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76.おはよー、ユキノちゃん

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「おはよー、ユキノちゃん」
「お、おはようございます」

 ノムルは宿屋の部屋で、にこにこと微笑みながらユキノを出迎えた。そんな上機嫌なおじさんに対して、ユキノはびくびくと怯えている。

「こんな朝早くから、どこに行っていたのかなー?」
「ええーっと、お散歩? です」

 まだばれていないと思っているのか、ユキノは顔を逸らして誤魔化してきた。

「そっかー。そっかそっかー。港町は朝っぱらから騒々しいものねー。何か欲しいものとかあったー?」

 タバンはサテルト国一の港町だ。地元の人間だけでなく、異国からやってきた商人なども相手にするため、朝市の規模が大きい。
 商人たちの多くは、ヨルド山脈から運ばれてきた魔物の素材を目当てとしているが、大陸東端の港で獲れる珍しい海産物も盛んに取り引きされる。
 森の奥で暮らしていたユキノにとって、初めて目にするものばかりだろう。興味を引かれないはずがない。
 だから本当に散歩してきたのなら、昂奮して語って聞かせるに決まっている。それなのに、ユキノにはまったくそんな浮かれた様子が見られない。

「いえ、その、特には」
「あれー? 朝市を見物して来たんじゃないのかなー? 何も欲しいものが見つからなかったのー?」
「い、いえ、その。……お金を持っていませんし」
「そっかー。じゃあ、とりあえず、何が欲しかったのか言ってごらん? おじさんが買ってあげるから」
「いえ、そんな、ご迷惑を……」

 にこにこと笑うノムルに対して、さすがに疑われていることを察したのだろう。ユキノがたじろいだ。けれど彼女は降参しない。

「えっと、貝殻のアクセサリーが気になりました」

 港で売られているであろう商品を、捻りだしてきた。

「へえ? 貝殻ねえ……。ごみ?」

 ただし、ノムルには通じていなかったけれど。
 貝殻と言われて彼の脳裏に浮かんだのは、身を食べ終えた後に残る、貝の殻だった。

「なんと? ピンク色の可愛い貝殻とか、くるくるした巻貝とか、虹色のきらきらした貝殻とか、あるではないですか。ノムルさんは可愛い貝殻を見たことがないのですか? ネックレスとかブレスレットとか、人魚姫みたいで可愛いじゃないですか!」

 ユキノが抗議してくるが、ノムルにはやっぱり想像ができない。
 ピンク色の二枚貝は見たことがあるが、貝柱が柔らかくて美味かったというくらいの印象だ。くるくるとした巻貝も、やっぱり焼いて食べると、味が濃くて美味いな、という感想が浮かぶ。
 それらをネックレスやブレスレットにして着飾るのは、あまり趣味がいいとは思えなかった。
 とはいえ、そんなことを言えば、ユキノの機嫌をさらに損ねるだけだろう。

 ユキノがどこで眠ったのか気になっても、無理矢理に吐き出させて、信頼を失うつもりはない。ちょっとした憂さ晴らしができればそれでいいのだ。
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