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朝鮮戦争開戦
大和改装
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1950年9月、ポーツマス海軍造船所は
まるで冬眠から覚めた巨獣のように、突如としてその活動を再開した。
朝鮮半島の差し迫った戦況という、切迫した現実が
長らく静寂に包まれていたこの場所の空気を一変させたのだ。
ダグラス・マッカーサー司令官の「鶴の一声」は
単なる命令以上の意味を持っていた。
それは、解体ドックに放置され、スクラップの運命を待っていたはずの
戦艦大和に、再び生命を吹き込むという、まさに歴史の転換点を示すものであった。
かつて、鉄の墓場と化す寸前であった戦艦大和は
突如として「再武装と改修」の対象となった。
そして、それは海軍の最優先プロジェクトとして位置づけられたのである。
造船所の責任者たちは、この前代未聞の任務に驚きと戸惑いを隠せなかったが
軍令は絶対であった。
彼らは、まるで第二次世界大戦の最中に逆戻りしたかのような
怒涛の勢いで動き出した。巨大なドックの底では
無数の作業員たちがヘルメットを被り、溶接面を下ろして作業に没頭した。
眩いばかりの溶接の火花が暗闇に飛び散り、まるで花火のようであった。
頭上を通過する巨大なクレーンが唸りを上げ、重い資材を吊り上げ
大和の艦上へと運んでいく。その轟音は、かつての戦艦が放った砲声にも似た
力強い響きを持っていた。昼夜を問わず、交代制で作業が続けられ
文字通り、無数の作業員たちが大和の再生に尽力したのだ。
彼らの額には汗が流れ、その手には油と鉄粉がこびりついていたが
その瞳には、歴史的な事業に携わる者としての誇りが宿っていた。
まず、大和の「目」であり「耳」となる艦橋は
最新鋭のレーダーや通信機器で一新された。大和が建造された1930年代後半から
この1950年代にかけての電子技術の進歩は目覚ましく
それはまさしく隔世の感があった。大和が元々搭載していた光学式測距儀や
旧式の日本製レーダーでは、現代戦における索敵能力や目標追尾能力において
完全に時代遅れであったのだ。霧や夜間、悪天候下ではその性能は著しく制限され
高速で移動する航空機や艦艇を捕捉することは極めて困難だった。
そこで、アメリカ製の高性能レーダーAN/SPSシリーズが搭載された。
これは、対空・対水上目標の探知能力に優れ
広範囲をカバーできる最新鋭のシステムであった。
艦橋の最上部には、巨大な回転式のアンテナが設置され
常に周囲を警戒する。また、最新のIFF(敵味方識別装置)も導入された。
これは、友軍の航空機や艦艇からの信号を識別し
誤射を防ぐための不可欠なシステムである。
さらに、秘匿性の高い新型無線通信装置が搭載され
大和は艦隊司令部や他の艦艇、さらには陸上部隊との情報共有を
安全かつ迅速に行えるようになったのである。これにより
大和は単なる砲撃プラットフォームとしてだけでなく
艦隊の「情報中枢」としての役割も担うことが期待された。
その巨大な艦橋内部には、所狭しと計器類が並び
煌めくディスプレイが未来の戦場を予見させるかのようであった。
そして、最大の、そして最も喫緊の課題であったのが
対空防御力の抜本的な強化であった。大和が建造された当時
航空機はまだ黎明期にあり、その脅威は過小評価されていた。
そのため、大和の対空兵装は、主砲に比べると貧弱であり
主に25㎜機銃や12.7cm高角砲が主であった。
しかし、太平洋戦争の教訓から、航空攻撃に対する防御は
艦艇の生存に直結することが明白であった。
真珠湾、ミッドウェー、マリアナにおいて
航空機が海戦の主役となったことは疑いようのない事実であったからだ。
そのため、時代遅れだったこれらの対空火器は大幅に増強されることになったのだ。
特筆すべきは、大和に元々積まれていた
八九式12.7cm連装高角砲の換装であった。
これらの高角砲は、その口径と連装という形式において
当時のアメリカの高角砲と比較しても決して性能は悪くなかった。
しかし、大和が終戦時に搭載していた八九式高角砲の数は
その巨大な船体に対して不足しており、多方向からの航空攻撃に対応するには
不十分であった。米海軍は、その性能を評価しつつも、より数の確保と
自軍の標準装備との互換性を重視した。そこで目をつけられたのが
終戦後、賠償艦として台湾に供与されていた
旧日本海軍の秋月型駆逐艦「宵月」と「花月」であった。
