ACES IN SKIES

みにみ

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虚空の猟鳥

突き付けられた刃

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セドハス飛行場は、地図上ではただの一点に過ぎない。
しかし軍事的には、それは刃をこちらの喉元に突きつけた短剣そのものだった。
滑走路は二本、周囲を低い丘と送電線が囲み
旧FCF本土北部に展開するハーギア連邦空軍の前線拠点として機能している。
そして何より、現在この飛行場には、大規模な爆撃機編隊が集結していた。
Tu-22M数十機
それらが一斉に飛び立てば、セネアトバトスは再び焦土となる。
港湾も、艦隊も、避難民も、すべてが標的になる。
だからこの作戦に、曖昧さはなかった。
飛行場を叩く。
駐機中の爆撃機を全機破壊する。
可能な限り、滑走路、燃料施設、管制塔、整備区画を破壊する。
躊躇は不要。
これは防御ではない。
明確な拒絶だった。
夜明け前の空は、低く雲が垂れ込めていた。
だが視界は悪くない。
むしろ、爆撃には好都合だった。
編隊の上空を、見慣れない影が旋回している。

大型高高度
レーダードームを背負った機体。
北部から派遣されたAWACSだった。
「よろしくな。今日から指揮を取ることになるAWACS指揮官の
 ジョシュア・ゲイリー少佐だ。コールサインはオウルアイ。フクロウの目って意味だ。よろしくな」
無線に流れた声は、驚くほど気さくだった。
三六歳。
声の調子から、余裕と経験が滲んでいる。
「クラウ1、了解。こちらフーシェン。以後指示を受ける」
「おう、頼りにしてるぜ。今日の主役はお前らだ」
編隊は低空で進路を取る。
地形に追従し送電線に沿って北へ。
「飛行場まで三〇マイル。送電線にそって北へ飛べ。
 爆撃機はお昼寝中だ。一網打尽にしろ!」
その言葉に、誰も笑わなかった。
冗談ではない。現実だ。
リカは、HUDに映る地形データを見つめながら、呼吸を整えていた。
防空でも、レーダー破壊でもない。
今回は、敵の懐に刃を突き立てる。
空は、静かだった。
静かすぎるほどに。
やがて、無線に異音が混じり始める。

敵の通信だ。
「こちらセドハス飛行場。敵機が接近中。スクランブル!」
その声は、緊張を隠しきれていない。
「これは演習ではない。繰り返す。これは演習ではない。ただちに迎撃せよ」
管制官の叫び。
「離陸できる機から離陸しろ!」
だが遅い。
すでにこちらは、射程圏内だった。
「作戦行動中の全機へ告ぐ。爆撃機を全機撃破せよ。
 地上撃破も撃墜とみなす。報奨金目指して突き進め!」
ゲイリー少佐の声が、冗談めかしながらも鋭く響く。
「いいぞ、きれいに並んでやがる。ド真ん中に爆弾落としてやれ!」
スウィンダラーの声が、弾んだ。
眼下に、飛行場が見えた。
滑走路沿いに整然と並ぶ爆撃機。
燃料車や整備兵
すべてが、まだ戦争を理解していない。
次の瞬間、空が裂けた。
誘導爆弾が、正確に落ちる。
駐機中のTu-22Mが、次々と炎に包まれる。
「虎の子の爆撃機が全滅するぞ!」
敵側の通信が、悲鳴じみている。
「爆撃機、急いでタキシングを開始しろ。固まっているとやられるぞ!」
だが、動き出した機体は、逆に目立つだけだった。
「こちらリグリー飛行場、頭の上の敵機を何とかしてくれ!」
別の基地からの叫び。
「何てこった! 離陸した機も着陸できんぞ!」
滑走路は、爆炎と破片で塞がれている。
成功だ。
少なくとも、ここまでは。
その時だった。
「待て……南東から高速反応」
オウルアイの声が、僅かに低くなる。
「お出迎えが来るぞ。全機、警戒せよ」
レーダーに映る一点。
速い。
異様なまでに
「敵戦闘機……一機?」
「いや……腕のあるやつだ」
雲を裂いて現れた機体は、MiG-35S。
翼端が、赫く塗られている
まるで、血を吸った刃のように。
「ネームドか」
フーシェンが、短く言う。
次の瞬間、交差。
一合。
それだけで、分かった。
練度が違う。

「……こいつ、上手い!」
スナイパーが、息を呑む。
機体の動きが、滑らかすぎる。
無駄がない。
まるで、空気そのものを操っているかのようだった。
「全機、無理に追うな!」
フーシェンの制止。だが、その声が終わる前に

