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69.ユキノの気配が

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 ユキノの気配が遠ざかったのを確認すると、ノムルは寝台から起き上った。
 むろん、カモネーギは飲んでいない。飲む降りをして、口の中に展開した魔法空間に流し込んだ。
 窓の外を覗くと、小さな緑色のローブは森の奥へと消えていくところだった。

「まだ信用されていない、か」

 寝台に腰かけたノムルは、杖を撫でて、ススクの町とその周辺を囲む結界を作り上げる。これでユキノが魔物に襲われる心配はないだろう。

 魔法空間から取り出した肉の塊を噛みちぎる彼の茶色い瞳には、光も優しさもない。がらんどうの眼は、空っぽの寝台をただ映す。
 気にすることではないと、彼は思う。ただユキノが逃げなければ、それで問題はないはずだ。
 ノムルだって、たかだか数日親切にされたくらいで相手を信用するほど、幸せな世界で生きていない。だから彼女の行動は理解できた。むしろ、正しい判断だと、そう思う。
 それなのに、じわりと苦いものが込み上げてくる。

「やっぱり焦ってんのかな?」

 早くエルフの集落を見つけて、融筋病の薬を手に入れなければ。それまでに、ユキノをしっかり懐柔しておかなければならないと。
 だからきっと、こんなに苛立たしいのだと、ノムルは自分の感情を分析する。

 食事を終えたノムルは帽子とローブを取り、収納魔法から取り出した布で自分を包むと、浅い眠りに就いた。
 布にびっしりと書き込まれた魔方陣は、彼の身を護るためのものではない。彼の魔力が周囲に影響を及ぼさないために開発された、ノムル・クラウを封じるための魔法道具だ。



 さらに馬車は南西へと進んでいく。明日はタバンの港という日、金属鎧たちが護衛する箱馬車が、王都へ向かう西の街道に入り隊商から外れた。
 そしてその夜、人間たちの寝息と、遠くから聞こえる魔物の遠吠えを聞きながら微睡んでいたノムルは、異音を捉えて目蓋を上げた。影が彼の横まで来て止まる。

「少しいいか?」

 声を掛けてきたのはイゾーだ。
 瞬きを返事とすると、彼はノムルの隣に腰を下ろしたが、目はユキノを捉えていた。

「あの子は何者だ?」

 すでに皆寝静まっているのに、他の誰にも聞かせぬよう、ノムルにだけ聞き取れる小さな声で問うてきた。
 治癒魔法の威力を見て彼女の異常性に気付いたのか、それとも――。ノムルは質問の意味を考える。

 旅の始め、イゾーはノムルが乗る馬車のすぐ後ろで護衛をしていた。つまり荷台に乗るユキノを、最もよく見える位置にいたのだ。
 荷台には幌が下がっているが、隙間から中の様子がわずかなら窺えただろう。ユキノ自身が、外を覗こうとした可能性もある。
 何を見られたのか、何を気取られたのか。
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