13 / 38
虚空の猟鳥
閑話 レストランの娘.1
しおりを挟む
その日、店のドアが開く音は、いつもより早かった。
夕方の仕込みが終わり、父がカウンターを拭いている時間。
いつもなら、もう少し遅く、笑い声と一緒にやって来る人たちだ。
「……あ」
最初に見えたのは、飛行服の袖だった。
油と金属の匂い。
それだけで、誰が来たのか分かる。
レギンレイヴ。
私は心の中でそう呼んでいる。
彼らが自分たちをどう呼び合っているのかは知っている。
サーリア9。サーリア15。
それ以外の名前は、知らない。
今日は、全員揃ってはいなかった。
席につく人数が少ない。
いつも一番奥に座る男がいないことに、すぐ気づいた。
「……今日は早いですね」
そう言うと、サーリア9が少しだけ口角を上げた。
疲れているのに、無理に作った笑顔だ。
「仕事が早く終わった」
それだけだった。
いつもなら、空の話をする。
雲がどうだったとか、風がどうだったとか。
でも今日は、誰も語らない。
サーリア15は、黙って水を飲んでいた。
グラスを持つ手に、細かな震えがある。
怪我ではない。
私はそれが分かるようになっていた。
「……負けたんですか?」
思わず、そう聞いてしまった。
店の中の空気が、一瞬だけ止まる。
サーリア9は、少し考えてから言った。
「負けてはいない」
「でも、勝ってもいない」
サーリア15が続ける。
その声は、静かだった。
私は何も言えなくなった。
勝ち負けの話をしてはいけないことくらい、分かっている。
でも、彼らの沈黙は、いつもと違いすぎた。
「……今日は、強い相手だった」
サーリア9は、天井を見上げながら言った。
まるで、そこに空があるかのように。
「とても静かな操縦だった」
「無駄がなくて、怖いほどだった」
サーリア15は、少しだけ笑った。
「女だったらしい」
私は驚いて顔を上げた。
「分かるの?」
「勘だ。……でも、多分、そうだ」
二人はそれ以上、話さなかった。
ただ、食事をして、静かに時間を過ごす。
私はカウンター越しに、彼らを見ていた。
この人たちは、いつも空に行く。
戻ってくるたびに、少しだけ何かを失っているように見える。
それでも、また飛ぶ。
「ねえ」
私は、勇気を出して聞いた。
「どうして、空に行くの?」
サーリア9は、少しだけ目を細めた。
「昔、空を見上げたときにな」
「そこに、全部があると思った」
「自由も、恐怖も、誇りも」
「……全部だ」
サーリア15は、静かに頷いた。
「だから、やめられない」
私は、その言葉を胸の中で反芻した。
空に、全部がある。
そんなふうに思ったことはない。
でも、彼らにとっては違うのだ。
食事が終わり、彼らは立ち上がる。
いつもより早い帰り際。
「また来る」
サーリア9は、そう言った。
その言葉が、約束なのか、ただの習慣なのかは分からない。
店の外に出た彼らの背中を、私は見送った。
夜空には、星が少ない。
雲が低く、空は重たい。
その向こうで、誰かが飛んでいる。
今日、彼らと刃を交えた相手。
名前も、顔も、知らない。
ただ、同じ空を見ている。
なぜか、そのことだけが、頭から離れなかった。
空は、誰のものでもない。
でも、誰かのすべてになってしまう。
そのことを、私は少しだけ、怖いと思った。
そして同時に――
次に彼らがここへ来るとき、
また何かが変わっている気がしてならなかった。
空が、静かすぎる夜だった。
夕方の仕込みが終わり、父がカウンターを拭いている時間。
いつもなら、もう少し遅く、笑い声と一緒にやって来る人たちだ。
「……あ」
最初に見えたのは、飛行服の袖だった。
油と金属の匂い。
それだけで、誰が来たのか分かる。
レギンレイヴ。
私は心の中でそう呼んでいる。
彼らが自分たちをどう呼び合っているのかは知っている。
サーリア9。サーリア15。
それ以外の名前は、知らない。
今日は、全員揃ってはいなかった。
席につく人数が少ない。
いつも一番奥に座る男がいないことに、すぐ気づいた。
「……今日は早いですね」
そう言うと、サーリア9が少しだけ口角を上げた。
疲れているのに、無理に作った笑顔だ。
「仕事が早く終わった」
それだけだった。
いつもなら、空の話をする。
雲がどうだったとか、風がどうだったとか。
でも今日は、誰も語らない。
サーリア15は、黙って水を飲んでいた。
グラスを持つ手に、細かな震えがある。
怪我ではない。
私はそれが分かるようになっていた。
「……負けたんですか?」
思わず、そう聞いてしまった。
店の中の空気が、一瞬だけ止まる。
サーリア9は、少し考えてから言った。
