20 / 145
一章
20.オリバぁーっ! 目を開けて
しおりを挟む
「オリバぁーっ! 目を開けて、オリバぁーっ!」
いつの間にか意識を失っていたようで、泣き叫ぶスカーレットの声で目が覚める。背中の下は硬い荷車ではなく、ふかふかの寝台に変わっていた。
天井から視線を下げると、ぽろぽろと涙を零すスカーレットが目に映る。
「……スカーレット? 泣かないで」
「オリバー!? 起きたのね、オリバー!」
抱きついてくる私の可愛い婚約者。よほど心配してくれていたのだろう。だけどスカーレット、とどめを刺されそうだから力を緩めてほしい。
「お嬢様、オリバー様の傷に障りますから、我慢してください」
気付いてくれたヴィクターさんがスカーレットの腕を剥してくれた。助かりました。
目線でお礼を伝えると、分かっているとばかりに微笑みが返ってくる。
「オリバー様、ピジュン子爵家のほうには連絡を入れましたから、ゆっくりと休んでください。何か入用でしたら遠慮なく申し付けください」
「ありがとうございます」
口から出した声は、自分でも驚くほど弱弱しい。
「さあ、お嬢様、オリバー様もお目覚めになりましたから、お部屋に戻りましょう」
「いやよ! オリバーの傍にいるの!」
「お嬢様……」
ヴィクターさんが退室を促しても、スカーレットは首を横に振って私の傍から離れようとしない。
「オリバーは私が護るの! 傍にいるの!」
ずいぶんと心配を掛けてしまったようだ。
「スカーレット、僕は大丈夫だから、お部屋で休んで。ね?」
安心してほしくて、腹や口の痛みを我慢して微笑む。
「オリバー様もこう仰っておられます。明日の朝になったらまた来ましょう? 今はオリバー様をしっかり休ませて差し上げなければいけません。私がお嬢様の代わりに御護りしていますから、どうかお部屋にお戻りください」
ヴィクターさんに説得されて、スカーレットは渋々ながら女性の使用人に連れられて部屋を出ていった。唇を噛んで涙を堪えた顔で、扉が閉まるまで私を見つめながら。
ぱたりと扉が閉まり、静寂が訪れる。
「オリバー様もお休みください。それとも水か何か飲まれますか?」
「水を少しお願いします」
吸飲みを口元に宛がわれて、わずかに水を含む。火照っていた口の中が冷えて、生き返った気がした。
「何があったのか聞いてもいいですか?」
「明日にしたほうがいいと思いますけれども?」
「大丈夫です」
確かに体中が痛くて怠いけれど、ずっと眠っていたせいかすぐには眠れそうにない。
じっと私の顔を見つめていたヴィクターさんは一つ頷くと、気分が悪くなったらすぐに休むようにと言い置いてから、私が意識を失った後のことを話してくれた。
荷車に乗せられた私は、イーサン殿とユージーン殿によって、イーグル伯爵の館に運び込まれたらしい。
ぐったりとして動かない私を見たスカーレットの取り乱しようは、酷かったという。私にしがみ付いて離れず、私の名前を泣き叫び続けていたそうだ。
すぐにヴィクターさんの指示で医者が呼ばれ、私の手当てがなされる。
「命に別条はなく、後遺症も残らないだろうとのことです。ただ、一か月ほどは行動に制限が掛かるでしょう」
思っていたよりも早く治りそうだというのが、私の正直な気持ちだった。もっと重傷だと思っていたから。ユージーン殿が塗ってくれた竜蟇の油のお蔭かもしれない。
「旦那様にも連絡しましたが、すぐには戻れないとのことです。けれどオリバー様のお体が回復するまでは、イーグル伯爵家が責任を持って治療に当たるようにと承っております」
「私の父はなんと?」
問うと、ヴィクターさんの視線が泳いだ。
「構いません」
「……要約しますと、任せるとのことでした。心配はしておられたと思いますが」
「そうですか」
気を使ってくれたのだろう。しかし父が私を駒としか見ていないことは承知している。
命の危険があればまた別だろうけれど、今回のことを父はイーグル伯爵家に貸しを作れた程度にしか思っていないのだろう。
「そうだ、イーサン殿とユージーン殿の様子はどうですか?」
私をイージー草原に連れ出した二人だが、私の容体を見て最後は取り乱していた。
「お二人に関しましては、本当に申し訳ございません。まさかこのような無茶をするとは想像が足りず……。お戻りになったディミアン坊ちゃんがお叱りになり、今は部屋で謹慎しております。旦那様がお戻りになってから、改めて処分を下されるでしょう」
「責めているわけではないのです。お二人の様子がおかしかったので、大丈夫だろうかと心配になっただけです」
「オリバー様……。お心遣い、ありがとうございます」
そこで私の意識は途切れる。
次に目が覚めたときは日が昇っていて室内が明るくなっていた。寝台脇を見ればスカーレットが目に入る。目元が赤く腫れて、うっすらと隈までできていて痛々しい。
「スカーレット、ごめんね。心配を掛けてしまって。目もこんなに赤くなってしまった」
「ううん、私は大丈夫よ。私よりもオリバーは大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。まだ怠いけれど、痛みはほとんど引いたから」
頬を撫でてあげたいのに、腕が上がらなくて苦く思う。