秋月型は、その優秀な対空能力から「防空駆逐艦」と称されており
九八式長10cm連装高角砲を主武装としていた。
米軍は、台湾政府との交渉を通じて、両艦から計8基もの
九八式長10cm連装高角砲の供給を取り付けたのである。
これらの高角砲は、専用の輸送船でポーツマスまで運ばれ
大和へと換装されることになった。それは、かつての日本の技術を
皮肉にもアメリカ海軍が再利用するという、極めて象徴的な意味合いを持つ作業であった。
巨大なクレーンが、秋月型から取り外された高角砲塔を吊り上げ
丁寧に大和の所定の位置へと据え付けていく。
錆びついていた砲塔は磨き上げられ、再びその雄姿を現した。
さらに、大和の近接防空を担っていた劣悪な25㎜機銃群は
全面的に撤去された。これらの機銃は、有効射程が短く
信頼性にも欠けていたため、現代の高速航空機に対してはほとんど効果が
期待できなかったのである。その代わりに搭載されたのは
第二次世界大戦でその信頼性と威力を証明した、アメリカ製の傑作対空兵器群であった。
まず、強力な火力を誇るボフォース40㎜機関砲が多数搭載された。
これらの連装砲は、毎分120発の発射速度と、比較的強力な炸裂弾頭により、
近距離防空の要として大和の艦の周囲
特に甲板や構造物の各所にずらりと配置されたのである。
その数は数十門に及び、大和の甲板は、まるで無数の砲身が
空を睨む「ハリネズミ」のような様相を呈した。
また中距離の対空防御には、新たに開発された3インチ砲(76.2mm連装速射砲)が
複数据え付けられた。これは、ボフォースよりも射程が長く
高高度を飛行する目標に対しても有効な打撃を与えることができた。
さらに、接近する目標に対しては
高発射速度を誇るエリコン20㎜機関砲が多数設置されたのである。
これらの機関砲は、小型軽量でありながら、毎分450発という驚異的な発射速度で
至近距離の航空機を蜂の巣にすることが可能であった。
これにより、大和は、短距離、中距離、長距離という多層的な対空防御網を構築し
航空攻撃に対する生存性が飛躍的に向上した。
その姿は、かつて日本の栄光を体現した象徴であると同時に
アメリカの最新技術と融合した「新たな怪物」と呼ぶにふさわしいものであった。
大和は、過去の遺物から、現代の戦場に対応しうる
新たな「力」として蘇ろうとしていたのである。その巨大な船体は
再び大海原へと繰り出す準備を整え、来るべき朝鮮戦争の戦場に向けて
静かにその雄姿を完成させつつあった。
まるで冬眠から覚めた巨獣のように、突如としてその活動を再開した。
朝鮮半島の差し迫った戦況という、切迫した現実が
長らく静寂に包まれていたこの場所の空気を一変させたのだ。
ダグラス・マッカーサー司令官の「鶴の一声」は
単なる命令以上の意味を持っていた。
それは、解体ドックに放置され、スクラップの運命を待っていたはずの
戦艦大和に、再び生命を吹き込むという、まさに歴史の転換点を示すものであった。
かつて、鉄の墓場と化す寸前であった戦艦大和は
突如として「再武装と改修」の対象となった。
そして、それは海軍の最優先プロジェクトとして位置づけられたのである。
造船所の責任者たちは、この前代未聞の任務に驚きと戸惑いを隠せなかったが
軍令は絶対であった。
彼らは、まるで第二次世界大戦の最中に逆戻りしたかのような
怒涛の勢いで動き出した。巨大なドックの底では
無数の作業員たちがヘルメットを被り、溶接面を下ろして作業に没頭した。
眩いばかりの溶接の火花が暗闇に飛び散り、まるで花火のようであった。
頭上を通過する巨大なクレーンが唸りを上げ、重い資材を吊り上げ
大和の艦上へと運んでいく。その轟音は、かつての戦艦が放った砲声にも似た
力強い響きを持っていた。昼夜を問わず、交代制で作業が続けられ
文字通り、無数の作業員たちが大和の再生に尽力したのだ。
彼らの額には汗が流れ、その手には油と鉄粉がこびりついていたが
その瞳には、歴史的な事業に携わる者としての誇りが宿っていた。
まず、大和の「目」であり「耳」となる艦橋は
最新鋭のレーダーや通信機器で一新された。大和が建造された1930年代後半から
この1950年代にかけての電子技術の進歩は目覚ましく
それはまさしく隔世の感があった。大和が元々搭載していた光学式測距儀や
旧式の日本製レーダーでは、現代戦における索敵能力や目標追尾能力において
完全に時代遅れであったのだ。霧や夜間、悪天候下ではその性能は著しく制限され
高速で移動する航空機や艦艇を捕捉することは極めて困難だった。
そこで、アメリカ製の高性能レーダーAN/SPSシリーズが搭載された。
