If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ

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邀撃 比島方面迎撃戦

近づきたる死

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午前11時54分から午後12時25分にかけての
第二次空襲が終息した直後、戦艦「武蔵」の艦橋には
血と汗と硝煙が混じり合った、重苦しい空気が漂っていた。
傾斜は応急注水によって復元されたが、艦首部の構造材の損傷は深刻であった。

猪口敏平艦長は、被害報告を精査し、苦渋の面持ちで旗艦「大和」に向けて
「出しうる最大速力、24ノット」と打電させた。
本来、「武蔵」が誇るべき最大戦速27ノットは、今や遠い夢となっていた。
艦隊の主軸を担う超弩級戦艦が
その機動力を失うことは、全艦隊の進撃計画に致命的な遅延をもたらす。

13時12分。「大和」からの返信が届いた。
栗田健男中将は、艦隊の速力を24ノットへ落とし
「武蔵」に歩調を合わせることを命じた。
この判断は、栗田中将の苦渋の決断であった。
彼は、「武蔵」という巨艦が持つ、圧倒的な46センチ砲の火力を
どうしても艦隊の戦列から失いたくなかった。
しかし、その決断は、彼らがシブヤン海の空襲圏から
脱出する時間をさらに引き延ばすことを意味した。

艦内の通路には、応急処置を待つ負傷兵と
第二次空襲で発生した犠牲者の「肉塊」が横たわっていた。
武蔵は、その不沈の巨体とは裏腹に
艦隊の「動脈」と「静脈」、すなわち機動力と人的資源を蝕まれていた。

これまでの2度の空襲で、武蔵が放った弾薬の量は、その激しさを物語る。

46センチ三式弾:9発

46センチ零式弾:17発

12.7センチ三式弾:217発

これに加えて、数千発に及ぶ25ミリ機銃弾が火を噴いていた。
特に46センチ主砲の無差別な発射は、機銃員に甚大な被害をもたらし
望月少尉の絶叫は、未だ艦内にこだましているようだった。
武蔵は、自らの防御力と引き換えに、自らの対空火力を失いつつあった。


13時31分。束の間の静寂は、再び破られた。
武蔵の電探が、南西方向から接近する29機の敵艦載機を探知したのだ。第三次空襲の開始である。

米軍パイロットたちは、前の攻撃で「武蔵」が受けた損傷と
速力が低下している事実を把握していた。彼らの標的は、明確だった。
輪形陣からわずかに遅れ始めた、傷ついた巨艦である。

「…全砲、右舷、対空射撃!」

猪口艦長の号令が飛ぶが、応じる対空機銃の数は
第一次、第二次空襲時よりも明らかに少なかった。
機銃員の被害が大きい武蔵は
もはや、その巨体を守るに足る対空砲火を、十分に撃つ能力を失っていた。

挨拶代わりに、2機のヘルキャットが、猛烈な機銃掃射を浴びせてきた。
甲板は再び火花を散らし、機銃座に留まっていた数少ない生存者が
次と倒れていく。続いて、5機のヘルダイバーが急降下し、爆弾を投弾。
2発の至近弾が、船体に新たな衝撃を与える。

そして、間髪入れずに、雷撃機アベンジャー6機が出現。
「武蔵」の回頭運動は既に鈍重になっており、回避は困難を極めた。

「…直撃!直撃弾4発!」

凄まじい轟音とともに、4発の直撃弾が「武蔵」を襲った。
うち一発が、左舷中央部の非装甲区画を貫通し、艦内の緊急治療室を直撃した。
大爆発が生じ、治療室は瞬時に一酸化炭素で満たされ
負傷兵と看護兵は退避を余儀なくされる。
艦内の被害は、艦の機能だけでなく、将兵の命をも奪い始めた。


13時50分。第三次空襲が終了した。

「武蔵」の艦首は、第二次空襲後の2メートルから、更に沈下していた。
艦の喫水が不自然に上がり、航行抵抗が増大する。機関室からの報告は、絶望的だった。

「…艦長!速力、20ノットに低下!これ以上は無理です!」

艦隊の長たる**「大和」と、「武蔵」の距離は、刻々と開いていく。
24ノットで航行する第一遊撃部隊は
もはや、傷ついた巨艦の存在を背後に感じながら、先へと進み始めていた。

猪口艦長は、双眼鏡で、遠ざかりつつある「大和」の巨大な艦容を眺めた。

「…もはや、我々は囮だ…」

その言葉は、誰にも聞こえない、心の叫びであった。
「武蔵」の不沈艦としての頑強さが、かえって米軍の攻撃を引き付け
僚艦を救うという、悲劇的な役割を負わされていた。
20ノット。それは、艦隊運動から完全に切り離された、孤立の速度である。


14時20分。シブヤン海は
休むことを知らなかった。第四次空襲が始まる。

しかし、この波は、前の3波とは、目標が異なっていた。
米軍は、「武蔵」の落伍を確認し、今度は第一遊撃部隊の他の主力艦
「大和」「長門」「能代」を目標に定めたのだ。
彼らは、栗田艦隊全体の戦力低下を狙った。

「武蔵」は、「大和」から少し離れた位置にいた。
この距離が、「武蔵」の最後の役割を与えることになる。

「…敵機、大和へ向かう!全砲、大和を防護せよ!」

猪口艦長は、声を張り上げた。もはや、自艦の防御など二の次だった。
「武蔵」は、自らの全てを、僚艦、そして旗艦を守るための盾に変えた。

46センチ主砲が、再び火を噴く。方位盤は故障しているが
手動での照準により、三式弾を敵機の進路上に撒き散らす。

46センチ三式弾:15発

46センチ零式弾:37発

12.7センチ三式弾:116発

この波で放たれた対空砲火は、前の三波を合わせた量をも凌駕していた。
武蔵は、その巨体と、残された全ての火力を、惜しみなく空に放った。
主砲の無謀な射撃は、大和や長門を狙う敵機に対し
物理的・心理的な威圧を与え、攻撃の精度を鈍らせる効果があった。

武蔵は、自らの運命を悟っていたかのように
ただひたすらに、僚艦を守るための血の咆哮を上げ続ける。
その巨体は、すでに多数の傷を負い、速力も20ノットに落ちていたが、
不屈の闘志だけは、その鋼鉄の船体に宿っていた。
海の魔物は、今、僚艦を守るための守り人となっていた。
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