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国内統合
連合艦隊司令長官
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1943年2月20日。マーシャル方面の陥落
そして迫り来る米軍の脅威に対し、日本の命運を左右する
重要な会議が東京で開かれることになっていた。
その会議に出席するため、連合艦隊司令長官・山本五十六大将は
旗艦「武蔵」が停泊する柱島泊地から広海軍工廠に移動しそこから
一式陸攻に乗り込んだ。しかし、この移動が
日本海軍、そして日本の命運を大きく左右する大事件へと発展する。
一式陸攻は、いつもの飛行通り順調に飛行を続けているかに見えた。
しかし、日本列島の中央、滋賀県の上空に差し掛かった時
突如として機体左翼のエンジンから異音が響き始めた。
操縦士は必死に立て直そうと試みるが、プロペラは停止し
機体は急速に高度を失っていく。計器盤の警告灯が激しく点滅し、機内は騒然となった。
「エンジン、不調!不時着します!」
操縦士の緊迫した声が響き渡る中、山本長官は冷静に状況を見守っていた。
「そうか…運命は天に任せるほかないようだな」
滑空しながら着水しようとした機体は高度3000m付近で制御を失い
そのまま滋賀県中央に広がる琵琶湖の湖面へと激突した。
制御を失って急降下し始めた一式陸攻はその加速度に耐え切れることなく
フラップや外板が剥がれ落ちて空中分解を起こした
落下するいくつかの部品は音速を超えたものと思われ
滋賀県各地でドォンという轟音が聞かれたという
ごう音とともに水しぶきが舞い上がり
既に深刻な損傷を受けていた機体は衝撃でバラバラになった。
救助隊が駆けつけ2時間後に
大破した機体の中から引き上げられた山本五十六は
見るも無惨な姿だった。頭部を激しく強打し
左足は圧迫されており壊死が始まっており
のちに切断されるという大怪我を負っていたのだ。
かろうじて生命活動はあったものの
意識は途絶え、昏睡状態が続き、予断を許さない状況だった。
この悲劇は、瞬く間に海軍部内、そして大本営へと伝えられ、日本中を激震させた。
山本の容態が極めて深刻であるとの報を受けた天皇陛下は
急ぎ山本の長官職を解き、後任の連合艦隊長官を海軍に命じた。
この未曽有の事態に、海軍首脳部は混乱に陥った。
山本の代わりを務められる人物は、一体誰なのか。
複数の候補者が浮上した。歴戦の勇士である山口多聞中将や
小沢治三郎中将などの名が挙がる。しかし
いずれも山本の戦略眼とカリスマ性、そして軍内外での
信頼度には及ばないと見られていた。太平洋戦争の戦局は悪化の一途を辿っており
この重要な局面で、連合艦隊を率いる指導者には、並外れた才覚と度胸が求められた。
議論が白熱する中、一人の人物の名が挙がった。
その人物とは、海軍省軍務局第一課長、高倉義人少将であった。
「…しかし、高倉少将では階級が」
ある中将が口を開くが、すぐに他の将官が反論した。
「高倉少将は、富永事件後の海軍再編を主導し
特にマーシャル諸島における要塞化を提唱した人物だ。
クェゼリンの守備隊が粘り強く戦えたのは
彼が推進した堅固な防御陣地のおかげに他ならない。
あの状況で、米軍の猛攻を二度にわたって退けたのは、彼の先見の明あってこそだ!」
「その通りだ。彼の階級は確かに低いが、その戦略眼と実行力は
今や海軍随一と言っても過言ではない。何よりも、彼は現実を直視し
感情論に流されない冷静な判断力を持っている
今の連合艦隊には、彼のような指揮官が必要だ!」
マーシャルでの「スティールハンマー作戦」における日本の粘り強い抵抗が
