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02.骨は折れてねえみたいだな

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「骨は折れてねえみたいだな」

 大きな怪我はないと見て安堵したドインは、もう一度ノムルの頭を撫でてから兵舎を出ていった。
 一人になったノムルは壁に寄りかかり、優しい甘さの蜜玉を、舌でころころと転がす。
 彼には親の記憶さえない。誰かに優しくされた記憶なんて、なかった。

「変なおっさん」

 ぽつりと呟いたノムルは、頬がむず痒く感じて顔をしかめる。

 ドインは度々幼いノムルを気に掛けて、声を掛けたり、おやつを与えたりしていたが、そんな兵士は彼だけだ。
 魔法使いには魔物の血が混じっていると言われている。そして、千年に一度蘇る魔王の手先として、人間に牙を剥くのだと。
 それだけでも非魔法使いたちから白い目で見られるというのに、ノムルはまだ八歳という年齢にも関わらず手を血で汚しているため、周囲から向けられる憎悪や侮蔑は、計り知れないものだった。
 ノムルに向けられる視線は厳しく、ドインがいない日には暴力の雨が降る。

 そんな日々を繰り返し、ノムルは八歳になっていた。手足は細く、同じ年頃の子供に比べて背も低い。
 ある日のこと。床に抑えつけられ、いつものように暴行を加えられていたノムルは、ついに耐えかねて叫んだ。

「魔法使いを物扱いするやつなんか、消えちゃえ!」

 心の奥底から絞り出された彼の願いを、精霊たちは叶えた。

「え?」

 突然、ノムルを押さえつけていた圧力が消える。
 ドインが来たのかと顔を上げたノムルの視界に、人間の姿は一つも映らない。彼に暴行を加えていた兵士も、それを笑いながら見物していた兵士たちも、誰もいなかった。
 それだけではない。部屋の外からも、人の声が消えている。

「なに?」

 困惑と恐怖で動転しながら部屋を出たノムルは、兵舎から全ての兵士が消えていることを知った。──いいや。兵士だけではない。
 王侯貴族を始めとして、魔法使いたちを不当に扱っていた人間たちが、王都を中心とした広大な範囲から消滅したのだ。

「どういうこと?」

 たった一人の少年が起こした魔力暴走により、アラージ国は長い歴史に終止符を打った。
 全ての発端となった少年は、魔法使いの救世主として、新たに建国されたラジン国の玉座に据えられた。
 以前とは比べ物にならない、豊かな生活。けれど、そこに彼の幸せはなかった。
 ノムルから突然溢れだした膨大な魔力を恐れた魔法使いたちは、彼の魔力や体の自由どころか、感情まで奪う魔術式を彼の全身に刻み込み、さらに封印のための魔法道具を身に付けさせたのだ。

 それから二十年以上の時が流れ、物語は幕を開ける――。
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