上 下
74 / 110

74.さすがに山奥のススクと

しおりを挟む
 さすがに山奥のススクと、港で栄えるタバンでは状況が違う。魔物の脅威はない代わりに、今度は人間に見つかる懸念があった。
 幼い子供が一人で野宿しているなど、誰かに気付かれれば、問題になることは間違いないだろう。そうなれば、彼女の正体が露見しかねない。
 最悪の場合は権力で捻じ伏せるという手段があるとはいえ、あまり使いたくはなかった。人間が近付かないよう、朝方まで見張っておく必要がある。
 そう思って追いかけたノムルだが、木立に入って愕然とした。

「いない?」

 日が傾き暗くなってきたとはいえ、まだ視界を閉ざすほどではない。そもそも彼は夜目が効くので、日が落ちても視力が落ちることはなかった。
 森と違って細い木しか生えておらず、本数も少ないため見通しがよい人工の森だ。小さな体の幼女でも、隠れる場所などない。
 ノムルは木立の中を、注意深く見回しながら進む。地表はもとより、木の上もくまなく確かめながら。

「どこへいった?」

 木立を抜けて、家と家との隙間から奥の通りへ抜けたのかと、地面を蹴って屋根に上がり、周囲も探す。しかし、緑のローブ姿はどこにも見当たらなかった。

「嘘だろう?」

 長らくの間、襲ってくる相手を返り討ちにするだけで、自ら標的を追跡して仕留めるなんて手間はかけなくなっていた。だから追跡者としての腕が鈍っているのは、仕方ないと承知している。
 それでも、五つかそこらの子供に撒かれるほど、耄碌したつもりはなかった。
 ノムルの口角が引き攣りながら吊り上がり、額に青筋が浮かぶ。

「へえ? そっかー。そっかそっか、そっかー。へえー?」

 その夜、不気味な笑い声を響かせながら町を歩く不審者がいたと、タバンの町ではちょっとした噂になったとか。


 ユキノを探すことを諦めたノムルは、適当に空いている飯屋に入った。港町だけあって、食堂のメニューは魚介類であふれている。

「適当にお奨めをお願い」

 旅先での料理は、地元の人間に従うのが一番だ。
 しばらくしてテーブルに並んだのは、焼きベロ貝とサテルトガニの卵炒め、海藻のスープだった。

 ベロ貝は大人の手のひらほどの大きさの二枚貝で、表面の筋が深く凸凹している。舌をでろんと出している姿が特徴だ。
 サテルトガニは殻が薄く、丸ごとカリカリに火を通してから砕いて炒め物に使うと、殻ごと食べることができる。
 そしてスープの中では千切りにされた海藻がぴちぴちと跳ね、周囲にスープを散らしていた。茹でられても活きがいい。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

悪の組織の一番の嫌われ者のパートだ

青春 / 連載中 24h.ポイント:284pt お気に入り:17

川と海をまたにかけて

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:0

ホロボロイド

SF / 連載中 24h.ポイント:106pt お気に入り:0

アンバー・カレッジ奇譚

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:0

喧嘩やめたカップル 愛犬の死

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

melt(ML)

BL / 連載中 24h.ポイント:71pt お気に入り:13

蝶の羽ばたき

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

処理中です...