高倉の功績として高く評価されたのだ。特にクェゼリンでの米軍の消耗は
海軍首脳部にとって大きな希望となっていた。
最終的に、これまでの功績と、現状を打開できる唯一の人物として
階級は足りないものの、高倉が推薦されることになった。
天皇陛下もこの異例の人事を承認した。
「……は?私がGF長官?」
命じられた高倉は、その報に心底困惑した。
少将の身分で、いきなり海軍の頂点に立つ連合艦隊司令長官に就任するなど
前例のないことだった。彼は確かに自らの案が評価されたことを喜ばしく思ったが
同時に、そのあまりに重すぎる職責に、体が震えるのを感じた。
しかし、海軍首脳部からの強い要請
そして天皇陛下の御裁断という重圧の前に、高倉に拒否する選択肢はなかった。
日本の命運をかけたこの戦いにおいて、彼には与えられた職責を全うする義務がある。
「…畏まりました。この高倉
微力ながら、陛下の御意に沿うべく、全身全霊を捧げます」
彼は、重い決意を胸に、連合艦隊司令長官の任を受諾した。
その瞬間、彼は少将から中将に進級。そして、異例中の異例として
連合艦隊司令長官とこれまで務めていた
海軍省軍務局長の職を兼任することになった。
軍務局長の兼任は、彼が海軍全体の戦略立案と実戦部隊の指揮を一手に担うことを意味した。
高倉義人連合艦隊司令長官 兼 海軍省軍務局長。
彼は、昏睡状態の山本五十六から、太平洋戦争の指揮権を引き継いだ。
その肩には、日本の未来が、そして多くの兵士たちの命が懸かっていた。
琵琶湖での一式陸攻の事故は、図らずも、日本の戦いの舵取りを
高倉という新たな指導者の手に委ねることになったのだ。
彼の脳裏には、マーシャルで散っていった兵士たちの顔が浮かんだ。
彼らの死を無駄にはしない。高倉は、静かに拳を握りしめた。
太平洋の嵐は、さらに激しさを増すだろう。しかし
彼は、その嵐の只中で、日本を勝利へと導くために
自らの全てを賭ける覚悟を決めたのだった。
そして迫り来る米軍の脅威に対し、日本の命運を左右する
重要な会議が東京で開かれることになっていた。
その会議に出席するため、連合艦隊司令長官・山本五十六大将は
旗艦「武蔵」が停泊する柱島泊地から広海軍工廠に移動しそこから
一式陸攻に乗り込んだ。しかし、この移動が
日本海軍、そして日本の命運を大きく左右する大事件へと発展する。
一式陸攻は、いつもの飛行通り順調に飛行を続けているかに見えた。
しかし、日本列島の中央、滋賀県の上空に差し掛かった時
突如として機体左翼のエンジンから異音が響き始めた。
操縦士は必死に立て直そうと試みるが、プロペラは停止し
機体は急速に高度を失っていく。計器盤の警告灯が激しく点滅し、機内は騒然となった。
「エンジン、不調!不時着します!」
操縦士の緊迫した声が響き渡る中、山本長官は冷静に状況を見守っていた。
「そうか…運命は天に任せるほかないようだな」
滑空しながら着水しようとした機体は高度3000m付近で制御を失い
そのまま滋賀県中央に広がる琵琶湖の湖面へと激突した。
制御を失って急降下し始めた一式陸攻はその加速度に耐え切れることなく
フラップや外板が剥がれ落ちて空中分解を起こした
落下するいくつかの部品は音速を超えたものと思われ
滋賀県各地でドォンという轟音が聞かれたという
ごう音とともに水しぶきが舞い上がり
既に深刻な損傷を受けていた機体は衝撃でバラバラになった。
救助隊が駆けつけ2時間後に
大破した機体の中から引き上げられた山本五十六は
見るも無惨な姿だった。頭部を激しく強打し
左足は圧迫されており壊死が始まっており
のちに切断されるという大怪我を負っていたのだ。
かろうじて生命活動はあったものの
