試製局地戦闘機「春花」   日ノ本の宙に舞え

みにみ

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戦いの代償

血染めの空

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「春花」が本土防空の空に舞い上がる回数が増えるにつれて
パイロットたちの心は深く傷ついていった。
最初の輝かしい戦果がもたらした一瞬の希望は
やがて来るジェット戦闘機ならではの高速戦闘と、絶望的な物量差という現実によって
次第に薄れていく。彼らは、その戦いが、もはや個人の技量や
「春花」の性能だけではどうにもならない消耗戦へと
変貌していることを痛感させられることになる。

「春花」の圧倒的な加速力と上昇力は、B-29迎撃において確かに有効だった。
彼らは瞬く間に高高度に達し、これまでの日本機では追いつけなかった
敵機に肉薄することができた。機銃の閃光が闇を切り裂き
B-29が炎を噴いて墜落していく光景は、彼らに一瞬の勝利の喜びをもたらした。
しかし、その喜びは、常にジェット戦闘機がパイロットの肉体と精神に強いる
計り知れない負担によって、すぐに掻き消された。

時速800キロメートルを超える高速での機動は
パイロットの身体に想像を絶するG(重力加速度)をかけた。
急旋回、急降下、急上昇のたびに、血液は頭から足へ
あるいは足から頭へと強烈に引っ張られ
視界が狭まる「ブラックアウト」や「レッドアウト」現象が頻繁に起こった。
高速で動く機体は、わずかな操縦ミスが致命的な結果を招く。
彼らは、常に集中力を極限まで高め、思考の全てを機体制御に注ぎ込まなければならなかった。
その精神的なプレッシャーは、レシプロ機の比ではなかったのだ。

そして、何よりも彼らを苦しめたのは、空の彼方で繰り広げられる、
あまりにも絶望的な物量差だった。B-29の大編隊は
常に数十機、時には百機を超える規模で日本の空に押し寄せた。
その護衛には、P-51マスタングやF6Fヘルキャットといった
高性能な米軍戦闘機が群がっていた。数機の「春花」がどれだけ奮戦しても
常に圧倒的な数で包囲され、友軍機が回避不可能な状況に追い込まれる光景を
彼らは何度も目撃することになる。

「少尉!後ろだ!」「ダメだ、数が多すぎる…!」

無線からは、次々と戦死していく仲間たちの最期の声が響き渡る。
彼らは、まるで燃え盛る蝋燭の火が消えるように、突然、無線から声が途絶えた。
その瞬間、パイロットたちは、かけがえのない友の死を悟った。
自分と同じ訓練を受け、同じ空を飛んだ仲間が、今、この空のどこかで散ったのだ。
その悲しみは、ジェットエンジンの轟音をかき消すほどに、彼らの心を深く抉った。

空の戦いは、もはや個人の技量や「春花」の性能だけでは
どうにもならない消耗戦へと変貌していた。一機が数機を落とせたとしても
その損失を補う生産力は日本にはなかった。
対して、連合軍は次々と新しい機体を投入し、パイロットも絶え間なく補充されていく。
彼らは、まるで無限に湧き出るかのような敵の数に、圧倒的な無力感を味わった。

「春花」は希望の象徴であるはずだった。
しかし、その高速で敵機を撃墜すればするほど
多くの連合軍機が報復のように押し寄せ、日本の空は血で染まっていった。
撃墜されたB-29の残骸が地上に降り注ぎ、煙の筋が空に描かれ、
そこには爆発の臭いが漂う。空戦が終わった後、基地に戻る彼らの目には
焼け焦げた都市の風景が広がっていた。自分たちが空を守るために戦っているはずなのに
地上では多くの人々が命を落とし、故郷が失われていく。
その矛盾が、彼らの心を深く苛んだ。

パイロットたちは、自分たちが操る「春花」が
希望を運ぶ「翼」であると同時に、多くの命を刈り取る「死神」でもあるという
複雑な感情を抱えざるを得なかった。彼らは、友軍機を撃墜し
炎上させていくB-29のパイロットたちに、憎しみだけでなく
どこか共通する悲劇性すら感じていたのかもしれない。
空の激戦は、彼らの心に深く、深く傷痕を刻み込んでいった。
それは、ジェットエンジンの轟音と共に、かけがえのない友を失う悲しみが
決して癒えることなく残り続ける痛みだった。

彼らは、いつ終わるとも知れない戦いの中で
肉体と精神の限界まで戦い続けることを強いられた。
睡眠不足、食料不足、そして常に死と隣り合わせの生活は
彼らの精神を確実に蝕んでいった。ある者は、空を飛ぶたびに激しい頭痛に悩まされ
またある者は、夜毎悪夢にうなされた。
しかし、彼らは弱音を吐くことなく、ただ黙々と出撃命令を待ち続けた。
彼らは、自分たちが最後の希望であり
この翼を失えば、祖国の空は完全に敵に明け渡されることを知っていたからだ。
血で染まった空は、彼らにとって、戦いの終わりが見えない、永遠の悲劇の舞台となっていた。
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