いつの間にか意識を失っていたようで、泣き叫ぶスカーレットの声で目が覚める。背中の下は硬い荷車ではなく、ふかふかの寝台に変わっていた。
天井から視線を下げると、ぽろぽろと涙を零すスカーレットが目に映る。
「……スカーレット? 泣かないで」
「オリバー!? 起きたのね、オリバー!」
抱きついてくる私の可愛い婚約者。よほど心配してくれていたのだろう。だけどスカーレット、とどめを刺されそうだから力を緩めてほしい。
「お嬢様、オリバー様の傷に障りますから、我慢してください」
気付いてくれたヴィクターさんがスカーレットの腕を剥してくれた。助かりました。
目線でお礼を伝えると、分かっているとばかりに微笑みが返ってくる。
「オリバー様、ピジュン子爵家のほうには連絡を入れましたから、ゆっくりと休んでください。何か入用でしたら遠慮なく申し付けください」
「ありがとうございます」
口から出した声は、自分でも驚くほど弱弱しい。
「さあ、お嬢様、オリバー様もお目覚めになりましたから、お部屋に戻りましょう」
「いやよ! オリバーの傍にいるの!」
「お嬢様……」
ヴィクターさんが退室を促しても、スカーレットは首を横に振って私の傍から離れようとしない。
「オリバーは私が護るの! 傍にいるの!」
ずいぶんと心配を掛けてしまったようだ。
「スカーレット、僕は大丈夫だから、お部屋で休んで。ね?」
安心してほしくて、腹や口の痛みを我慢して微笑む。
「オリバー様もこう仰っておられます。明日の朝になったらまた来ましょう? 今はオリバー様をしっかり休ませて差し上げなければいけません。私がお嬢様の代わりに御護りしていますから、どうかお部屋にお戻りください」
ヴィクターさんに説得されて、スカーレットは渋々ながら女性の使用人に連れられて部屋を出ていった。唇を噛んで涙を堪えた顔で、扉が閉まるまで私を見つめながら。
ぱたりと扉が閉まり、静寂が訪れる。
「オリバー様もお休みください。それとも水か何か飲まれますか?」
「水を少しお願いします」
吸飲みを口元に宛がわれて、わずかに水を含む。火照っていた口の中が冷えて、生き返った気がした。
「何があったのか聞いてもいいですか?」
「明日にしたほうがいいと思いますけれども?」
「大丈夫です」
確かに体中が痛くて怠いけれど、ずっと眠っていたせいかすぐには眠れそうにない。
じっと私の顔を見つめていたヴィクターさんは一つ頷くと、気分が悪くなったらすぐに休むようにと言い置いてから、私が意識を失った後のことを話してくれた。
荷車に乗せられた私は、イーサン殿とユージーン殿によって、イーグル伯爵の館に運び込まれたらしい。
ぐったりとして動かない私を見たスカーレットの取り乱しようは、酷かったという。私にしがみ付いて離れず、私の名前を泣き叫び続けていたそうだ。
すぐにヴィクターさんの指示で医者が呼ばれ、私の手当てがなされる。
「命に別条はなく、後遺症も残らないだろうとのことです。ただ、一か月ほどは行動に制限が掛かるでしょう」
思っていたよりも早く治りそうだというのが、私の正直な気持ちだった。もっと重傷だと思っていたから。ユージーン殿が塗ってくれた竜蟇の油のお蔭かもしれない。
「旦那様にも連絡しましたが、すぐには戻れないとのことです。けれどオリバー様のお体が回復するまでは、イーグル伯爵家が責任を持って治療に当たるようにと承っております」
「私の父はなんと?」
問うと、ヴィクターさんの視線が泳いだ。
「構いません」
「……要約しますと、任せるとのことでした。心配はしておられたと思いますが」
「そうですか」
気を使ってくれたのだろう。しかし父が私を駒としか見ていないことは承知している。
命の危険があればまた別だろうけれど、今回のことを父はイーグル伯爵家に貸しを作れた程度にしか思っていないのだろう。
「そうだ、イーサン殿とユージーン殿の様子はどうですか?」
私をイージー草原に連れ出した二人だが、私の容体を見て最後は取り乱していた。
「お二人に関しましては、本当に申し訳ございません。まさかこのような無茶をするとは想像が足りず……。お戻りになったディミアン坊ちゃんがお叱りになり、今は部屋で謹慎しております。旦那様がお戻りになってから、改めて処分を下されるでしょう」
「責めているわけではないのです。お二人の様子がおかしかったので、大丈夫だろうかと心配になっただけです」
「オリバー様……。お心遣い、ありがとうございます」
そこで私の意識は途切れる。
次に目が覚めたときは日が昇っていて室内が明るくなっていた。寝台脇を見ればスカーレットが目に入る。目元が赤く腫れて、うっすらと隈までできていて痛々しい。
「スカーレット、ごめんね。心配を掛けてしまって。目もこんなに赤くなってしまった」
「ううん、私は大丈夫よ。私よりもオリバーは大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。まだ怠いけれど、痛みはほとんど引いたから」
頬を撫でてあげたいのに、腕が上がらなくて苦く思う。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
421
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる