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88.感染病によっては

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「感染病によっては、短時間近くにいるだけで感染してしまうので、早く町を出ればいいということはないと思うのですが」

 などとユキノがぼやいていたが、ノムルは黙殺した。
 そんな話が他の人間の耳に入ったら、ノムルとユキノもヤナから出られなくなってしまう。
 薬を用意できたからといって、すぐに闇死病が収束するわけではない。悠長に待っている時間など、ノムルには残されていないのだ。

 そんなことを考えながら、ソファに座ってぼんやりしていたノムルを、食事の準備ができたと使用人が呼びに来た。

「あの、私は食欲がないので、先に眠ってもよろしいでしょうか?」

 そう言って部屋に残ろうとするユキノだか、ここまで彼女が何かを口にした姿を、ノムルは一度も見ていない。
 サゾンからタバンに向かうまでは、馭者台と荷台で離れていたため、はっきりと確認できなかった。だから、何かは食べていると無意識に思い込み、違和感に蓋をした。
 けれどタバンからヤナの道程では、同じ荷台に乗っていたのだ。もう彼は、自分を誤魔化すことはできない。彼女は食物だけでなく、水さえ飲んでいなかった。

 いくら人間とは違うと言っても、森人も人だ。何も食べずに生きられるはずがない。
 彼女は本当に森人なのだろうか? 別の何かではないのか?
 そんな疑問が出てくるけれど、ならば何だと問われれば、答えは出ない。

「分かったよ。無理はしないでね?」
「ありがとうございます。おやすみなさい、ノムルさん。今日も一日、ありがとうございました」

 ユキノに見送られて、ノムルは気にせぬ素振りで部屋を後にする。
 案内された食堂で、用意された夕食を頂きながら、ノムルはブローチに掛けておいた追跡魔法を確認した。予想通りと言うべきか、ユキノはノムルの留守を狙い、部屋から出ていく。
 人間に見つからないように避けているのだろう。何度も立ち止まっては進んでを繰り返し、館から出ていった。向かったのは、館の裏手に広がる木立だ。

 食事を終えたノムルは部屋に戻ると、窓から外に出て、裏手に回る。ユキノに覚られないよう足音を消して慎重に木立へ踏みんだ。
 そしてブローチの在り処まで辿り着いたノムルは、我が目を疑った。

「は?」

 木陰から覗いた先に、幼女の姿はない。しかしブローチに付与した追跡魔法は、確かにノムルの視線の先を示している。
 周囲を注意深く探り、生き物の気配がないことを確認してから、追跡魔法が反応している場所へと進む。
 腐葉土の下から出てきたのは、ノムルがユキノに渡した巾着袋。ブローチを着けたままのローブが、その中にしまってあった。
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