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朝鮮戦争開戦
幽霊船
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朝鮮半島の戦況悪化という緊急事態は
ワシントンD.C.の空気をも一変させていた。
ペンタゴンでは連日、緊迫した会議が繰り返され
あらゆる選択肢が検討されていたのだ。そうした中で
マッカーサー司令官の鶴の一声によって承認された「大和再利用計画」は
海軍内部に大きな波紋を呼んでいた。それは、かつての敵国の象徴であり
スクラップ寸前だった艦を、再び最前線に送り出すという
前代未聞の任務であったからだ。
この前代未聞の任務、すなわち大和の再稼働と運用責任者に任命されたのは
海軍作戦部長直属のジェームズ・パーカー少佐であった。
彼は、まだ30代半ばと若かったが、その経歴は華々しいものだった。
アナポリス海軍兵学校を首席で卒業し
第二次世界大戦では駆逐艦の艦長として数々の戦功を挙げ
その類まれな戦略眼と実行力は海軍上層部から高く評価されていたのである。
特に、彼の冷静沈着な判断力と、いかなる困難な状況下でも
最善策を見つけ出す能力は
彼に「未来の海軍を担う人材」という評判をもたらしていた。
しかし、今回の任務は、これまで彼が経験してきた
どの戦場よりも重く、困難なものであった。
かつての敵国の象徴、それもスクラップ寸前で放置されていた
巨大な艦を再稼働させ、実戦に投入する。この決定自体が
国内外からの激しい批判の的となることは明白だった。
成功すれば、彼は歴史に名を刻む英雄となるだろう。
だが、もし失敗すれば、彼の輝かしいキャリアはおろか
多くの兵士たちの命が失われ、国際的な信用をも失墜させる可能性を秘めていたのだ。
パーカーの肩には、計り知れない重圧がのしかかっていた。
夜ごと、彼は大和の設計図を広げ
その複雑な構造と、潜在的な問題点について考え続けた。
任命を受けてすぐ、パーカー少佐は、大和が係留されている
ポーツマス海軍造船所の解体ドックへと向かった。
初めて間近で見る大和は、彼が想像していたよりもさらに巨大であった。
しかし、その姿は、かつての雄壮さを失い、まるで巨大な骸骨のようであった。
広大なドックの底に、黒々とした船体が横たわり
主砲塔は固定されたままで、巨大な砲身は空を仰ぐことなく
ただ静かに佇んでいた。甲板は錆に覆われ、艦橋の窓ガラスは曇り
かつての威厳は見る影もなかった。作業員たちが時折
別の艦の金属を切断する火花を散らしているのが遠くに見えた
それは、いつ始まるか分からない解体の準備をしているかのように思えたのだ。
パーカーは、大和の周囲をゆっくりと歩き
その巨大な船体を注意深く観察した。
彼の脳裏には、大和が太平洋を横断して曳航されてきたという事実と
その後に続いた徹底的な調査報告書のデータが鮮明に浮かび上がっていた。
彼は、大和の巨大さに圧倒されながらも、その圧倒的なスケールは
それでも見る者を畏怖させる力を持っていると感じた。
それは、単なる鉄の塊ではなく、何らかの生命力を宿しているかのようであった。
しかし、彼は知っていた。この巨大な鉄塊を再び動かすためには
単なる技術力だけでは不十分だと。
大和は、当時世界最高峰の技術を結集して建造された
極めて複雑な艦であった。その構造、機関の特性、兵装の細部に至るまで
通常の艦艇とは異なる独特な仕様が随所に凝らされていたのである。
アメリカ海軍の技術者たちがどんなに優秀であろうとも
その設計思想の根底にある
日本の造船技術の「魂」までを理解することは困難であった。
「この艦を本当に動かすには
その設計者の意図、そして建造者の魂を知る者が必要だ。」
パーカーは、自身の直感に従った。大和の構造と
特性を熟知する者の協力が不可欠であると。それも
単なる技術的な知識だけでなく、この艦と共に呼吸し
その艦の秘密を肌で感じ取ってきた人間でなければならない。
彼は、GHQの保管している資料、特に大和の曳航時に同行した
