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虚空の猟鳥
静かな空
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レギンレイヴ隊が引いた空は、急に広くなったように感じられた。
爆音が遠ざかり、無線の混線が整理され、雲の隙間から朝の光が差し込む。
戦闘空域に残されたのは
未だ燃え続ける地上の点と、旋回を続ける味方機だけだった。
「……オウルアイより全機へ。敵主力の撤退を確認。制空は確保された」
AWACS〈オウルアイ〉の声は、いつもの軽さを失っていた。
勝利を告げるには、どこか慎重すぎる調子だった。
「クラウ隊、燃料残量を報告せよ。順次帰投を許可する」
ナノリ・ヒューヴ少佐――フーシェンは短く息を吐いた。
勝った。
だが、倒してはいない。
「クラウ1、RTBする。各機、損傷状況を確認しろ」
クラウ隊は緩やかにフォーメーションを組み直し、南へと針路を取る。
誰も多くを語らなかった。
先ほどまで命を賭けて刃を交えていた相手が、まだ空のどこかにいる。
その事実が、無言を選ばせていた。
ヨツセ・リカ少尉――アリスは、計器を確認しながらも、視線を空へ向けていた。
赫く染められた翼。
老いた声。
撃墜できたはずの距離で、決定打を与えられなかった自分。
胸の奥に、微かな違和感が残っていた。
基地が見えてくるにつれ、無線が再び賑やかになる。
上陸部隊からの感謝、司令部からの状況確認、他部隊の帰投報告。
そのすべてが、戦争が前に進んだことを示していた。
「こちらバラード。滑走路クリア。全機、着陸を許可する」
着陸後、格納庫前には人だかりができていた。
整備員、管制要員、地上兵。
誰もが空を見上げ、帰ってきた機体を数えている。
五機、全機帰還。
その瞬間、歓声が上がった。
抑えきれない感情が、基地全体を包み込む。
「生きて帰ってきたぞ!」
「エースどもだ!」
「やったぞ……!」
クラウ隊の機体が停止すると、整備員たちが一斉に駆け寄った。
被弾孔、焦げ跡、限界まで削られた機体。
それでも、飛び切った証だった。
フーシェンがコクピットから降りると、基地司令が近づいてくる。
彼は少し照れたように、しかし誇らしげに言った。
「……よくやった。君たちが空を守った」
その言葉は簡素だったが、十分だった。
リカが降りたとき、誰かが彼女の名を呼んだ。
知らない兵士だった。
だが、その声には確かな敬意があった。
「クラウ5……いや、アリス少尉。あんたのおかげで進めた」
彼女は小さく頷くだけだった。
言葉を返すには、まだ整理がついていなかった。
その夜、基地の食堂は異様な熱気に包まれた。
即席の酒、配られる紙幣、笑い声。
誰かが叫んだ。
「隕石とともにあらんことを!」
最初は冗談めいた響きだった。
だが、誰かがそれに応じ、また誰かが繰り返す。
「隕石とともにあらんことを」
「空に落ちても、俺たちは戻ってくる」
それは、祈りでも、誓いでもなかった。
ただ、空を取り戻そうとする者たちの合言葉だった。
一方、遠く離れたハーギア連邦空軍基地。
レギンレイヴ隊の機体が、燃料ぎりぎりで帰投していた。
「サーリア9、着陸する」
管制塔の声は硬い。
帰還は歓迎されていたが、結果は芳しくない。
格納庫に入ると、誰もすぐには口を開かなかった。
整備員が機体を確認し、被弾箇所を数える。
「……思ったより、派手にやられてますね」
誰かが言う。
サーリア9――隊長は黙ったまま、ヘルメットを外した。
「撃墜はなし、か」
その一言で、空気が沈む。
第18臨戦飛行隊。
教導を務め、エースを育ててきた部隊が、仕留めきれなかった。
サーリア15――二番機の女性搭乗員が、静かに言った。
「……あのクラウ5。普通じゃない」
誰も否定しなかった。
交差のたびに感じた圧。
無駄のない機動。
こちらの意図を読むような間合い。
「次は、時間をやらない」
「次は、落とす」
それが誓いなのか、願いなのかは分からない。
だが、彼らもまた、空に賭けている。
基地の外れ、小さなレストラン。
いつもなら賑やかな夜の時間に、今日は静けさが漂っていた。
少女は、店の奥から外を見ていた。
いつも来る彼らが、今日は早く帰ってきた。
無傷ではない機体。
言葉少なな男たち。
名前は知らない。
ただ、サーリア9と15という呼び名だけ。
彼女は感じていた。
