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邀撃 比島方面迎撃戦
血路
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戦艦「大和」の艦橋は、レイテ湾での激戦の残滓を色濃く残していた。
煤けた操舵盤、血痕を拭い取ったばかりの床、
そして何よりも、乗組員たちの顔に刻まれた極度の疲労だ。
レイテ湾への突入は成功した。米軍の最重要目標である輸送船団の大半を撃滅し、
上陸作戦の心臓部に致命的な一撃を与えた。しかし、その代償も大きかった。
駆逐艦「岸波」は浸水が進み航行不能となり、やむなく自沈処分。
艦隊の俊足、「島風」も煙突が大破し、ボイラーの能力が低下
自慢の最高速力は26ノットにまで落ち込んでいた。
これは、艦隊の最高速力そのものを拘束することを意味する。
第一遊撃部隊(栗田艦隊)は、今まさに、スリガオ海峡の出口を抜け
ボホール海へと進出していた。海峡を通過したことで
彼らはオルテンドルフ提督が率いる米第七艦隊の
主力水上部隊との遭遇圏内へと再び足を踏み入れたことになる。
「長官、艦隊の損害報告がまとまりました。
輸送船団撃滅の戦果は絶大ですが、これ以上の継続戦闘は厳しいかと。
弾薬も、特に主砲の砲弾残量は予備弾を含め全艦で残り七割を切っています」
砲術参謀が沈痛な面持ちで報告した。
栗田健男中将は、無言で海図の上に広がるボホール海の青い部分を見つめていた。
彼の表情は、先刻までの激しい砲戦の
興奮とは裏腹に、氷のように冷たく静まり返っている。
「生存第一。目標はブルネイだ」
栗田は静かに言った。目的は果たした。
後は、この貴重な戦力を生還させること。
それが、彼に課せられた次の使命だった。
その時、通信長が緊張した面持ちで入ってきた。
「長官、志摩艦隊(第二遊撃部隊)より緊急電です!」
志摩清英中将率いる第二遊撃部隊は、レイテ湾突入を断念した後
スール海方面へと退避していた。彼らは、栗田艦隊の陽動が成功したことで
一時は追撃を逃れたかに見えた。
しかし、レイテ湾口から北上してきたオルテンドルフ艦隊の
追撃を振り切ることができていないようだった。
通信長は受信した暗号電文を解読した紙片を
栗田に手渡した。その内容は簡潔だが、切迫していた。
『オルテンドルフ艦隊、我を捕捉。スール海にて追撃中。
速力約20ノット。我、囮として可能な限り拘束中。燃料残り僅少、至急援護求む。』
栗田は電文を一読し、海図の上に広げた。
オルテンドルフは志摩艦隊を確実に仕留めようとしている。
米軍の戦力は依然として圧倒的であり
このまま志摩を見捨てれば、栗田艦隊の生還もまた危うくなる。
「オルテンドルフは、志摩を仕留めれば
我々も容易に捕捉できると考えているはずだ。志摩はよくやってくれている」
栗田は海図に目を落とし、鉛筆を走らせた。
彼の脳裏で、戦艦、重巡、そして駆逐艦たちの針路が、瞬時にシミュレートされていく。
この状況で、二つの艦隊を合流させ、しかも敵艦隊に
損害を与えて切り抜けるには、常識外れの戦術が必要だった。
「総員に告ぐ。直ちに作戦図を作成させろ
作戦名、『逆鱗(さかうろこ)』。
これより志摩艦隊と連携し、オルテンドルフ艦隊を挟撃する」
栗田の作戦は、極めて大胆かつ非情なものだった。
彼は、自身の艦隊の疲弊と速力低下、そしてオルテンドルフ艦隊の優位性を踏まえ
駆逐隊を捨て石にすることで、両艦隊の生存を図ることにした。
栗田は、海図上のマーカーを使いながら、参謀たちに作戦を説明した。
「現在の志摩艦隊は、スール海にて西方へ進路を取りつつある。
直ちに志摩艦隊に通信を打つ。志摩艦隊には、進路を西方からやや
北東へと転進させ、オルテンドルフを誘導させる」
栗田の指が海図をなぞる。敵は獲物を追いかけることに集中するはずだ。
「我々、第一遊撃部隊は、速力26ノットを維持しつつ
志摩艦隊が誘い込んだ敵艦隊の西方へと向かう。
そして、午後5時を期して、志摩艦隊に反転を指示する」
ここで、参謀たちが息を呑んだ。
