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朝鮮戦争開戦
大和という名
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ポーツマス郊外の小さなアパートで
日本の古書を読みながら静かな日々を送っていた徳永栄一の元に
米軍からの招集がかかった。彼は、大和の解体作業に関する呼び出しだろうと
漠然と考えていた。しかし、彼の目の前に現れたのは
高圧的な憲兵ではなく、端正な顔立ちの
米海軍士官、ジェームズ・パーカー少佐だった。
パーカーは、徳永をアパートの一室で向かい合わせに座らせると
静かに、しかしその言葉には揺るぎない決意を込めて、切り出したのである。
「徳永中尉。我々は、戦艦ヤマトを再稼働させ
朝鮮半島での作戦に投入することを決定した。」
その言葉を聞いた瞬間、徳永の心臓は激しく跳ね上がった。
まるで、時が止まったかのような感覚に襲われたのだ。
彼の耳には、パーカーの言葉が、何度も何度も反芻される。
「戦艦ヤマトを再稼働させ…朝鮮半島での作戦に投入…」
スクラップ寸前で、今や解体ドックの陰に打ち捨てられていたはずの
あの巨大な鉄の塊が、まさか再び戦場に舞い戻るというのか。
彼の頭の中では、現実と非現実の境界が曖昧になっていた。
しかし、驚愕に続くのは、強い反発であった。
徳永の心にまず湧き上がったのは、煮え滾るような怒りと
深くえぐられるような屈辱感だった。大和は、彼にとって単なる軍艦ではない。
それは、日本の技術の結晶であり、大日本帝国海軍の魂であり
何よりも彼自身の青春と、多くの仲間たちの命が捧げられた「生きた誇り」であった。
その愛する「敵国」の兵器として、しかも米軍の星条旗のもとで
使われるという現実は、彼のプライドと信念を深く、そして容赦なく傷つけたのである。
「少佐…! 大和は、日本の艦です。それを貴国が
貴国の旗の下で使うなど、私には…私には、到底受け入れられません!」
徳永の言葉は、怒りとも悲しみともつかない
複雑な感情で震えていた。彼の声は、自身でも驚くほど絞り出すようなものだった。
彼は、大和が日本の魂の象徴であると信じていたからこそ
その屈辱に耐え難かったのである。目の前の米軍将校に
そして何よりも自身の運命に、激しい憤りを覚えた。
大和は、帝国海軍の魂を宿す神聖な存在であり、それが異国の旗の下で
日本の関わりのない戦争に利用されるなど、想像すらできなかったのだ。
それは、亡き戦友たちへの裏切りにも等しい行為だと、彼は感じていた。
徳永の激しい反応に対し、パーカーは決して高圧的な態度を取らなかった。
彼は、徳永の視線から、その深い苦悩と、大和への計り知れない
愛着を敏感に読み取っていたのである。
パーカーは、椅子に深く腰掛け、徳永の感情が静まるのを待つかのように
しばし沈黙した。彼の眼差しは、鋭くも
どこか人間的な理解を含んでいた。そして、
静かに、しかし真摯な言葉を選んで語りかけた。
彼の言葉には、単なる戦略的な必要性だけでなく、人間としての共感が込められていた。
「徳永中尉、私は貴官の気持ちを理解する。
私もまた、愛する艦と国のために戦ってきた軍人だ。
貴官が大和に対して抱く感情は、私には痛いほどわかる。」
パーカーはそう前置きし、ゆっくりと、しかし確固たる口調で続けた。
「だが、これは感情論ではない。
今、朝鮮半島では、毎日のように人々が命を落としている。
兵士だけでなく、無辜の市民もだ。北朝鮮軍の猛攻は苛烈を極め
国連軍は窮地に追い込まれている。このままでは
さらに多くの血が流れることになる。北朝鮮軍の堅固な陣地
特に深い地下壕や山中に隠された
要塞を破壊するには、我々の通常の艦砲では力不足なのだ。」
パーカーは、自身の目で見た朝鮮半島の悲惨な現実を
徳永に語り聞かせた。絶望的な戦況、凍えるような寒さの中で戦う兵士たち
そして、砲弾の雨にさらされる非戦闘員たちの姿。
彼の言葉は、徳永の心に、これまで抱いていた怒りとは別の
新たな感情を呼び起こし始めた。
それは、「人々が苦しんでいる」という
普遍的な悲しみと、それに対する無力感であった。
パーカーは一呼吸置き、徳永の目を見つめ
さらに言葉を続けた。彼の声は、静かながらも強い信念に満ちていた。
「大和の力は、人々を救うために必要だ。その巨大な砲は
敵の砲弾を打ち砕き、我々の兵士たちの命を守り
そして何よりも、無力な民間人を救うことができる。