意識は途絶え、昏睡状態が続き、予断を許さない状況だった。
この悲劇は、瞬く間に海軍部内、そして大本営へと伝えられ、日本中を激震させた。
山本の容態が極めて深刻であるとの報を受けた天皇陛下は
急ぎ山本の長官職を解き、後任の連合艦隊長官を海軍に命じた。
この未曽有の事態に、海軍首脳部は混乱に陥った。
山本の代わりを務められる人物は、一体誰なのか。
複数の候補者が浮上した。歴戦の勇士である山口多聞中将や
小沢治三郎中将などの名が挙がる。しかし
いずれも山本の戦略眼とカリスマ性、そして軍内外での
信頼度には及ばないと見られていた。太平洋戦争の戦局は悪化の一途を辿っており
この重要な局面で、連合艦隊を率いる指導者には、並外れた才覚と度胸が求められた。
議論が白熱する中、一人の人物の名が挙がった。
その人物とは、海軍省軍務局第一課長、高倉義人少将であった。
「…しかし、高倉少将では階級が」
ある中将が口を開くが、すぐに他の将官が反論した。
「高倉少将は、富永事件後の海軍再編を主導し
特にマーシャル諸島における要塞化を提唱した人物だ。
クェゼリンの守備隊が粘り強く戦えたのは
彼が推進した堅固な防御陣地のおかげに他ならない。
あの状況で、米軍の猛攻を二度にわたって退けたのは、彼の先見の明あってこそだ!」
「その通りだ。彼の階級は確かに低いが、その戦略眼と実行力は
今や海軍随一と言っても過言ではない。何よりも、彼は現実を直視し
感情論に流されない冷静な判断力を持っている
今の連合艦隊には、彼のような指揮官が必要だ!」
マーシャルでの「スティールハンマー作戦」における日本の粘り強い抵抗が
高倉の功績として高く評価されたのだ。特にクェゼリンでの米軍の消耗は
海軍首脳部にとって大きな希望となっていた。
最終的に、これまでの功績と、現状を打開できる唯一の人物として
階級は足りないものの、高倉が推薦されることになった。
天皇陛下もこの異例の人事を承認した。
「……は?私がGF長官?」
命じられた高倉は、その報に心底困惑した。
少将の身分で、いきなり海軍の頂点に立つ連合艦隊司令長官に就任するなど
前例のないことだった。彼は確かに自らの案が評価されたことを喜ばしく思ったが
同時に、そのあまりに重すぎる職責に、体が震えるのを感じた。
しかし、海軍首脳部からの強い要請
そして天皇陛下の御裁断という重圧の前に、高倉に拒否する選択肢はなかった。
日本の命運をかけたこの戦いにおいて、彼には与えられた職責を全うする義務がある。
「…畏まりました。この高倉
微力ながら、陛下の御意に沿うべく、全身全霊を捧げます」
彼は、重い決意を胸に、連合艦隊司令長官の任を受諾した。
その瞬間、彼は少将から中将に進級。そして、異例中の異例として
連合艦隊司令長官とこれまで務めていた
海軍省軍務局長の職を兼任することになった。
軍務局長の兼任は、彼が海軍全体の戦略立案と実戦部隊の指揮を一手に担うことを意味した。
高倉義人連合艦隊司令長官 兼 海軍省軍務局長。
彼は、昏睡状態の山本五十六から、太平洋戦争の指揮権を引き継いだ。
その肩には、日本の未来が、そして多くの兵士たちの命が懸かっていた。
琵琶湖での一式陸攻の事故は、図らずも、日本の戦いの舵取りを
高倉という新たな指導者の手に委ねることになったのだ。
彼の脳裏には、マーシャルで散っていった兵士たちの顔が浮かんだ。
彼らの死を無駄にはしない。高倉は、静かに拳を握りしめた。
太平洋の嵐は、さらに激しさを増すだろう。しかし
彼は、その嵐の只中で、日本を勝利へと導くために
自らの全てを賭ける覚悟を決めたのだった。
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