「やらせてください」

リカだった。

「アリス、待て!」
返事はない。
彼女は、バンクした。
意図的に、敵機の前へ躍り出る。
敵機が、食いついた。
一気に距離が詰まる。
視界いっぱいに、赫い翼。
激しい格闘戦。上下左右。
一切譲らない。
Gが、体を引き裂こうとする。
だが、リカの意識は澄んでいた。
その時、無線が開く。
「貴様が爆撃隊を屠ったやつか。小国のセネアに、これほどまでの逸材がいるとはな」
聞こえてきたのは、老齢な男の声だった。
軽く五〇は超えていそうな、落ち着いた声。
この歳で、この機動。
やはりエース。
「……あんたは、何の為に飛んでいる」
リカの問いは、自然に口をついて出た。
一瞬の間。
「女かよ。俺が空を飛んでいる理由?
 空に惚れ込んじまったからに決まってんだろ。
 じゃなかったら、この歳まで命を削ってまで飛ばんよ」

笑いを含んだ声。
「そうか……やはり、皆同じようなものか」
二機の描く軌道は、いつしか舞のようになっていた。
殺し合いでありながら、どこか美しい。
だが、勝敗は、必ず決まる。
リカは、瞬時に判断した。
シーカーをオフにしてロックを外す
警報を鳴らさない。
近接信管付きのロケット弾と化したミサイルを、ばらまくように放つ。
次の瞬間。
赫い翼が、破片に覆われた。
爆発ではない。
切り裂かれた。
MiG-35Sは、制御を失い、空を滑り落ちていく。
「……やるじゃねえか」
それが、最後の言葉だった。
空が、静かになる。だが、戦争は終わらない。
セドハス飛行場は、燃えていた

MiG-35Sが墜ちていく様子を、誰よりも早く理解したのは敵側の管制だった。
高度、速度、機体姿勢の変化が、もはや回復不能であることを示していた。
「……ミロノヴィッチ中佐機、応答せよ」
呼びかけに返答はない。
赫く塗られた翼端が、黒煙に包まれながら地表へ向かって落下していく。
それは撃墜というより、役目を終えた機体が空から降りていくように見えた。
セドハス飛行場の管制室は、一瞬の沈黙に包まれた。
そこにいた者たちは、ただ一人の搭乗員の名を理解していたからだ。
パーヴェル・ミロノヴィッチ中佐。
下士官から叩き上げで空軍に残り続け、数え切れない実戦を経験してきた熟練の戦闘機搭乗員。
第18臨戦飛行隊に次ぐ練度を持つ存在として、ハーギア空軍では広く知られていた。
彼が落ちた。
それが意味するものは、単なる一機の損失ではない。
「……司令部へ。ミロノヴィッチ中佐、戦死」
淡々とした報告の裏で、誰もが戦局の重さを感じ取っていた。
一方、空域では戦闘が続いていた。
クラウ隊と随伴部隊は、飛行場上空を制圧し、残存施設への攻撃を継続している。
燃料タンクが爆発し、滑走路は完全に使用不能となった。
格納庫は半壊し、整備設備は炎に包まれている。
もはや、この基地が短期的に航空戦力を運用できる見込みはなかった。
「クラウ1、目標達成率九〇%以上。敵戦闘機の追加反応なし」
オウルアイの声は落ち着いていたが、確かな達成感を含んでいた。
「了解。各機、帰投準備」
フーシェンはそう告げたあと、僅かに間を置いた。
「……アリス。無事か」
「はい。問題ありません」
短い返答だったが、声に乱れはなかった。
スウィンダラーが軽く息を吐く。
「ったく、毎回心臓に悪い真似しやがる。だが、助かったのも事実だな」
誰も否定しなかった。
あのMiG-35Sを抑えなければ、損害はもっと大きくなっていた。
帰投する編隊の下で、セドハス飛行場はなお燃え続けている。
煙は高く立ち昇り、遠方からでも被害の大きさが分かった。
その光景を、リカは静かに見下ろしていた。
先ほどまで交わしていた会話が、頭の中に残っている。
空に惚れた。
その言葉に、嘘はなかった。
彼は敵だった。
だが、空を生きる者だった。
「……皆、同じだ」
その言葉を、誰に聞かせるでもなく、彼女は呟いた。
ハーギア側では、すでに混乱が広がっていた。
前線基地の壊滅。
爆撃機部隊の消失。
そして、熟練搭乗員の戦死。
第18臨戦飛行隊の司令部にも、報は届く。
詳細な戦闘経過。
撃墜した敵機の識別。
撃墜者のコールサイン。
「……アリス」
その名を見た者たちは、まだそれが何を意味するのかを知らない。
だが、この日を境に、確実に空の均衡は変わり始めていた。
セドハスは失われた。
喉元に突きつけられていた短剣は、叩き落とされた。
だが、戦争は終わらない。
むしろ、ここからが始まりだった。
積極的反転攻勢。
FCFは、守る側から、奪い返す側へと転じた。
その空に、新しい名が刻まれ始めていることを、まだ誰も正確には理解していなかった。
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