これは、単なる過去の報復ではない。これは、日米の未来のための、共同作業だ。」
その言葉は、徳永の心に深く、そして静かに響いた。
パーカーの目は、偽りのない真剣さに満ちていた。
彼が語るのは、勝利のためだけの戦争ではなく、苦しむ人々を救うための戦い
そしてその先にある未来への希望であった。
徳永は、大和が「日本の魂」であると同時に
その強力な力が、今、「太平洋の天使」として、苦しむ人々を救うために
使われるかもしれないという可能性に、心を強く揺さぶられた。
敗戦という現実に打ちひしがれ、大和の最期を看取る覚悟をしていた自分にとって
それは全く予期せぬ、しかし光をもたらす言葉であった。
大和が、再び海を往く。そして、その巨大な力が再び太平洋に舞い
苦しむ人々を救うために使われるかもしれない。この想像は
徳永の心に、これまで感じたことのない新たな炎を灯した。
それは、過去の栄光を追い求める炎ではない。未来のために
人々のために、そして何よりも愛する艦のために
その力を尽くすという、新たな使命感の炎であった。
徳永の心の中で、激しい葛藤が繰り広げられた。
日本人としての誇り、敗戦国としての屈辱、そして大和への深い愛着。
それらすべてが絡み合い、彼の精神を蝕んだ。
しかし、パーカーの言葉は、その複雑な感情の絡まりを解きほぐす
唯一の鍵となったのだ。「人々を救うために」――その大義名分は
彼の心の奥底に眠っていた武士の魂を呼び覚ました。
かつては祖国のために戦ったその力が、今度はより普遍的な
「人々のため」に使われる。それは、彼にとって、大和に与えられた
そして自分に与えられた、新たな「天命」であるかのようだった。
苦悩の末、徳永は自身の運命を受け入れることを決意した。
彼の脳裏には、解体ドックで静かに最期を待つ大和の姿が浮かんだ。
あの艦を、再び大海原へと導くことができるのならば。
たとえ、米軍の旗のもとであっても
その魂を再び奮い立たせることができるのならば。
彼は、大和と共に生き、大和の魂を未来へと繋ぐために
この異例の任務に身を投じる覚悟を決めたのである。
それは、彼にとって、新たな戦いが始まる瞬間であった。
そして、その戦いは、かつてのような国と国の争いではなく
人間として、そして大和の魂の守護者としての、彼の新たな挑戦となるのだ。
日本の古書を読みながら静かな日々を送っていた徳永栄一の元に
米軍からの招集がかかった。彼は、大和の解体作業に関する呼び出しだろうと
漠然と考えていた。しかし、彼の目の前に現れたのは
高圧的な憲兵ではなく、端正な顔立ちの
米海軍士官、ジェームズ・パーカー少佐だった。
パーカーは、徳永をアパートの一室で向かい合わせに座らせると
静かに、しかしその言葉には揺るぎない決意を込めて、切り出したのである。
「徳永中尉。我々は、戦艦ヤマトを再稼働させ
朝鮮半島での作戦に投入することを決定した。」
その言葉を聞いた瞬間、徳永の心臓は激しく跳ね上がった。
まるで、時が止まったかのような感覚に襲われたのだ。
彼の耳には、パーカーの言葉が、何度も何度も反芻される。
「戦艦ヤマトを再稼働させ…朝鮮半島での作戦に投入…」
スクラップ寸前で、今や解体ドックの陰に打ち捨てられていたはずの
あの巨大な鉄の塊が、まさか再び戦場に舞い戻るというのか。
彼の頭の中では、現実と非現実の境界が曖昧になっていた。
しかし、驚愕に続くのは、強い反発であった。
徳永の心にまず湧き上がったのは、煮え滾るような怒りと
深くえぐられるような屈辱感だった。大和は、彼にとって単なる軍艦ではない。
それは、日本の技術の結晶であり、大日本帝国海軍の魂であり
何よりも彼自身の青春と、多くの仲間たちの命が捧げられた「生きた誇り」であった。
その愛する「敵国」の兵器として、しかも米軍の星条旗のもとで
使われるという現実は、彼のプライドと信念を深く、そして容赦なく傷つけたのである。
「少佐…! 大和は、日本の艦です。それを貴国が
貴国の旗の下で使うなど、私には…私には、到底受け入れられません!」
徳永の言葉は、怒りとも悲しみともつかない
複雑な感情で震えていた。彼の声は、自身でも驚くほど絞り出すようなものだった。
彼は、大和が日本の魂の象徴であると信じていたからこそ
その屈辱に耐え難かったのである。目の前の米軍将校に
そして何よりも自身の運命に、激しい憤りを覚えた。
大和は、帝国海軍の魂を宿す神聖な存在であり、それが異国の旗の下で
