とある王太子妃の秘密

しろ卯

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とある王太子妃の秘密

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 その日はなぜか、王太子付の騎士が部屋にやってきた。彼はとても強く、いずれは騎士団長の職に就くだろうと噂されている騎士だった。
 私はこの幸運に歓喜した。早く休憩時間にならないかと、そわそわしながら執務を捌いていく。彼は私の相手をしてくださるだろうか?

「ねえ、お散歩に行きましょう」

 執務の区切りがつくと、私はいそいそと騎士を散歩に誘った。なぜか今日は庭に人が多くて、二人きりになれそうな場所が中々見つからない。
 中には付いてくる人までいて、撒くのに無駄な時間がかかってしまった。だけど今日を逃したらもうチャンスはないかもしれない。

 少し警戒している様子の騎士を連れて、私は何とか人気のない場所へと辿り着いた。
 ようやくお相手をしていただける。そう思うだけで、笑みがこぼれる。

「ふふ。一度あなたにお相手してもらいたかったの。王太子様には秘密にして、お相手してくださらない?」
「もちろんです」

 問えばすぐに了承してくれた。

「わあ。嬉しいわ」
 
 少女のようにはしゃいでしまったことに恥じらいつつ、逸る気持ちを抑えきれずに、袖から短剣を取り出す。
 これは騎士たちとの遊び用に、刃をつぶし丸くしてある。それでも当てれば骨が折れることもあるけれど、急所を避ければ滅多に死ぬことはないから安全よ。

「顔以外は構いませんから」
「は?」

 私の右手にある短剣を見て、騎士は唖然とした顔をした。長剣に短剣で向かうなんてと、呆れられてしまったのかしら? でもドレスに長剣を隠すことは難しいから、仕方ないのよ。そこは大目に見てくださらないかしら?

「参りますわね」

 私は足に力を込めるなり、一気に間合いを詰めた。
 さすがは次期騎士団長と期待される方だけあって、瞬時に腰の剣を抜き、私の刃を受ける。思わず笑みが深まった。

「ふふ。さすがですわね」

 力勝負の鍔迫り合いになれば負けは見えている。すぐさま後ろに飛んで離れると、構え直して再び地面を蹴った。 
 身を屈めて姿勢を低くし、一気に間合いを詰める。振り下ろされた刃を短剣で受け流しながら右足を軸に体を反転させ、彼の脇を抜ける。
 すれ違いざまに背後から脇腹を突こうとしたけれど、難なくかわされてしまった。それどころか彼の刃が背後から追ってくる。
 高揚に口角が上がってしまう。

 ぐっと重心を下げ、何とか刃をかち合わせて防ぐけれど、追撃は止まない。手首を返して防ぎながら、地面を蹴って距離を取る。なおも追いかけてくる彼に、胸の昂ぶりが止まらない。
 なんて素晴らしいのかしら!
 彼も喜んでくれているようで、ぎらぎらとした目の下へと視線をずらせば、薄い唇が楽しそうに弧を描いていた。



「最高だったわ。あなた、予想以上ね」

 後で冷静になって考えてみれば、騎士に対して失礼な物言いだったかもしれない。だけどその時は、そんな言葉が口を突いて出ていた。

「妃殿下こそ、素晴らしかったです」

 怒ることなく、彼はそう言って私に称賛の言葉までくれた。今までに感じたことのない、心を満たすような嬉しさがこみ上げてきて、自然に笑みがこぼれる。
 彼を見ると、彼も私と同じ気持ちのようで、爽やかな笑みを浮かべてくれていた。
 なぜかしら? 動いていないのに、頬が熱くなる。

「できればまたお相手をしていただきたいけれど、難しいのでしょうね」

 私の言葉に、彼から笑顔が消えてうつむいてしまった。
 そんな顔をしてほしくないと思ったけれど、仕方がないわよね。彼は王太子付の専属護衛なのだから。こうして剣を交えることができただけでも、奇跡だもの。

 だけど、皇太子の妻でいれば、いつかその機会が巡ってくることもあるかもしれない。
 私は雲もない青白い空を見上げた。



 
 王太子妃となって、三年の月日が経った。
 国の決まりでは、三年間子供ができなければ、王族でも離婚が可能だ。もちろん本人たちの合意はいるけれど、そこに親族が口を挟むことはできない。
 子ができないどころか一度も夫婦の契りを交わすことのなかった私に、王太子の方から離婚の申し出があった。

 私は少し考える。
 離婚自体は構わない。私の選んだ行動を考えれば、そうなることは分かっていたから。けれど実家に帰れば、どのような扱いを受けるか分かったものではない。
 だから私は一つだけ、離婚を了承するための条件を出させていただくことにした。

「公表は少し遅らせていただけないでしょうか? 実家に引き戻される前に、修道院に入りたく思います」

 王族から離縁された女に行き場などない。王太子妃としての勤めを三年も勤めあげてきた私を、今更自由にすることも不安だろう。
 この要望は叶えられるはずだと踏んだのだけれども、王太子は不服そうな顔をした。

「修道院に入りたいのか?」
「実家に帰りたくないのです」
「では降嫁先を用意しておいたから、そこへ嫁ぐとよい」

 公爵家から逃れても、私は結局、自由にはなれないようだ。ここで皇太子に逆らっても、いい結果にはつながらないだろう。
 私は渋々了承した。王太子の後ろに立つ騎士の顔が、少し赤く染まっていることには気付かずに。



 <了>






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数年後、二人の間に赤い子供が……というオチはないですが、似たような戦闘狂が生まれたのではないかと思います。

時々よく分からないものが脳内を占拠します。
最近はネズミに転生してイケメン飼育員と出会うお嬢さんが脳内を占拠中です。ジェリーちゃん……。
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