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85.案内された応接室では

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 案内された応接室では、白い髭を蓄えた老人が、執務机で書類と戦っていた。
 顔を上げた老人は、室内に入ってきたノムルを値踏みするように頭から足まで一瞥する。そのまま表情を変えることなく、ジョイへと視線を移した。

「イグバーン様、彼が先ほど話した護衛の魔法使いです」
「名を聞いても?」
「ノムル」
「彼の魔法使いと同じ名前か」

 ノムルはわざと、姓を名乗らない。
 平民ならばいざ知らず、貴族や魔法使いの間では、ノムル・クラウの名前は知られている。
 異常事態に置かれているヤナで素性を明かせば、魔法ギルドや冒険者ギルドへの取り次ぎを要請してくる可能性があった。
 本来ならば踏まなければならない手順をすっ飛ばして、彼の持つ権力に縋ってくるのだ。一度例外を作れば、秩序を失うことにつながる。

 静かにノムルを凝視していたイグバーンは、ふうっと息を吐き出すと、ノムルたちにソファを勧めた。自分も対面のソファに移動してから、町に起きていることを説明する。
 それによると、やはり疫病が流行ってるらしい。

「すでに闇死病であると診断が下り、王都にも連絡を向かわせている」

 闇死病は、一人が患うと周囲の人間も次々と患い、命を落としてしまう奇病だ。治療方法は確立されておらず、対処療法でしのぎながら、収束を待つしかない。
 他の地域に広めないよう、町から出ることは禁じているという。

「魔法使いなら、医学にも通じているだろう? 何か知っているなら教えてほしい」

 イグバーンは藁にも縋るような眼差しをノムルに向けた。しかしノムルも闇死病の解決策など知らない。
 だが彼の手元には、ユキノがいる。人間とは違う、薬草の知識を持つ森人の子供が。
 ノムルはイグバーンたちに気取られぬよう、そっと杖を指先で撫でて防音魔法を展開する。唇を動かさずに、彼女に確認した。

「ユキノちゃんは何か知っている?」
「闇死病のお薬は、マーオ、カツラピ、アズの仁、アマアマの葉を調合して作るそうです」

 ノムルの問いに対して、ユキノはあっさりと必要な薬草の名前を列挙してみせる。
 今まで人間たちが努力してきた歳月は、容易く終焉を迎えた模様だ。軽い頭痛を覚えたノムルだが、なんとか表情に出さずに押し留めた。
 けれど、知識の攻撃は止まらない。

「あ、それとですね」

 ユキノはつらつらと闇死病への対策を述べ続ける。
 彼女が持つ知識は、人間世界の常識を覆すものが多く含まれていて、ノムルは何度も舌を巻く。そして同時に、彼女に依頼したのはやはり正解だったようだと、確信を深めた。
 しかし情報量の多さに頭痛を覚える。耐えかねて、眉間を押さえて俯いてしまった。
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