日本の関わりのない戦争に利用されるなど、想像すらできなかったのだ。
それは、亡き戦友たちへの裏切りにも等しい行為だと、彼は感じていた。
徳永の激しい反応に対し、パーカーは決して高圧的な態度を取らなかった。
彼は、徳永の視線から、その深い苦悩と、大和への計り知れない
愛着を敏感に読み取っていたのである。
パーカーは、椅子に深く腰掛け、徳永の感情が静まるのを待つかのように
しばし沈黙した。彼の眼差しは、鋭くも
どこか人間的な理解を含んでいた。そして、
静かに、しかし真摯な言葉を選んで語りかけた。
彼の言葉には、単なる戦略的な必要性だけでなく、人間としての共感が込められていた。
「徳永中尉、私は貴官の気持ちを理解する。
私もまた、愛する艦と国のために戦ってきた軍人だ。
貴官が大和に対して抱く感情は、私には痛いほどわかる。」
パーカーはそう前置きし、ゆっくりと、しかし確固たる口調で続けた。
「だが、これは感情論ではない。
今、朝鮮半島では、毎日のように人々が命を落としている。
兵士だけでなく、無辜の市民もだ。北朝鮮軍の猛攻は苛烈を極め
国連軍は窮地に追い込まれている。このままでは
さらに多くの血が流れることになる。北朝鮮軍の堅固な陣地
特に深い地下壕や山中に隠された
要塞を破壊するには、我々の通常の艦砲では力不足なのだ。」
パーカーは、自身の目で見た朝鮮半島の悲惨な現実を
徳永に語り聞かせた。絶望的な戦況、凍えるような寒さの中で戦う兵士たち
そして、砲弾の雨にさらされる非戦闘員たちの姿。
彼の言葉は、徳永の心に、これまで抱いていた怒りとは別の
新たな感情を呼び起こし始めた。
それは、「人々が苦しんでいる」という
普遍的な悲しみと、それに対する無力感であった。
パーカーは一呼吸置き、徳永の目を見つめ
さらに言葉を続けた。彼の声は、静かながらも強い信念に満ちていた。
「大和の力は、人々を救うために必要だ。その巨大な砲は
敵の砲弾を打ち砕き、我々の兵士たちの命を守り
そして何よりも、無力な民間人を救うことができる。
これは、単なる過去の報復ではない。これは、日米の未来のための、共同作業だ。」
その言葉は、徳永の心に深く、そして静かに響いた。
パーカーの目は、偽りのない真剣さに満ちていた。
彼が語るのは、勝利のためだけの戦争ではなく、苦しむ人々を救うための戦い
そしてその先にある未来への希望であった。
徳永は、大和が「日本の魂」であると同時に
その強力な力が、今、「太平洋の天使」として、苦しむ人々を救うために
使われるかもしれないという可能性に、心を強く揺さぶられた。
敗戦という現実に打ちひしがれ、大和の最期を看取る覚悟をしていた自分にとって
それは全く予期せぬ、しかし光をもたらす言葉であった。
大和が、再び海を往く。そして、その巨大な力が再び太平洋に舞い
苦しむ人々を救うために使われるかもしれない。この想像は
徳永の心に、これまで感じたことのない新たな炎を灯した。
それは、過去の栄光を追い求める炎ではない。未来のために
人々のために、そして何よりも愛する艦のために
その力を尽くすという、新たな使命感の炎であった。
徳永の心の中で、激しい葛藤が繰り広げられた。
日本人としての誇り、敗戦国としての屈辱、そして大和への深い愛着。
それらすべてが絡み合い、彼の精神を蝕んだ。
しかし、パーカーの言葉は、その複雑な感情の絡まりを解きほぐす
唯一の鍵となったのだ。「人々を救うために」――その大義名分は
彼の心の奥底に眠っていた武士の魂を呼び覚ました。
かつては祖国のために戦ったその力が、今度はより普遍的な
「人々のため」に使われる。それは、彼にとって、大和に与えられた
そして自分に与えられた、新たな「天命」であるかのようだった。
苦悩の末、徳永は自身の運命を受け入れることを決意した。
彼の脳裏には、解体ドックで静かに最期を待つ大和の姿が浮かんだ。
あの艦を、再び大海原へと導くことができるのならば。
たとえ、米軍の旗のもとであっても
その魂を再び奮い立たせることができるのならば。
彼は、大和と共に生き、大和の魂を未来へと繋ぐために
この異例の任務に身を投じる覚悟を決めたのである。
それは、彼にとって、新たな戦いが始まる瞬間であった。
そして、その戦いは、かつてのような国と国の争いではなく
人間として、そして大和の魂の守護者としての、彼の新たな挑戦となるのだ。
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