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アメリカの反攻
エニウェトク陥落
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1943年2月17日。
クェゼリン環礁での血みどろの激戦からわずか一ヶ月
米軍は次なる目標、マーシャル諸島の北西に位置する
エニウェトク環礁への上陸作戦を開始した。
クェゼリンでの多大な犠牲と予想外の苦戦は、米軍に多くの教訓を残した。
太平洋艦隊司令長官チェスター・ニミッツ提督率いる
米太平洋艦隊司令部は、スティールハンマー作戦の完遂、
そして日本の「絶対国防圏」を確実に突破するため、
クェゼリンでの経験を徹底的に分析し、より迅速かつ効率的な攻略を目指していた。
真珠湾の屈辱を晴らすという、アメリカ国民の揺るぎない意思が、この作戦には込められていた。
エニウェトク攻略戦に先立ち、米軍はクェゼリンでの反省を深く刻み込み
準備の段階から戦術を大幅に進化させた。
もはや、兵力と火力のごり押しだけでは
日本軍の巧妙な防御陣地を突破できないことを、彼らは痛感していたのだ。
情報収集の強化と精密爆撃への転換: クェゼリンで
日本軍の巧妙に隠された防御陣地に苦しめられた米軍は
エニウェトクでは、より詳細な情報収集に注力した
ガトーなどの潜水艦は、上陸に先立ち、夜陰に紛れて環礁の沿岸部に接近し
水中からの偵察や、小型ボートによる上陸偵察を実施した。
彼らは、敵の防御陣地の位置、トーチカの構造、機銃や迫撃砲の隠蔽場所
そして上陸適地に関する貴重な情報を収集した。
同時に、空母から発艦したF6Fヘルキャット戦闘機の偵察機型が
低空で何度も環礁上空を飛び、日本軍の陣地配置を克明に記録した。
これらの航空写真は、真珠湾の海軍情報部で綿密に解析され、
詳細な地図と爆撃目標リストに落とし込まれた。傍受した日本の無線通信からも
守備兵力や物資の状況が推測され、エニウェトクには
クェゼリンのような大規模な航空基地はなく、守備兵力も比較的小数であり
特に重火器や対戦車砲の配備が不十分であることが判明した。
日本の海軍省軍務局第一課長である高倉義人が推進した要塞化は
戦略的要衝であるクェゼリンに重点が置かれており
エニウェトクは「手薄な箇所」として米軍に見抜かれたのだ。
「撃ち尽くす」飽和攻撃の進化: クェゼリンで
日本軍が苛烈な砲爆撃に耐え抜いた経験から、米軍は単なる「量の爆撃」だけでなく
「精密かつ執拗な飽和攻撃」へと進化させた。
上陸の数日前から、エニウェトク上空には常に米艦載機が飛び
偵察と爆撃を繰り返した。SB2Cヘルダイバー急降下爆撃機は
偵察機が特定したトーチカの開口部や地下壕の入口に対し
遅延信管付きの徹甲爆弾を正確に投下した。これにより
表面的な破壊だけでなく、トーチカ内部や地下壕の深部にも
ダメージを与えることを狙った。炸裂の遅れる信管は
爆弾がコンクリートや土壌を深く貫いてから爆発することで
より効果的な破壊をもたらした。
さらにノースカロライナなどの戦艦や重巡洋艦からの艦砲射撃も
もはや単なる制圧射撃ではなく、指定された目標を完全に粉砕するまで
「撃ち尽くす」勢いで砲弾を浴びせた。
各艦には、事前に作成された精密な射撃図が配布され
目標ごとに何発の砲弾を、どの角度で撃ち込むかが細かく指示された。
日本軍の兵舎、補給物資集積所、そしてわずかに残る滑走路の残骸は
執拗な砲爆撃によって、完全に破壊された。波が引くように艦載機が去れば
すぐに次の編隊が上空を埋め尽くし、間断なく爆弾の雨を降らせた。
1943年2月17日早朝、米軍機動部隊はエニウェトク環礁に接近し
予定通り、猛烈な航空爆撃と艦砲射撃を開始した。
クェゼリンを彷彿とさせる爆音と振動が環礁を襲い