何かが変わり始めている、と。
空は、まだ静かだ。
だが、この沈黙は長く続かない。
次に交わるとき、
それはもう、引き分けでは終わらない。
爆音が遠ざかり、無線の混線が整理され、雲の隙間から朝の光が差し込む。
戦闘空域に残されたのは
未だ燃え続ける地上の点と、旋回を続ける味方機だけだった。
「……オウルアイより全機へ。敵主力の撤退を確認。制空は確保された」
AWACS〈オウルアイ〉の声は、いつもの軽さを失っていた。
勝利を告げるには、どこか慎重すぎる調子だった。
「クラウ隊、燃料残量を報告せよ。順次帰投を許可する」
ナノリ・ヒューヴ少佐――フーシェンは短く息を吐いた。
勝った。
だが、倒してはいない。
「クラウ1、RTBする。各機、損傷状況を確認しろ」
クラウ隊は緩やかにフォーメーションを組み直し、南へと針路を取る。
誰も多くを語らなかった。
先ほどまで命を賭けて刃を交えていた相手が、まだ空のどこかにいる。
その事実が、無言を選ばせていた。
ヨツセ・リカ少尉――アリスは、計器を確認しながらも、視線を空へ向けていた。
赫く染められた翼。
老いた声。
撃墜できたはずの距離で、決定打を与えられなかった自分。
胸の奥に、微かな違和感が残っていた。
基地が見えてくるにつれ、無線が再び賑やかになる。
上陸部隊からの感謝、司令部からの状況確認、他部隊の帰投報告。
そのすべてが、戦争が前に進んだことを示していた。
「こちらバラード。滑走路クリア。全機、着陸を許可する」
着陸後、格納庫前には人だかりができていた。
整備員、管制要員、地上兵。
誰もが空を見上げ、帰ってきた機体を数えている。
五機、全機帰還。
その瞬間、歓声が上がった。
抑えきれない感情が、基地全体を包み込む。
「生きて帰ってきたぞ!」
「エースどもだ!」
「やったぞ……!」
クラウ隊の機体が停止すると、整備員たちが一斉に駆け寄った。
被弾孔、焦げ跡、限界まで削られた機体。
それでも、飛び切った証だった。
フーシェンがコクピットから降りると、基地司令が近づいてくる。
彼は少し照れたように、しかし誇らしげに言った。
「……よくやった。君たちが空を守った」
その言葉は簡素だったが、十分だった。
リカが降りたとき、誰かが彼女の名を呼んだ。
知らない兵士だった。
だが、その声には確かな敬意があった。
「クラウ5……いや、アリス少尉。あんたのおかげで進めた」
彼女は小さく頷くだけだった。
言葉を返すには、まだ整理がついていなかった。
その夜、基地の食堂は異様な熱気に包まれた。
即席の酒、配られる紙幣、笑い声。
誰かが叫んだ。
「隕石とともにあらんことを!」
最初は冗談めいた響きだった。
だが、誰かがそれに応じ、また誰かが繰り返す。
「隕石とともにあらんことを」
「空に落ちても、俺たちは戻ってくる」
それは、祈りでも、誓いでもなかった。
ただ、空を取り戻そうとする者たちの合言葉だった。
一方、遠く離れたハーギア連邦空軍基地。
レギンレイヴ隊の機体が、燃料ぎりぎりで帰投していた。
「サーリア9、着陸する」
管制塔の声は硬い。
帰還は歓迎されていたが、結果は芳しくない。
格納庫に入ると、誰もすぐには口を開かなかった。
整備員が機体を確認し、被弾箇所を数える。
「……思ったより、派手にやられてますね」
誰かが言う。
サーリア9――隊長は黙ったまま、ヘルメットを外した。
「撃墜はなし、か」
その一言で、空気が沈む。
第18臨戦飛行隊。
教導を務め、エースを育ててきた部隊が、仕留めきれなかった。
サーリア15――二番機の女性搭乗員が、静かに言った。
「……あのクラウ5。普通じゃない」
誰も否定しなかった。
交差のたびに感じた圧。
無駄のない機動。
こちらの意図を読むような間合い。
「次は、時間をやらない」
「次は、落とす」
それが誓いなのか、願いなのかは分からない。
だが、彼らもまた、空に賭けている。
基地の外れ、小さなレストラン。
いつもなら賑やかな夜の時間に、今日は静けさが漂っていた。
少女は、店の奥から外を見ていた。
いつも来る彼らが、今日は早く帰ってきた。
無傷ではない機体。
言葉少なな男たち。
名前は知らない。
ただ、サーリア9と15という呼び名だけ。
彼女は感じていた。
何かが変わり始めている、と。
空は、まだ静かだ。
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