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71.ノムルは杖を引いた

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 ノムルは杖を引いた。そして、わずかな希望を灯してやる。

「南に行ってみれば? 人魚も亜人だろ? もしかすると、何か情報があるかもよ?」

 人魚は滅多に人間の前に姿を現さず、言葉も通じないと伝わっている。それでも未だに目撃情報は消えない。亜人の中では最も接触が容易い種族だ。
 少なくとも、森人の集落を探すノムルたちよりは、ずっと確率が高い。

「そうだな。かたじけない」

 イゾーは深く頭を下げる。それから、思い出したように告げた。

「礼代わりというわけではないが、先祖が死の間際に残したと伝わる言葉をお教えしよう。――再び王を失えば、今度こそ精霊は滅びるだろう」
「精霊が?」

 非魔法使いたちは魔法について誤解していたが、魔法は人間が捧げた魔力を精霊が変換して、事象として現実化させる現象だ。その精霊が滅びるということはすなわち、魔法が絶えるということである。

「俺には精霊が見えぬので真偽は分からぬが、魔法使いである貴殿には、よそ事はであるまい」

 魔力や精霊に振り回されて苦労しているノムルだが、長年当たり前に使っていた力を失うかもしれないのだ。精霊が滅びると聞いて手放しに喜べるほど、単純ではない。
 それに力を失った魔法使いたちを、非魔法使いたちがどのように扱うかと考えれば、革命前を知るノムルだけに、楽観視はできなかった。

「ちなみに、その王が死んだのはいつだ?」
「さあな? なにせ先祖が亡くなったのは数百年も前の話らしいからな」
「そうか」

 曖昧な話で信憑性は低いが、ノムルは頭の片隅に留めておくことにした。望まぬ役目ではあっても、彼は魔法使いの王だ。無視するわけにはいかないだろう。

「悪いけど、申し出通り縛らせてもらうよ?」
「構わない」

 契約の魔法など使わなくとも、彼はユキノのことを口外しないだろう。亜人を売ることは、竜人として悔恨と誇りを胸に亡くなった、先祖への裏切りに繋がるから。
 それでもノムルは見逃すつもりはない。人は変わるものだ。そして、本人が望まずとも裏切らざるを得ない場合もある。

 ノムルは杖を握り直すと、契約魔法を発動した。
 闇夜に光の文字が輝き、イゾーの手首に巻き付く。これで彼は、ユキノに関することを他言できなくなった。

「では、これで」
「ああ」

 遠ざかるイゾーの背中を視界の端で確認すると、ノムルは空を見上げる。
 数えるのも億劫になるほどの小さな星が、濃藍の空を埋め尽くさんと煌めいていた。あの日失われた命と、どちらが多いのであろうか――。
 そんな答えを出せないことを考えて、苦い笑みと共に目蓋を落とす。
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