日本軍守備隊は再び地下壕へと避難を余儀なくされた。
しかし、その地下壕の構造はクェゼリンほど堅牢ではなく
爆撃の度に土砂が崩れ、兵士たちは常に死の恐怖に晒された。
地下壕内の照明は度々消え、兵士たちは暗闇の中、爆撃の衝撃に耐えるしかなかった。
午前9時。事前の徹底的な攻撃の後、米軍は予定通り上陸を開始した。
今回は、クェゼリンでの苦い経験を生かし、上陸地点を複数に分散させ
環礁内の主要な島々へと同時多発的な攻撃を仕掛けた。
レキシントンから発艦した艦載機は、上陸用舟艇の頭上を低空で飛び
残存する日本軍陣地を機銃掃射し、上陸部隊への援護射撃を行った。
LSTやLCVPから降り立った海兵隊員たちは
M4中戦車を先頭に、迅速に内陸部へと進撃した。
「前へ!日本軍の抵抗は散発的だ!止まるな!」
上陸部隊の指揮官の声が、拡声器を通して砂浜に響き渡る。
彼らはクェゼリンで直面したような、海岸線での激しい
水際防御に遭うことはほとんどなかった。日本軍の防御陣地は
事前の爆撃で大きく損壊しており、組織的な抵抗を行う力は残っていなかったのだ。
散発的な小銃弾や機関銃の射撃が飛んでくるものの
クェゼリンのような死の弾幕ではなかった。日本兵が姿を現せば
即座にM4戦車の75mm砲が火を噴き、彼らの抵抗を打ち砕いた。
海兵隊員たちは、M4中戦車の援護を受けながら
まるで訓練のようにスムーズに島を横断していった。
火炎放射器を装備した工兵部隊が先頭に立ち、破壊されたトーチカの残骸や
わずかに抵抗を試みる日本兵を焼き払っていく。
彼らは躊躇なく、隠れた日本兵を火炎で炙り出した。
また、歩兵部隊は、日本軍が隠れやすい熱帯の植生に対し
手榴弾を投げ込みながら、確実に掃討していった。
日本兵は、孤立した陣地で散発的に抵抗を試みるものの
米軍の圧倒的な兵力と火力の前に、次々と制圧されていった。
通信は寸断され、各部隊はバラバラに戦うしかなかった。
彼らは、十分な装備も弾薬もなく、ただ精神力だけで戦い続けていた。
エニウェトク環礁の戦いは、クェゼリンとは対照的に
はるかに短い期間で終結した。
上陸開始からわずか2日後の2月19日には
米軍は環礁内の主要な島々をほぼ制圧し、日本軍の組織的な抵抗は完全に潰えた
残存した日本兵は、地下壕の奥深くやジャングルに潜み
ゲリラ的な抵抗を試みるも、米軍の徹底した掃討作戦によって次々と駆逐され
その多くが戦死していった。捕虜となった日本兵はごく少数だった。
クェゼリン攻略に多大な時間を要し、多数の犠牲を払った米軍にとって
エニウェトクの迅速な陥落は、大きな安堵と自信をもたらした。
彼らは、クェゼリンでの苦い教訓をしっかりと学び
その経験を活かすことで、より効率的な島嶼攻略が可能であることを証明したのだ。
それは、物量と精密な情報を組み合わせることで
強固な要塞も突破できるという、米軍の新たな自信となった。
ニミッツ提督は、この迅速な勝利に満足し、次なる作戦の準備を速やかに命じた。
エニウェトクの陥落は、日本の「絶対国防圏」に
また一つ大きな亀裂を生じさせた。米軍は
マーシャル諸島における足がかりをさらに強固にし
次なる目標へと進むための重要な拠点を得た。クェゼリンでの激戦は
米軍にとって苦い教訓となったが、その教訓は、エニウェトクという形で
早くもその成果を示したのだった。しかし、この勝利の陰で
装備も補給も乏しい中で最後まで戦い抜いた
日本軍守備隊の多くの兵士たちが、無念の戦死を遂げたことは言うまでもない。
彼らは、祖国を守るために、絶望的な戦いを強いられたのだ。
彼らの遺体は、熱帯の太陽の下、誰も知らない場所で朽ちていく運命だった。
このクェゼリンとエニウェトクの対照的な結果は
今後の太平洋戦争の島嶼攻略戦における、米軍の戦術の変化と
日本軍の置かれた厳しい状況を象徴する出来事となった。