「午後5時。志摩艦隊は反転し、敵艦隊の東方を南下する。
我々は敵艦隊の西方を通過しながら、挟撃態勢を作り上げる。
志摩艦隊から見れば同航戦
我々から見れば反航戦となるよう誘導し、全火砲をもって砲撃を開始する」
敵主力艦隊の左右から、戦艦と巡洋艦の砲撃が降り注ぐ。
敵は、予期せぬ場所からの砲火に対応できず、混乱に陥るだろう。しかし、本命はここからだ。
「敵艦隊にある程度の損害を与えたのち
我々はそのまま戦闘海域を通過し、ブルネイを目指す」
そして、栗田は、最も重い命令を下した。
「駆逐隊、第二水雷戦隊の全艦は
第一遊撃部隊本隊より一時離れ、敵艦隊の陣中へと突入せよ」
駆逐隊の突入は、魚雷による混乱と引き換えに
志摩艦隊の生還を確実にするための特攻的な命令だった。
「志摩艦隊は、駆逐隊の突入によって生じた敵艦隊の混乱を突き
陣中を強行突破せよ。我が駆逐隊がこれを援護し、
敵部隊に更なる混乱と被害を与えて、煙幕を展開する。志摩は、その機に乗じて撤収せよ」
参謀たちの間に沈黙が走った。この作戦は
駆逐隊の確実な損害を前提とした、非情な作戦だった。
しかし、戦艦や重巡が生き残らなければ、今後の日本に未来はない。
栗田は己の非情な決断に、深く耐えた。
作戦図が第二遊撃部隊(志摩艦隊)へと向けて打電された
通信士は、手が震えるのを抑えながら、緊迫した符号を打ち続ける
しばらくの沈黙の後、志摩からの返信が届いた。
『作戦「逆鱗」、了解した。貴隊の決断と
駆逐隊の犠牲的な援護に深謝する。我は必ずや生還し、この一撃を無駄にしない』
簡潔な電文の中に、志摩の決意と、駆逐隊への哀悼の念がにじんでいた
栗田は、「大和」の艦橋で静かに頷いた。
「良し。全艦隊に伝達。戦備を整えろこれより針路を北へ
速力を最大の26ノットに上げる。オルテンドルフを叩くぞ」
栗田の命令が下り、艦隊の全てが作戦「逆鱗」の遂行へと動き出す。
ボイラーの炎が増し、艦体が軋みを上げる。
レイテ湾を出た彼らを待つのは、生還か全滅か、全てを賭けた、最後の挟撃戦だった。
午後1時過ぎ、第一遊撃部隊は、決戦の場であるスール海へ向けて
白い波を蹴立てて進出を開始した。
艦隊の進む先には、友軍の犠牲と引き換えに勝ち取る、血塗られた生還の道が広がっている
煤けた操舵盤、血痕を拭い取ったばかりの床、
そして何よりも、乗組員たちの顔に刻まれた極度の疲労だ。
レイテ湾への突入は成功した。米軍の最重要目標である輸送船団の大半を撃滅し、
上陸作戦の心臓部に致命的な一撃を与えた。しかし、その代償も大きかった。
駆逐艦「岸波」は浸水が進み航行不能となり、やむなく自沈処分。
艦隊の俊足、「島風」も煙突が大破し、ボイラーの能力が低下
自慢の最高速力は26ノットにまで落ち込んでいた。
これは、艦隊の最高速力そのものを拘束することを意味する。
第一遊撃部隊(栗田艦隊)は、今まさに、スリガオ海峡の出口を抜け
ボホール海へと進出していた。海峡を通過したことで
彼らはオルテンドルフ提督が率いる米第七艦隊の
主力水上部隊との遭遇圏内へと再び足を踏み入れたことになる。
「長官、艦隊の損害報告がまとまりました。
輸送船団撃滅の戦果は絶大ですが、これ以上の継続戦闘は厳しいかと。
弾薬も、特に主砲の砲弾残量は予備弾を含め全艦で残り七割を切っています」
砲術参謀が沈痛な面持ちで報告した。
栗田健男中将は、無言で海図の上に広がるボホール海の青い部分を見つめていた。
彼の表情は、先刻までの激しい砲戦の
興奮とは裏腹に、氷のように冷たく静まり返っている。
「生存第一。目標はブルネイだ」
栗田は静かに言った。目的は果たした。
後は、この貴重な戦力を生還させること。
それが、彼に課せられた次の使命だった。
その時、通信長が緊張した面持ちで入ってきた。
「長官、志摩艦隊(第二遊撃部隊)より緊急電です!」
志摩清英中将率いる第二遊撃部隊は、レイテ湾突入を断念した後
スール海方面へと退避していた。彼らは、栗田艦隊の陽動が成功したことで
一時は追撃を逃れたかに見えた。
しかし、レイテ湾口から北上してきたオルテンドルフ艦隊の
追撃を振り切ることができていないようだった。