これは、対空・対水上目標の探知能力に優れ
広範囲をカバーできる最新鋭のシステムであった。
艦橋の最上部には、巨大な回転式のアンテナが設置され
常に周囲を警戒する。また、最新のIFF(敵味方識別装置)も導入された。
これは、友軍の航空機や艦艇からの信号を識別し
誤射を防ぐための不可欠なシステムである。
さらに、秘匿性の高い新型無線通信装置が搭載され
大和は艦隊司令部や他の艦艇、さらには陸上部隊との情報共有を
安全かつ迅速に行えるようになったのである。これにより
大和は単なる砲撃プラットフォームとしてだけでなく
艦隊の「情報中枢」としての役割も担うことが期待された。
その巨大な艦橋内部には、所狭しと計器類が並び
煌めくディスプレイが未来の戦場を予見させるかのようであった。
そして、最大の、そして最も喫緊の課題であったのが
対空防御力の抜本的な強化であった。大和が建造された当時
航空機はまだ黎明期にあり、その脅威は過小評価されていた。
そのため、大和の対空兵装は、主砲に比べると貧弱であり
主に25㎜機銃や12.7cm高角砲が主であった。
しかし、太平洋戦争の教訓から、航空攻撃に対する防御は
艦艇の生存に直結することが明白であった。
真珠湾、ミッドウェー、マリアナにおいて
航空機が海戦の主役となったことは疑いようのない事実であったからだ。
そのため、時代遅れだったこれらの対空火器は大幅に増強されることになったのだ。
特筆すべきは、大和に元々積まれていた
八九式12.7cm連装高角砲の換装であった。
これらの高角砲は、その口径と連装という形式において
当時のアメリカの高角砲と比較しても決して性能は悪くなかった。
しかし、大和が終戦時に搭載していた八九式高角砲の数は
その巨大な船体に対して不足しており、多方向からの航空攻撃に対応するには
不十分であった。米海軍は、その性能を評価しつつも、より数の確保と
自軍の標準装備との互換性を重視した。そこで目をつけられたのが
終戦後、賠償艦として台湾に供与されていた
旧日本海軍の秋月型駆逐艦「宵月」と「花月」であった。
秋月型は、その優秀な対空能力から「防空駆逐艦」と称されており
九八式長10cm連装高角砲を主武装としていた。
米軍は、台湾政府との交渉を通じて、両艦から計8基もの
九八式長10cm連装高角砲の供給を取り付けたのである。
これらの高角砲は、専用の輸送船でポーツマスまで運ばれ
大和へと換装されることになった。それは、かつての日本の技術を
皮肉にもアメリカ海軍が再利用するという、極めて象徴的な意味合いを持つ作業であった。
巨大なクレーンが、秋月型から取り外された高角砲塔を吊り上げ
丁寧に大和の所定の位置へと据え付けていく。
錆びついていた砲塔は磨き上げられ、再びその雄姿を現した。
さらに、大和の近接防空を担っていた劣悪な25㎜機銃群は
全面的に撤去された。これらの機銃は、有効射程が短く
信頼性にも欠けていたため、現代の高速航空機に対してはほとんど効果が
期待できなかったのである。その代わりに搭載されたのは
第二次世界大戦でその信頼性と威力を証明した、アメリカ製の傑作対空兵器群であった。
まず、強力な火力を誇るボフォース40㎜機関砲が多数搭載された。
これらの連装砲は、毎分120発の発射速度と、比較的強力な炸裂弾頭により、
近距離防空の要として大和の艦の周囲
特に甲板や構造物の各所にずらりと配置されたのである。
その数は数十門に及び、大和の甲板は、まるで無数の砲身が
空を睨む「ハリネズミ」のような様相を呈した。
また中距離の対空防御には、新たに開発された3インチ砲(76.2mm連装速射砲)が
複数据え付けられた。これは、ボフォースよりも射程が長く
高高度を飛行する目標に対しても有効な打撃を与えることができた。
さらに、接近する目標に対しては
高発射速度を誇るエリコン20㎜機関砲が多数設置されたのである。
これらの機関砲は、小型軽量でありながら、毎分450発という驚異的な発射速度で
至近距離の航空機を蜂の巣にすることが可能であった。
これにより、大和は、短距離、中距離、長距離という多層的な対空防御網を構築し
航空攻撃に対する生存性が飛躍的に向上した。
その姿は、かつて日本の栄光を体現した象徴であると同時に
アメリカの最新技術と融合した「新たな怪物」と呼ぶにふさわしいものであった。
大和は、過去の遺物から、現代の戦場に対応しうる
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