太平洋の戦いは、さらに泥沼化し、両軍に甚大な犠牲を強いることになるだろう。
クェゼリン環礁での血みどろの激戦からわずか一ヶ月
米軍は次なる目標、マーシャル諸島の北西に位置する
エニウェトク環礁への上陸作戦を開始した。
クェゼリンでの多大な犠牲と予想外の苦戦は、米軍に多くの教訓を残した。
太平洋艦隊司令長官チェスター・ニミッツ提督率いる
米太平洋艦隊司令部は、スティールハンマー作戦の完遂、
そして日本の「絶対国防圏」を確実に突破するため、
クェゼリンでの経験を徹底的に分析し、より迅速かつ効率的な攻略を目指していた。
真珠湾の屈辱を晴らすという、アメリカ国民の揺るぎない意思が、この作戦には込められていた。
エニウェトク攻略戦に先立ち、米軍はクェゼリンでの反省を深く刻み込み
準備の段階から戦術を大幅に進化させた。
もはや、兵力と火力のごり押しだけでは
日本軍の巧妙な防御陣地を突破できないことを、彼らは痛感していたのだ。
情報収集の強化と精密爆撃への転換: クェゼリンで
日本軍の巧妙に隠された防御陣地に苦しめられた米軍は
エニウェトクでは、より詳細な情報収集に注力した
ガトーなどの潜水艦は、上陸に先立ち、夜陰に紛れて環礁の沿岸部に接近し
水中からの偵察や、小型ボートによる上陸偵察を実施した。
彼らは、敵の防御陣地の位置、トーチカの構造、機銃や迫撃砲の隠蔽場所
そして上陸適地に関する貴重な情報を収集した。
同時に、空母から発艦したF6Fヘルキャット戦闘機の偵察機型が
低空で何度も環礁上空を飛び、日本軍の陣地配置を克明に記録した。
これらの航空写真は、真珠湾の海軍情報部で綿密に解析され、
詳細な地図と爆撃目標リストに落とし込まれた。傍受した日本の無線通信からも
守備兵力や物資の状況が推測され、エニウェトクには
クェゼリンのような大規模な航空基地はなく、守備兵力も比較的小数であり
特に重火器や対戦車砲の配備が不十分であることが判明した。
日本の海軍省軍務局第一課長である高倉義人が推進した要塞化は
戦略的要衝であるクェゼリンに重点が置かれており
エニウェトクは「手薄な箇所」として米軍に見抜かれたのだ。
「撃ち尽くす」飽和攻撃の進化: クェゼリンで
日本軍が苛烈な砲爆撃に耐え抜いた経験から、米軍は単なる「量の爆撃」だけでなく
「精密かつ執拗な飽和攻撃」へと進化させた。
上陸の数日前から、エニウェトク上空には常に米艦載機が飛び
偵察と爆撃を繰り返した。SB2Cヘルダイバー急降下爆撃機は
偵察機が特定したトーチカの開口部や地下壕の入口に対し
遅延信管付きの徹甲爆弾を正確に投下した。これにより
表面的な破壊だけでなく、トーチカ内部や地下壕の深部にも
ダメージを与えることを狙った。炸裂の遅れる信管は
爆弾がコンクリートや土壌を深く貫いてから爆発することで
より効果的な破壊をもたらした。
さらにノースカロライナなどの戦艦や重巡洋艦からの艦砲射撃も
もはや単なる制圧射撃ではなく、指定された目標を完全に粉砕するまで
「撃ち尽くす」勢いで砲弾を浴びせた。
各艦には、事前に作成された精密な射撃図が配布され
目標ごとに何発の砲弾を、どの角度で撃ち込むかが細かく指示された。
日本軍の兵舎、補給物資集積所、そしてわずかに残る滑走路の残骸は
執拗な砲爆撃によって、完全に破壊された。波が引くように艦載機が去れば
すぐに次の編隊が上空を埋め尽くし、間断なく爆弾の雨を降らせた。
1943年2月17日早朝、米軍機動部隊はエニウェトク環礁に接近し
予定通り、猛烈な航空爆撃と艦砲射撃を開始した。
クェゼリンを彷彿とさせる爆音と振動が環礁を襲い
日本軍守備隊は再び地下壕へと避難を余儀なくされた。
しかし、その地下壕の構造はクェゼリンほど堅牢ではなく
爆撃の度に土砂が崩れ、兵士たちは常に死の恐怖に晒された。