「負けてはいない」
「でも、勝ってもいない」
サーリア15が続ける。
その声は、静かだった。
私は何も言えなくなった。
勝ち負けの話をしてはいけないことくらい、分かっている。
でも、彼らの沈黙は、いつもと違いすぎた。
「……今日は、強い相手だった」
サーリア9は、天井を見上げながら言った。
まるで、そこに空があるかのように。
「とても静かな操縦だった」
「無駄がなくて、怖いほどだった」
サーリア15は、少しだけ笑った。
「女だったらしい」
私は驚いて顔を上げた。
「分かるの?」
「勘だ。……でも、多分、そうだ」
二人はそれ以上、話さなかった。
ただ、食事をして、静かに時間を過ごす。
私はカウンター越しに、彼らを見ていた。
この人たちは、いつも空に行く。
戻ってくるたびに、少しだけ何かを失っているように見える。
それでも、また飛ぶ。
「ねえ」
私は、勇気を出して聞いた。
「どうして、空に行くの?」
サーリア9は、少しだけ目を細めた。
「昔、空を見上げたときにな」
「そこに、全部があると思った」
「自由も、恐怖も、誇りも」
「……全部だ」
サーリア15は、静かに頷いた。
「だから、やめられない」
私は、その言葉を胸の中で反芻した。
空に、全部がある。
そんなふうに思ったことはない。
でも、彼らにとっては違うのだ。
食事が終わり、彼らは立ち上がる。
いつもより早い帰り際。
「また来る」
サーリア9は、そう言った。
その言葉が、約束なのか、ただの習慣なのかは分からない。
店の外に出た彼らの背中を、私は見送った。
夜空には、星が少ない。
雲が低く、空は重たい。
その向こうで、誰かが飛んでいる。
今日、彼らと刃を交えた相手。
名前も、顔も、知らない。
ただ、同じ空を見ている。
なぜか、そのことだけが、頭から離れなかった。
空は、誰のものでもない。
でも、誰かのすべてになってしまう。
そのことを、私は少しだけ、怖いと思った。
そして同時に――
次に彼らがここへ来るとき、
また何かが変わっている気がしてならなかった。
空が、静かすぎる夜だった。
0
あなたにおすすめの小説
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』
月神世一
SF
【あらすじ】
「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」
坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。
かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。
背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。
目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。
鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。
しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。
部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。
(……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?)
現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。
すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。
精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。
これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
改大和型戦艦一番艦「若狭」抜錨す
みにみ
歴史・時代
史実の第二次世界大戦が起きず、各国は技術力を誇示するための
「第二次海軍休日」崩壊後の無制限建艦競争に突入した
航空機技術も発達したが、それ以上に電子射撃装置が劇的に進化。
航空攻撃を無力化する防御陣形が確立されたことで、海戦の決定打は再び「巨大な砲」へと回帰した。
そんな中⑤計画で建造された改大和型戦艦「若狭」 彼女が歩む太平洋の航跡は
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる