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邀撃 比島方面迎撃戦
空虚なる海峡
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1945年2月13日、15時30分。
シブヤン海の戦場から、第一遊撃部隊
(1YB)の栗田健男中将は、苦渋に満ちた決断を下した。
「1YB1H並ビニ1YB2H主力ハ日没一時間後
『サンベルナルヂノ』強行突破ノ予定ニテ進撃セルモ
逐次被害累増スルノミニシテ一時敵機ノ
空襲圏外ニ避退シ友隊ノ成果ニ策応シ進撃スルヲ可ト認メタリ」
(1600時付電、連合艦隊通知)
この電文が示す通り、戦艦「武蔵」を失い
「長門」や他の艦艇も損傷した現状では、このまま米軍の制空権下を
強行突破するのは、全滅を意味していた。
航空支援は皆無に等しく、友軍の成果(機動部隊本隊によるハルゼー艦隊の牽制)が
確認できない以上、一時的に戦場を離脱し、体勢を立て直すのが最善と判断されたのだ。
第一遊撃部隊は、16時付で正式に西方への転進を開始した。
艦隊の針路は、サンベルナルジノ海峡から遠ざかり
空襲圏外であるミンドロ島方面へと向けられた。
艦隊の将兵たちは、この「退却」とも取れる行動に
一瞬の安堵と、捷一号作戦失敗の予感という、複雑な感情を抱いていた。
栗田中将は、艦橋に立ち、西へ向かう波頭を見つめていた。
彼の脳裏には、「武蔵」の痛ましい姿と
レイテ湾突入という大命との間で揺れる葛藤が渦巻いていた。
彼は、あくまで作戦の遂行を諦めてはいなかった。
これは、「敗走」ではなく、「戦術的後退」であり
「友隊の成果を待つための避退」である、と自らに言い聞かせていた。
その頃、東方海域では、太平洋艦隊司令長官である
ウィリアム・F・ハルゼー大将の艦隊、第3艦隊(TF 38)が、運命的な情報を捉えていた。
16時40分。空母「レキシントン」から発進した索敵機が
日本の小沢治三郎中将率いる第一航空戦隊基幹の機動部隊本隊を
ルソン海峡東方で発見したのだ。
偵察機の報告は、日本の囮艦隊の構成を詳らかにした。
そこには、正規空母「大鳳」「瑞鶴」
そして艦名不詳の大型空母(「信濃」)を含む3隻
軽空母「瑞鳳」「龍鳳」「飛鷹」「隼鷹」の4隻からなる
日本の最後の機動艦隊が確認された。
ハルゼーは、この情報と、シブヤン海での「武蔵」撃破後の
第一遊撃部隊の西方転進を重ね合わせた。
彼は、栗田艦隊の動きを「退却」と断定し
日本の主力が北方の空母群であると誤認した。
「…日本の主力は空母だ!奴らはレイテへの侵攻を諦めた!
全戦力を北へ!残存の日本空母群を叩き潰せ!」
ハルゼーは、第一遊撃部隊に張り付けていた索敵機を直ちに呼び戻し
麾下の戦力を集結させた。戦艦群、巡洋艦戦隊、駆逐艦隊を集め
TF 38は、翌14日の夜明けに小沢艦隊を捕捉し、殲滅せんとしていた。
20時過ぎ、ハルゼーは「全力北進」を発令。
アメリカ海軍の圧倒的な物量を誇る大機動部隊は
レイテ湾への入り口であるサンベルナルジノ海峡を
文字通り「ガラ空き」にして、北へと猛進を開始した。
一方、西方へ転進していた第一遊撃部隊は、予想外の状況に直面していた。
日が沈んだわけでもない17時頃、シブヤン海の空襲がパッタリと途絶えたのだ。
午前中、あれほど執拗に、そして猛烈に襲いかかってきた
米軍の艦載機が、忽然と姿を消した。
艦隊の上空には、米軍機の影どころか、その索敵機すら見当たらない。
「大和」の艦橋では、この「空虚なる静寂」に対して
栗田中将以下、幕僚たちが訝しむ声を上げていた。
「…敵の空襲が途絶えました。これはどういうことか?
彼らが我々の損傷を知り、攻撃を止めたのか?」
「…いえ、敵は常々、一度捕らえた獲物は確実に仕留めます。
これほどの静寂は、何か重大な変化があったと見るべきです」
栗田中将は、この不気味な状況に対する連合艦隊からの返電を待ったが
「武蔵」の西方避退を通知した電報に対し、GFからの返信は来なかった。
さらに、機動部隊本隊からの具体的な連絡もなかった。
(17時15分付で小沢中将座乗の「瑞鶴」は米索敵機の出現を発信したが
「大和」には受信記録が無いという通信上の不備も、この情報空白を深めていた)
しかし、この「情報空白」と「空襲の中断」は、栗田中将にとって
レイテ湾に突入する絶好の機会として映った。
米軍が、一時的にせよ、第一遊撃部隊への関心を失い
戦力を他へ転用したとすれば、それは捷一号作戦の「牽制」が効いた瞬間である。
17時14分。日の入りが近づき、海面が橙色に染まり始めた頃
栗田長官は、連合艦隊の返電を待たず、独断で決断を下した。
「…全艦に告ぐ!針路90度(東)へ。レイテ湾へ向かう。突入を敢行する!」
この「東進再開」の命令は、シブヤン海での戦術的後退を一転させ、
再び作戦の遂行へと舵を切る、運命的な転進であった。
艦隊は再び、サンベルナルジノ海峡へと向けて、針路を変えた。
この瞬間、ハルゼー大将率いる第3艦隊は
北方へ向かって全速力で北進しており
サンベルナルジノ海峡は、文字通り無防備となっていた。
第一遊撃部隊の西方転進を「退却」と誤認したハルゼーの判断と
栗田中将の空襲途絶という状況判断に基づく東進再開という独断。
この日米のすれ違いこそが、このレイテ沖海戦における
最大のターニングポイントとなったのだ。
第一遊撃部隊は、奇しくも、米軍の迎撃態勢が最も脆弱になった、
この「空虚なる海峡」へと向かって、最後の突入を開始した。
シブヤン海の戦場から、第一遊撃部隊
(1YB)の栗田健男中将は、苦渋に満ちた決断を下した。
「1YB1H並ビニ1YB2H主力ハ日没一時間後
『サンベルナルヂノ』強行突破ノ予定ニテ進撃セルモ
逐次被害累増スルノミニシテ一時敵機ノ
空襲圏外ニ避退シ友隊ノ成果ニ策応シ進撃スルヲ可ト認メタリ」
(1600時付電、連合艦隊通知)
この電文が示す通り、戦艦「武蔵」を失い
「長門」や他の艦艇も損傷した現状では、このまま米軍の制空権下を
強行突破するのは、全滅を意味していた。
航空支援は皆無に等しく、友軍の成果(機動部隊本隊によるハルゼー艦隊の牽制)が
確認できない以上、一時的に戦場を離脱し、体勢を立て直すのが最善と判断されたのだ。
第一遊撃部隊は、16時付で正式に西方への転進を開始した。
艦隊の針路は、サンベルナルジノ海峡から遠ざかり
空襲圏外であるミンドロ島方面へと向けられた。
艦隊の将兵たちは、この「退却」とも取れる行動に
一瞬の安堵と、捷一号作戦失敗の予感という、複雑な感情を抱いていた。
栗田中将は、艦橋に立ち、西へ向かう波頭を見つめていた。
彼の脳裏には、「武蔵」の痛ましい姿と
レイテ湾突入という大命との間で揺れる葛藤が渦巻いていた。
彼は、あくまで作戦の遂行を諦めてはいなかった。
これは、「敗走」ではなく、「戦術的後退」であり
「友隊の成果を待つための避退」である、と自らに言い聞かせていた。
その頃、東方海域では、太平洋艦隊司令長官である
ウィリアム・F・ハルゼー大将の艦隊、第3艦隊(TF 38)が、運命的な情報を捉えていた。
16時40分。空母「レキシントン」から発進した索敵機が
日本の小沢治三郎中将率いる第一航空戦隊基幹の機動部隊本隊を
ルソン海峡東方で発見したのだ。
偵察機の報告は、日本の囮艦隊の構成を詳らかにした。
そこには、正規空母「大鳳」「瑞鶴」
そして艦名不詳の大型空母(「信濃」)を含む3隻
軽空母「瑞鳳」「龍鳳」「飛鷹」「隼鷹」の4隻からなる
日本の最後の機動艦隊が確認された。
ハルゼーは、この情報と、シブヤン海での「武蔵」撃破後の
第一遊撃部隊の西方転進を重ね合わせた。
彼は、栗田艦隊の動きを「退却」と断定し
日本の主力が北方の空母群であると誤認した。
「…日本の主力は空母だ!奴らはレイテへの侵攻を諦めた!
全戦力を北へ!残存の日本空母群を叩き潰せ!」
ハルゼーは、第一遊撃部隊に張り付けていた索敵機を直ちに呼び戻し
麾下の戦力を集結させた。戦艦群、巡洋艦戦隊、駆逐艦隊を集め
TF 38は、翌14日の夜明けに小沢艦隊を捕捉し、殲滅せんとしていた。
20時過ぎ、ハルゼーは「全力北進」を発令。
アメリカ海軍の圧倒的な物量を誇る大機動部隊は
レイテ湾への入り口であるサンベルナルジノ海峡を
文字通り「ガラ空き」にして、北へと猛進を開始した。
一方、西方へ転進していた第一遊撃部隊は、予想外の状況に直面していた。
日が沈んだわけでもない17時頃、シブヤン海の空襲がパッタリと途絶えたのだ。
午前中、あれほど執拗に、そして猛烈に襲いかかってきた
米軍の艦載機が、忽然と姿を消した。
艦隊の上空には、米軍機の影どころか、その索敵機すら見当たらない。
「大和」の艦橋では、この「空虚なる静寂」に対して
栗田中将以下、幕僚たちが訝しむ声を上げていた。
「…敵の空襲が途絶えました。これはどういうことか?
彼らが我々の損傷を知り、攻撃を止めたのか?」
「…いえ、敵は常々、一度捕らえた獲物は確実に仕留めます。
これほどの静寂は、何か重大な変化があったと見るべきです」
栗田中将は、この不気味な状況に対する連合艦隊からの返電を待ったが
「武蔵」の西方避退を通知した電報に対し、GFからの返信は来なかった。
さらに、機動部隊本隊からの具体的な連絡もなかった。
(17時15分付で小沢中将座乗の「瑞鶴」は米索敵機の出現を発信したが
「大和」には受信記録が無いという通信上の不備も、この情報空白を深めていた)
しかし、この「情報空白」と「空襲の中断」は、栗田中将にとって
レイテ湾に突入する絶好の機会として映った。
米軍が、一時的にせよ、第一遊撃部隊への関心を失い
戦力を他へ転用したとすれば、それは捷一号作戦の「牽制」が効いた瞬間である。
17時14分。日の入りが近づき、海面が橙色に染まり始めた頃
栗田長官は、連合艦隊の返電を待たず、独断で決断を下した。
「…全艦に告ぐ!針路90度(東)へ。レイテ湾へ向かう。突入を敢行する!」
この「東進再開」の命令は、シブヤン海での戦術的後退を一転させ、
再び作戦の遂行へと舵を切る、運命的な転進であった。
艦隊は再び、サンベルナルジノ海峡へと向けて、針路を変えた。
この瞬間、ハルゼー大将率いる第3艦隊は
北方へ向かって全速力で北進しており
サンベルナルジノ海峡は、文字通り無防備となっていた。
第一遊撃部隊の西方転進を「退却」と誤認したハルゼーの判断と
栗田中将の空襲途絶という状況判断に基づく東進再開という独断。
この日米のすれ違いこそが、このレイテ沖海戦における
最大のターニングポイントとなったのだ。
第一遊撃部隊は、奇しくも、米軍の迎撃態勢が最も脆弱になった、
この「空虚なる海峡」へと向かって、最後の突入を開始した。
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