通信長は受信した暗号電文を解読した紙片を
栗田に手渡した。その内容は簡潔だが、切迫していた。
『オルテンドルフ艦隊、我を捕捉。スール海にて追撃中。
速力約20ノット。我、囮として可能な限り拘束中。燃料残り僅少、至急援護求む。』
栗田は電文を一読し、海図の上に広げた。
オルテンドルフは志摩艦隊を確実に仕留めようとしている。
米軍の戦力は依然として圧倒的であり
このまま志摩を見捨てれば、栗田艦隊の生還もまた危うくなる。
「オルテンドルフは、志摩を仕留めれば
我々も容易に捕捉できると考えているはずだ。志摩はよくやってくれている」
栗田は海図に目を落とし、鉛筆を走らせた。
彼の脳裏で、戦艦、重巡、そして駆逐艦たちの針路が、瞬時にシミュレートされていく。
この状況で、二つの艦隊を合流させ、しかも敵艦隊に
損害を与えて切り抜けるには、常識外れの戦術が必要だった。
「総員に告ぐ。直ちに作戦図を作成させろ
作戦名、『逆鱗(さかうろこ)』。
これより志摩艦隊と連携し、オルテンドルフ艦隊を挟撃する」
栗田の作戦は、極めて大胆かつ非情なものだった。
彼は、自身の艦隊の疲弊と速力低下、そしてオルテンドルフ艦隊の優位性を踏まえ
駆逐隊を捨て石にすることで、両艦隊の生存を図ることにした。
栗田は、海図上のマーカーを使いながら、参謀たちに作戦を説明した。
「現在の志摩艦隊は、スール海にて西方へ進路を取りつつある。
直ちに志摩艦隊に通信を打つ。志摩艦隊には、進路を西方からやや
北東へと転進させ、オルテンドルフを誘導させる」
栗田の指が海図をなぞる。敵は獲物を追いかけることに集中するはずだ。
「我々、第一遊撃部隊は、速力26ノットを維持しつつ
志摩艦隊が誘い込んだ敵艦隊の西方へと向かう。
そして、午後5時を期して、志摩艦隊に反転を指示する」
ここで、参謀たちが息を呑んだ。
「午後5時。志摩艦隊は反転し、敵艦隊の東方を南下する。
我々は敵艦隊の西方を通過しながら、挟撃態勢を作り上げる。
志摩艦隊から見れば同航戦
我々から見れば反航戦となるよう誘導し、全火砲をもって砲撃を開始する」
敵主力艦隊の左右から、戦艦と巡洋艦の砲撃が降り注ぐ。
敵は、予期せぬ場所からの砲火に対応できず、混乱に陥るだろう。しかし、本命はここからだ。
「敵艦隊にある程度の損害を与えたのち
我々はそのまま戦闘海域を通過し、ブルネイを目指す」
そして、栗田は、最も重い命令を下した。
「駆逐隊、第二水雷戦隊の全艦は
第一遊撃部隊本隊より一時離れ、敵艦隊の陣中へと突入せよ」
駆逐隊の突入は、魚雷による混乱と引き換えに
志摩艦隊の生還を確実にするための特攻的な命令だった。
「志摩艦隊は、駆逐隊の突入によって生じた敵艦隊の混乱を突き
陣中を強行突破せよ。我が駆逐隊がこれを援護し、
敵部隊に更なる混乱と被害を与えて、煙幕を展開する。志摩は、その機に乗じて撤収せよ」
参謀たちの間に沈黙が走った。この作戦は
駆逐隊の確実な損害を前提とした、非情な作戦だった。
しかし、戦艦や重巡が生き残らなければ、今後の日本に未来はない。
栗田は己の非情な決断に、深く耐えた。
作戦図が第二遊撃部隊(志摩艦隊)へと向けて打電された
通信士は、手が震えるのを抑えながら、緊迫した符号を打ち続ける
しばらくの沈黙の後、志摩からの返信が届いた。
『作戦「逆鱗」、了解した。貴隊の決断と
駆逐隊の犠牲的な援護に深謝する。我は必ずや生還し、この一撃を無駄にしない』
簡潔な電文の中に、志摩の決意と、駆逐隊への哀悼の念がにじんでいた
栗田は、「大和」の艦橋で静かに頷いた。
「良し。全艦隊に伝達。戦備を整えろこれより針路を北へ
速力を最大の26ノットに上げる。オルテンドルフを叩くぞ」
栗田の命令が下り、艦隊の全てが作戦「逆鱗」の遂行へと動き出す。
ボイラーの炎が増し、艦体が軋みを上げる。
レイテ湾を出た彼らを待つのは、生還か全滅か、全てを賭けた、最後の挟撃戦だった。
午後1時過ぎ、第一遊撃部隊は、決戦の場であるスール海へ向けて
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