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幻想曲
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僕は4歳からピアノを弾いていたらしい。ピアノを始めた時の記憶はなく、物心ついた時から、気がつくとピアノを弾いていた。意識がある間は常にピアノを弾いていたような気がする。
それが母に強要されてなのか、自分の意思でなのかはもうはっきりと覚えていない。
達成感という言葉を知らない時分の、出来ない曲が出来るようになっていく達成感と、それを見聞きして喜ぶ母、堅物な父がコンクールで賞を取ると硬い口角を緩め喜んでいたことが印象的に記憶に残っている。
十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人。
そんな言葉の多分に漏れず、僕も10歳までは神童だった。
それも当然の話だった。
僕は誰よりも早くピアノをしていたし、そこそこ練習もしていた。当時同年代の子よりもやっていた。だからうまかった。しかしそんな輝かしい栄光の時代も、それこそ10歳を超えたあたりからは崩れ始めた。
僕よりも早くピアノの始め僕より練習しているやつ。両親が音楽家で英才教育を施されるやつ。才能。
僕の家も決して貧乏なわけではなかったと思う。
恐らく僕のためだけに、両親は家に防音機能のある部屋と、グランドピアノとは言わないが、ちゃんとしたピアノを用意してくれた。
週4回そこそこに名のある先生が教えに来てくれたし、両親に頼めばレッスンが休みの日でも来てくれる人がいた。
10歳の時まではそれが最上の環境だと疑いもしなかった。同級生に家にピアノがある子は稀だったし、ピアノをこれだけきちんと習っている子もいなかった。
実際今思い返しても恵まれていたと思う。
それでも上には上がいる。
全国コンクールでのことだった。
「グランドピアノが家にある」
「学校を休んで練習していた」
「音楽家の母に毎日教えてもらっている」
そんな話を聞き、実際に彼らの演奏を聞き、環境の差に、覚悟の違いに、レベルの差に、才能の差にショックを覚えた。
僕が今までいかにぬるま湯で時を過ごしてきたかよくわかってしまった。
しかしそれでも僕にはピアノしかなかった。
ピアノに全てをかけた気になっていて、ピアノに全力を注いでるつもりになっていた。
そういったアイデンティティの喪失。
それでも中途半端に片足を突っ込んでしまったために、僕の世界はピアノを中心に回っていた。
ピアノ以外の人とのコミュニケーションを知らず、今更それをやめて別の道を考えることは出来なかった。
怖かったのだ。
そこからは泥沼だった。焦燥感に駆られた集中力散漫な練習をひたすら続けては結果を得られず、非効率な練習を繰り返す悪循環に陥っていた。
高校2年生の時だ。僕は唐突にピアノを弾くことをやめた。
何か切っ掛けがあったわけではない。中学生からずっと地続き行っていた、そんな焦燥の日々に、ふっと糸が切れてしまったのだ。ピアノをやめて改めて感じた自分の空っぽさに、虚無感という言葉では足りない白過ぎる感情。
挫折という言葉は適切ではないような気がした。僕は挫折と呼べるほどにピアノにかけていたのだろうか。いっそ燃え尽きるほどの挫折感だったならば、どれだけ良かっただろう。
僕は人生をかけたつもりで挫折すらすることが出来なかった。
それが母に強要されてなのか、自分の意思でなのかはもうはっきりと覚えていない。
達成感という言葉を知らない時分の、出来ない曲が出来るようになっていく達成感と、それを見聞きして喜ぶ母、堅物な父がコンクールで賞を取ると硬い口角を緩め喜んでいたことが印象的に記憶に残っている。
十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人。
そんな言葉の多分に漏れず、僕も10歳までは神童だった。
それも当然の話だった。
僕は誰よりも早くピアノをしていたし、そこそこ練習もしていた。当時同年代の子よりもやっていた。だからうまかった。しかしそんな輝かしい栄光の時代も、それこそ10歳を超えたあたりからは崩れ始めた。
僕よりも早くピアノの始め僕より練習しているやつ。両親が音楽家で英才教育を施されるやつ。才能。
僕の家も決して貧乏なわけではなかったと思う。
恐らく僕のためだけに、両親は家に防音機能のある部屋と、グランドピアノとは言わないが、ちゃんとしたピアノを用意してくれた。
週4回そこそこに名のある先生が教えに来てくれたし、両親に頼めばレッスンが休みの日でも来てくれる人がいた。
10歳の時まではそれが最上の環境だと疑いもしなかった。同級生に家にピアノがある子は稀だったし、ピアノをこれだけきちんと習っている子もいなかった。
実際今思い返しても恵まれていたと思う。
それでも上には上がいる。
全国コンクールでのことだった。
「グランドピアノが家にある」
「学校を休んで練習していた」
「音楽家の母に毎日教えてもらっている」
そんな話を聞き、実際に彼らの演奏を聞き、環境の差に、覚悟の違いに、レベルの差に、才能の差にショックを覚えた。
僕が今までいかにぬるま湯で時を過ごしてきたかよくわかってしまった。
しかしそれでも僕にはピアノしかなかった。
ピアノに全てをかけた気になっていて、ピアノに全力を注いでるつもりになっていた。
そういったアイデンティティの喪失。
それでも中途半端に片足を突っ込んでしまったために、僕の世界はピアノを中心に回っていた。
ピアノ以外の人とのコミュニケーションを知らず、今更それをやめて別の道を考えることは出来なかった。
怖かったのだ。
そこからは泥沼だった。焦燥感に駆られた集中力散漫な練習をひたすら続けては結果を得られず、非効率な練習を繰り返す悪循環に陥っていた。
高校2年生の時だ。僕は唐突にピアノを弾くことをやめた。
何か切っ掛けがあったわけではない。中学生からずっと地続き行っていた、そんな焦燥の日々に、ふっと糸が切れてしまったのだ。ピアノをやめて改めて感じた自分の空っぽさに、虚無感という言葉では足りない白過ぎる感情。
挫折という言葉は適切ではないような気がした。僕は挫折と呼べるほどにピアノにかけていたのだろうか。いっそ燃え尽きるほどの挫折感だったならば、どれだけ良かっただろう。
僕は人生をかけたつもりで挫折すらすることが出来なかった。
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