地下壕内の照明は度々消え、兵士たちは暗闇の中、爆撃の衝撃に耐えるしかなかった。
午前9時。事前の徹底的な攻撃の後、米軍は予定通り上陸を開始した。
今回は、クェゼリンでの苦い経験を生かし、上陸地点を複数に分散させ
環礁内の主要な島々へと同時多発的な攻撃を仕掛けた。
レキシントンから発艦した艦載機は、上陸用舟艇の頭上を低空で飛び
残存する日本軍陣地を機銃掃射し、上陸部隊への援護射撃を行った。
LSTやLCVPから降り立った海兵隊員たちは
M4中戦車を先頭に、迅速に内陸部へと進撃した。
「前へ!日本軍の抵抗は散発的だ!止まるな!」
上陸部隊の指揮官の声が、拡声器を通して砂浜に響き渡る。
彼らはクェゼリンで直面したような、海岸線での激しい
水際防御に遭うことはほとんどなかった。日本軍の防御陣地は
事前の爆撃で大きく損壊しており、組織的な抵抗を行う力は残っていなかったのだ。
散発的な小銃弾や機関銃の射撃が飛んでくるものの
クェゼリンのような死の弾幕ではなかった。日本兵が姿を現せば
即座にM4戦車の75mm砲が火を噴き、彼らの抵抗を打ち砕いた。
海兵隊員たちは、M4中戦車の援護を受けながら
まるで訓練のようにスムーズに島を横断していった。
火炎放射器を装備した工兵部隊が先頭に立ち、破壊されたトーチカの残骸や
わずかに抵抗を試みる日本兵を焼き払っていく。
彼らは躊躇なく、隠れた日本兵を火炎で炙り出した。
また、歩兵部隊は、日本軍が隠れやすい熱帯の植生に対し
手榴弾を投げ込みながら、確実に掃討していった。
日本兵は、孤立した陣地で散発的に抵抗を試みるものの
米軍の圧倒的な兵力と火力の前に、次々と制圧されていった。
通信は寸断され、各部隊はバラバラに戦うしかなかった。
彼らは、十分な装備も弾薬もなく、ただ精神力だけで戦い続けていた。
エニウェトク環礁の戦いは、クェゼリンとは対照的に
はるかに短い期間で終結した。
上陸開始からわずか2日後の2月19日には
米軍は環礁内の主要な島々をほぼ制圧し、日本軍の組織的な抵抗は完全に潰えた
残存した日本兵は、地下壕の奥深くやジャングルに潜み
ゲリラ的な抵抗を試みるも、米軍の徹底した掃討作戦によって次々と駆逐され
その多くが戦死していった。捕虜となった日本兵はごく少数だった。
クェゼリン攻略に多大な時間を要し、多数の犠牲を払った米軍にとって
エニウェトクの迅速な陥落は、大きな安堵と自信をもたらした。
彼らは、クェゼリンでの苦い教訓をしっかりと学び
その経験を活かすことで、より効率的な島嶼攻略が可能であることを証明したのだ。
それは、物量と精密な情報を組み合わせることで
強固な要塞も突破できるという、米軍の新たな自信となった。
ニミッツ提督は、この迅速な勝利に満足し、次なる作戦の準備を速やかに命じた。
エニウェトクの陥落は、日本の「絶対国防圏」に
また一つ大きな亀裂を生じさせた。米軍は
マーシャル諸島における足がかりをさらに強固にし
次なる目標へと進むための重要な拠点を得た。クェゼリンでの激戦は
米軍にとって苦い教訓となったが、その教訓は、エニウェトクという形で
早くもその成果を示したのだった。しかし、この勝利の陰で
装備も補給も乏しい中で最後まで戦い抜いた
日本軍守備隊の多くの兵士たちが、無念の戦死を遂げたことは言うまでもない。
彼らは、祖国を守るために、絶望的な戦いを強いられたのだ。
彼らの遺体は、熱帯の太陽の下、誰も知らない場所で朽ちていく運命だった。
このクェゼリンとエニウェトクの対照的な結果は
今後の太平洋戦争の島嶼攻略戦における、米軍の戦術の変化と
日本軍の置かれた厳しい状況を象徴する出来事となった。
太平洋の戦いは、さらに泥沼化し、両軍に甚大な犠牲を強いることになるだろう。
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