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09.いったい今のは何だったのかと

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 いったい今のは何だったのかと、ノムルの眼は幼女が逃げ込んだ横道に吸いつけられて動かない。
 ここのところ眠っていなかったから、寝ぼけて白昼夢でも見たのかと思ったが、他にも呆気にとられている冒険者や兵士たちがいるので、現実の出来事だったのだと理解する。理解はしたが、意味が分からなかった。
 鈍い頭痛を覚えてこめかみを押さえたノムルは、ふと違和感に気付く。

「薬?」

 幼女は魔線虫の宿主に向かって、「薬を持ってきた」と叫びながら駆け寄っていた。
 魔線虫に効果のある薬など、ノムルは知らない。子供の戯言だと聞き流すのが正解だろう。しかし、気になった。
 そもそも、なぜあの幼女は一人で町の外にいたのか。なぜ今もまだ、一人でいるのか。彼女の保護者はいったいどこで何をしているのか。
 一つ疑問が浮かぶと、次々に出てくる。

「くそっ」

 悪態を吐くと、ノムルは強化魔法を発動して地面を蹴った。一度、屋根の上に着地してから、建物の陰から騒動を窺っている幼女の後ろに音もなく降りる。

「このような状況でドジョウすくいですか? 不謹慎と言うべきか、面白い御方と言うべきか、悩む所ですね。しかしそんな場合ではありません。早く魔線虫下しのお薬をお届けしなければ!」

 先ほど、彼女を逃がそうと駆け寄ったものの、悲鳴を上げて逃げられたショックで固まってしまった男を確認した幼女が、苦々しく呟いていた。
 ノムルも彼女の上から表通りを覗いてみる。
 男は幼女を抱き上げようと両手を前に出して膝を曲げた姿勢のまま、固まっていた。ドジョウすくいとやらが何か知らないノムルだが、滑稽な姿であることは同意する。

 それは置いておくとして、やはり幼女は魔線虫を認識したうえで、宿主に薬を提供しようとしているらしい。

「ねえ? あれを助けられるの?」

 ノムルは幼女を怖がらせないよう、柔らかな微笑を貼り付け、猫撫で声を作る。
 けれど、不意に背後から聞こえてきた声に驚いたのだろう。幼女は飛び上がって振り返り、身構えた。
 ノムルはもう一度、問いかける。優しく、柔らかく。

「さっき、薬がどうとかって叫んでたよね? 俺の聞き間違いだった?」

 わずかにノムルが首を傾げると、長い前髪が垂れて目を隠した。暗く、昏い、深淵の瞳を。
 彼が意識して選んだ仕草ではなかったが、結果として幼女の体からわずかに緊張が抜けた。どうやら彼のがらんどうの目に、恐怖を抱いていたらしい。
 幼女は少しためらった後、手まで覆う袖を差し出す。そこには小さな茶色い種が乗っていた。

「えっと、これなのですけれど。この種の中にある仁を飲ませれば、魔線虫は宿主の体から出ていくはずなのです。人間が食べても害はありません」

 ノムルは手を伸ばして、幼女が持つ種を、人差し指と親指で摘む。指先が種に触れる瞬間、幼女はぴくりと肩を震わせ、反射的に腕を引っ込めた。
 先ほど男から悲鳴を上げて逃げ出したことといい、人に触れられるのが、よほど嫌みたいだ。
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