日本人技術者のリストを徹底的に調べ始めた。
数日間の資料の精査、そして多くの日本人技術者に関する記録を紐解く中で
パーカーの目に留まったのが、徳永栄一中尉の名前であった。
彼の経歴は特筆すべきものだった。大和の建造初期から艤装に携わり
公試運転にも参加、終戦時には大和の維持管理要員として
柱島沖に残存していたという。米本土への曳航にも同行し
その後の技術調査でも、他のどの日本人技術者よりも詳細かつ
正確な情報を提供していたことが記録に残されていたのだ。
彼は、大和の隅々まで知り尽くし、その艦の魂とも呼ぶべき存在であると、
パーカーは直感した。
GHQを通じて、徳永に招集がかかる。
当時、徳永はポーツマス郊外の小さなアパートで、日本の古書を読みながら
静かに日々を過ごしていた。彼の生活は質素で
余計なものを一切持たず、まるで隠遁生活を送るかのように見えた。
彼は、大和がスクラップとなる運命を受け入れ
その事実を心の奥底で整理しようとしていたのだ。
愛する艦がバラバラにされる光景を想像するたびに
彼の胸は締め付けられたが、どうすることもできない現実を前に
半ば諦めていたのである。彼は、自身に残された唯一の務めは
大和の魂が安らかに眠りにつけるように、そっと見守ることだと考えていた。
ある晴れた日の午後、アパートの扉が叩かれた。
応対に出た徳永の前に立っていたのは、見慣れない米軍の憲兵と、
そして背の高い海軍士官、ジェームズ・パーカー少佐であった。
パーカーは、その冷静沈着な眼差しで徳永を見つめ
静かに、しかし明確な言葉で語りかけた。
「徳永中尉。ジェームズ・パーカー少佐だ。
貴官に、緊急の任務についていただきたい。」
徳永は、その言葉に驚きを隠せなかった。
彼は、てっきり大和の解体作業に関する呼び出しだとばかり思っていたからだ。
しかし、パーカーの顔は、彼の予想とは異なる
何か重大な決意を秘めた表情をしていた。
この瞬間、徳永の心に、忘れかけていた大和への熱い想いが
再び微かに燃え上がり始めたのである。
それは、彼の運命が、再び大和によって動き出す兆候であった。
ワシントンD.C.の空気をも一変させていた。
ペンタゴンでは連日、緊迫した会議が繰り返され
あらゆる選択肢が検討されていたのだ。そうした中で
マッカーサー司令官の鶴の一声によって承認された「大和再利用計画」は
海軍内部に大きな波紋を呼んでいた。それは、かつての敵国の象徴であり
スクラップ寸前だった艦を、再び最前線に送り出すという
前代未聞の任務であったからだ。
この前代未聞の任務、すなわち大和の再稼働と運用責任者に任命されたのは
海軍作戦部長直属のジェームズ・パーカー少佐であった。
彼は、まだ30代半ばと若かったが、その経歴は華々しいものだった。
アナポリス海軍兵学校を首席で卒業し
第二次世界大戦では駆逐艦の艦長として数々の戦功を挙げ
その類まれな戦略眼と実行力は海軍上層部から高く評価されていたのである。
特に、彼の冷静沈着な判断力と、いかなる困難な状況下でも
最善策を見つけ出す能力は
彼に「未来の海軍を担う人材」という評判をもたらしていた。
しかし、今回の任務は、これまで彼が経験してきた
どの戦場よりも重く、困難なものであった。
かつての敵国の象徴、それもスクラップ寸前で放置されていた
巨大な艦を再稼働させ、実戦に投入する。この決定自体が
国内外からの激しい批判の的となることは明白だった。
成功すれば、彼は歴史に名を刻む英雄となるだろう。
だが、もし失敗すれば、彼の輝かしいキャリアはおろか
多くの兵士たちの命が失われ、国際的な信用をも失墜させる可能性を秘めていたのだ。
パーカーの肩には、計り知れない重圧がのしかかっていた。
夜ごと、彼は大和の設計図を広げ
その複雑な構造と、潜在的な問題点について考え続けた。
任命を受けてすぐ、パーカー少佐は、大和が係留されている
ポーツマス海軍造船所の解体ドックへと向かった。
初めて間近で見る大和は、彼が想像していたよりもさらに巨大であった。
