前に、息子たちには言い聞かせていたはずなのだが」
大きく息を吐き出すイーグル伯爵の表情は疲れていた。彼もスカーレットが起こした事件の余波で、色々と苦労しているのだろう。
「なぜスカーレットをお茶会に? もう少し王都に慣れてから出も良かったのではありませんか?」
深入りしすぎかと思ったが、イーグル伯爵は気にすることなく事情を教えてくれた。
「本来は私の妻、ラナンがイーグルの社交を担うはずだった。けれど彼女を失ってしまったため、イーグルには現在、社交を務められる者がいない。そこでラナンの兄君であるハドリー殿に相談したところ、彼の妻カナリー夫人が、スカーレットの後見を申し出てくれて、お茶会に招いてくれたのだ」
スカーレットが問題を起こしたお茶会の主催者が、ナタリー・カナリー夫人だ。
長らく社交界に顔を出していないと、親しくしていた縁まで切れてしまう。それだけでなく、咎める者も真実を語る者もいないからと、面白おかしく悪評を流されてしまう危険もある。
幼いスカーレットに社交界を通じての情報収集などは期待できない。それでも、顔を広く売っておくだけで不利益から家を護る力になるのだ。だからカナリー夫人は善意で申し出てくれたのだろう。
「そうだ。イーグルの一族は王都の貴族と違い男女平等を敷いている。強ければ女性が本家の当主に選ばれることもある。そして弱ければ、蔑まれる正当な理由となる」
男女平等を理想とする思想もあると聞く。そんな思想を持つ方々が聞いたら、イーグル一族の考え方はは理想的かもしれない。私は遠慮したいけれど。
「これはイーグルに生まれた者だけではない。イーグルに嫁いでくる者、またイーグルの者が嫁いでいく者にも適用される」
ぴしりと、自分が固まった音が聞こえた気がした。
思考が迷走して上手く考えられない。イーグル伯爵は今、何と仰っただろうか? 空耳だろうか。……きっと空耳だろう。
今日スカーレットと彼女の兄たちが見せてくれた挨拶を、私もできるようにならなければならないなど、無茶が過ぎる。
「ああ、心配しなくても大丈夫だ。基本的に本家の者は王都に出てこない。王都にいる間は、我が愚息たちにだけ気を付けていればいいから」
一生、王都から出ないでおこう。
……駄目だ。子爵家を継いだ後は、領地を放ってはおくわけにはいかない。弟が代官として領地を治めてくれることになるだろうが、定期的に視察をする必要がある。
幸いにもピジュン子爵家の領地はイーグルの一族が治める辺境から離れているから、襲ってくる確率は低いだろう。
しかし念のため、その時は腕利きの護衛を雇おう。我が国が誇る武門の名家イーグルの者から、私を護れるほどの腕利きが存在するとは思えないが、気持ちの問題である。
「しかしこれには一つだけ例外がある」
是非お伺いしたい。
ついイーグル伯爵を凝視してしまう。
「王都で暮らすイーグル伯爵家当主の伴侶だ。イーグル家は王家から社交を免除されている。しかし言葉に甘えて他家との繋がりを一切なくしてしまえば支障が生じる。だから騎士として王都を護る伯爵家の伴侶に社交を担ってもらう。それ故に、その者に限っては弱くとも敬意を払って接するという暗黙の決まりがある」
なるほど。つまりスカーレットが伯爵家を継げば、私は弱いままでも許されるということか。
……男として何かをがりがりと削られている気がするが、命あっての物種だ。気にしないでおこう。
「とはいえ私の後を継ぐのは長男でほぼ決定している。期待させて済まないが、諦めてくれ」
やはり王都から出ないでおこう。
王都はいい所である。不便はない。
「失礼ながら、伯爵様は王都に在住されています。騎士団のお仕事がお忙しいとは思いますが、社交の場にも出ておられるのでは?」
王都の常識をまったく知らないのであれば、騎士団団長としての務めにも支障が出るだろう。
疑問を口にすると、伯爵は苦笑を零す。
「妻が生きていた時は夜会にも参加したね。父から妻の護衛だと思って付いていけば問題はないと言われ、そのようにしていた」
素晴らしいアドバイスだと思うが、それでいいのだろうか、イーグル伯爵家。
「王都に出てきてすぐに、子供たちにマナーを教える家庭教師を付けはしたのだ。しかしすぐに辞めてしまった。数人続けば訳ありだと察して、まともな者は引き受けてくれない。応募して来るのは裏がありそうな者ばかりだ」
イーグル伯爵は苦悩を滲ませてこめかみを揉む。
なんとなくだけど、雇われた家庭教師たちが辞めていった理由が想像できる。この屋敷の常識に、王都の貴族出身の者が馴染めるとは考えづらい。
「なんとかヴィクターを雇えたが、彼は平民出身で男だ。貴族の――ましてや淑女の作法とやらまでは教えられない」
ヴィクターさんも常人離れしていると思っていたけれど、この屋敷の中ではまともな部類だったらしい。
他の使用人に関しては聞かないほうがいいだろう。私の精神を守るために。
「とはいえ王都ではイーグル独自の挨拶は控えるよう、領地を出る前に、息子たちには言い聞かせていたはずなのだが」
大きく息を吐き出すイーグル伯爵の表情は疲れていた。彼もスカーレットが起こした事件の余波で、色々と苦労しているのだろう。
「なぜスカーレットをお茶会に? もう少し王都に慣れてから出も良かったのではありませんか?」
深入りしすぎかと思ったが、イーグル伯爵は気にすることなく事情を教えてくれた。
「本来は私の妻、ラナンがイーグルの社交を担うはずだった。けれど彼女を失ってしまったため、イーグルには現在、社交を務められる者がいない。そこでラナンの兄君であるハドリー殿に相談したところ、彼の妻カナリー夫人が、スカーレットの後見を申し出てくれて、お茶会に招いてくれたのだ」
スカーレットが問題を起こしたお茶会の主催者が、ナタリー・カナリー夫人だ。
長らく社交界に顔を出していないと、親しくしていた縁まで切れてしまう。それだけでなく、咎める者も真実を語る者もいないからと、面白おかしく悪評を流されてしまう危険もある。
幼いスカーレットに社交界を通じての情報収集などは期待できない。それでも、顔を広く売っておくだけで不利益から家を護る力になるのだ。だからカナリー夫人は善意で申し出てくれたのだろう。
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