しかし、その姿は、かつての雄壮さを失い、まるで巨大な骸骨のようであった。
広大なドックの底に、黒々とした船体が横たわり
主砲塔は固定されたままで、巨大な砲身は空を仰ぐことなく
ただ静かに佇んでいた。甲板は錆に覆われ、艦橋の窓ガラスは曇り
かつての威厳は見る影もなかった。作業員たちが時折
別の艦の金属を切断する火花を散らしているのが遠くに見えた
それは、いつ始まるか分からない解体の準備をしているかのように思えたのだ。
パーカーは、大和の周囲をゆっくりと歩き
その巨大な船体を注意深く観察した。
彼の脳裏には、大和が太平洋を横断して曳航されてきたという事実と
その後に続いた徹底的な調査報告書のデータが鮮明に浮かび上がっていた。
彼は、大和の巨大さに圧倒されながらも、その圧倒的なスケールは
それでも見る者を畏怖させる力を持っていると感じた。
それは、単なる鉄の塊ではなく、何らかの生命力を宿しているかのようであった。
しかし、彼は知っていた。この巨大な鉄塊を再び動かすためには
単なる技術力だけでは不十分だと。
大和は、当時世界最高峰の技術を結集して建造された
極めて複雑な艦であった。その構造、機関の特性、兵装の細部に至るまで
通常の艦艇とは異なる独特な仕様が随所に凝らされていたのである。
アメリカ海軍の技術者たちがどんなに優秀であろうとも
その設計思想の根底にある
日本の造船技術の「魂」までを理解することは困難であった。
「この艦を本当に動かすには
その設計者の意図、そして建造者の魂を知る者が必要だ。」
パーカーは、自身の直感に従った。大和の構造と
特性を熟知する者の協力が不可欠であると。それも
単なる技術的な知識だけでなく、この艦と共に呼吸し
その艦の秘密を肌で感じ取ってきた人間でなければならない。
彼は、GHQの保管している資料、特に大和の曳航時に同行した
日本人技術者のリストを徹底的に調べ始めた。
数日間の資料の精査、そして多くの日本人技術者に関する記録を紐解く中で
パーカーの目に留まったのが、徳永栄一中尉の名前であった。
彼の経歴は特筆すべきものだった。大和の建造初期から艤装に携わり
公試運転にも参加、終戦時には大和の維持管理要員として
柱島沖に残存していたという。米本土への曳航にも同行し
その後の技術調査でも、他のどの日本人技術者よりも詳細かつ
正確な情報を提供していたことが記録に残されていたのだ。
彼は、大和の隅々まで知り尽くし、その艦の魂とも呼ぶべき存在であると、
パーカーは直感した。
GHQを通じて、徳永に招集がかかる。
当時、徳永はポーツマス郊外の小さなアパートで、日本の古書を読みながら
静かに日々を過ごしていた。彼の生活は質素で
余計なものを一切持たず、まるで隠遁生活を送るかのように見えた。
彼は、大和がスクラップとなる運命を受け入れ
その事実を心の奥底で整理しようとしていたのだ。
愛する艦がバラバラにされる光景を想像するたびに
彼の胸は締め付けられたが、どうすることもできない現実を前に
半ば諦めていたのである。彼は、自身に残された唯一の務めは
大和の魂が安らかに眠りにつけるように、そっと見守ることだと考えていた。
ある晴れた日の午後、アパートの扉が叩かれた。
応対に出た徳永の前に立っていたのは、見慣れない米軍の憲兵と、
そして背の高い海軍士官、ジェームズ・パーカー少佐であった。
パーカーは、その冷静沈着な眼差しで徳永を見つめ
静かに、しかし明確な言葉で語りかけた。
「徳永中尉。ジェームズ・パーカー少佐だ。
貴官に、緊急の任務についていただきたい。」
徳永は、その言葉に驚きを隠せなかった。
彼は、てっきり大和の解体作業に関する呼び出しだとばかり思っていたからだ。
しかし、パーカーの顔は、彼の予想とは異なる
何か重大な決意を秘めた表情をしていた。
この瞬間、徳永の心に、忘れかけていた大和への熱い想いが
再び微かに燃え上がり始めたのである。
それは、彼の運命が、再び大和によって動き出す兆候であった。
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