試製陣風戦闘機隊

みにみ

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幽霊戦闘機隊

米軍の作戦変更

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1945年1月28日、ルソン島上空。

第382海軍航空隊の司令官、横尾 一 飛曹長の命を受けた
一機の艦上偵察機「彩雲」が、高度7,000メートルを飛行していた。
彩雲は、当時の日本機としては異例の高速を誇る新鋭偵察機であり
米軍戦闘機から逃げ切る能力を持っていた。

彩雲の搭乗員が撮影した一連の空中写真と
周波数解析による無線傍受の記録は、1月26日の陣風隊による大戦果が
米軍にどれほどの衝撃を与えたかを明確に示していた。

横尾飛曹長と神崎 猛 少尉は、司令部の地下壕で
彩雲が持ち帰った鮮明な写真と偵察報告を広げた。


哨戒高度の上昇と速度の増加: P-51D「マスタング」や
F4U「コルセア」の哨戒高度が、以前の4,000メートル前後から
5,000メートル以上に引き上げられていた。
これは、陣風の高上昇力への警戒と、優位な高度を確保しようとする
意図の表れだった。速度も以前より増しており、警戒態勢にあることが窺えた。

集密編隊(クローズ・フォーメーション)の採用: 以前は比較的ルーズな編隊
(編隊長と僚機が広く間隔を空ける「戦闘隊形」)を組んでいた米軍機が
非常にタイトで密接な隊形を組むようになっていた。
特に、4機編隊が一つの(ボックス)となり
互いの機体を近距離で防御射界に収める「集密飛行」が徹底されていた。

対地攻撃機への厳重な護衛: P-47「サンダーボルト」や
B-25「ミッチェル」などの対地・爆撃任務機には
以前の2~3倍に当たる戦闘機が護衛として付くようになっていた。

神崎少尉は写真に映る、異常なほど機体間隔が狭いF4Uの編隊を指さした。

「なるほど。敵は我々の戦法を正確に理解し、対策を講じてきました。
 我々の一撃離脱は、編隊機を分断することに最大の効果を発揮します。
 しかし、このように機体間隔を詰めれば
 一撃で複数の機体を仕留めるのは困難になる上、一機が攻撃されれば
 即座に両隣の機体が援護射撃を加える防御体制です。」

横尾飛曹長は、顎に手をやり、思案した。

「敵司令部は、この新型機の存在を搭乗員たちにだけ伝えたようだな。
 これは、士気の低下を防ぐための情報統制だ。我々への警戒心は極めて高い。
 集密編隊は、防御としては完璧だ。しかし、この戦術には致命的な弱点がある。」

横尾は、図面に一本の線を引いた。

「集密飛行は、機動性を殺す。特に高速での旋回や、緊急回避が極めて困難になる。
 そして、彼らが最も恐れているのは、我々の高速と重武装だ。
 格闘戦を避け、防御に徹している証拠。」

「つまり、」
神崎が口を開いた。
「我々の戦法を変える必要はありません。一撃離脱の原則は維持しつつ
 この集密編隊を機能不全に陥らせる新たな『叩き方』を見つければよい。」


横尾と神崎、そしてベテラン搭乗員たちは、その後数時間
陣風の特性と米軍機の弱点を徹底的に分析し、新たな戦術を練り上げた。
この戦術は、陣風の「速度優位」を
さらに徹底的に利用し、米軍機の防御陣形を崩壊させることに主眼を置いた。


「層剥ぎ」(剥離攻撃): 
従来の「中央突破」を避け、編隊の最外縁の機体のみを狙う。
外縁の機体を高速で撃墜することで、編隊全体に「防御壁を失った」という
パニックを引き起こし、集密編隊を維持しようとする搭乗員の集中力を奪う。

「間隙打撃」(超高速すり抜け): 
敵編隊の上空から垂直に突入するのではなく、水平方向から極限の高速で
防御射界の「間隙」を縫うように突入する。
これは、米軍機パイロットが照準を合わせる時間的余裕を一切与えないための
「体当たりに近い通過」である。

「低空への誘引(デコイ)」: 対地攻撃機を護衛する戦闘機編隊に対し
陣風の一部が低空で高速機動を行い、護衛機を本来の高度から引きずり下ろす。
陣風は高高度性能を誇るが、低空での最高速力もP-47に引けを取らない。
これにより、敵の制空戦闘機と対地攻撃機を分離させる。

神崎少尉が戦術の核心を説明した。

「集密編隊を組むと、一機が被弾すれば、その破片や爆風
 そして燃え盛る機体そのものが、すぐ隣の機体にとって致命的な障害になります。
 我々が外縁を高速で正確に叩けば、編隊は
 『防御するために接近したはずの味方が、かえって危険な障害物になる』という
 ジレンマに陥る。あとは
 防御陣形が崩壊したところを、着発破砕榴弾で一掃するだけです。」

横尾は静かに神崎の肩を叩いた
「よし。この戦術を、2月2日に実行する。今日の彩雲の報告によれば
 明後日、P-47『サンダーボルト』を主力とした対地攻撃部隊が
 ルソン島内部の我々の拠点近くを通過する。
 相手はP-47、つまり『ボルト』だ。頑丈さではコルセア以上だ。
 20mm着発破砕榴弾の真価を問うには、最高の獲物だ。」


1945年2月2日。

ルソン島上空は、快晴だった。横尾飛曹長率いる陣風6機は
対地攻撃任務に向かう米陸軍第348戦闘機群の
P-47D「サンダーボルト」部隊を迎撃するため
雲の上、高度6,500メートルに達していた。

目標は、P-47D 12機。彼らは、重武装と堅牢な装甲で知られ
「空飛ぶ戦車」と称される機体である。今日のP-47は
地上の日本軍陣地を爆撃するため、爆弾とロケット弾を満載しており
速度と機動性は通常時より低下しているはずだった。
しかし、彼らは護衛戦闘機を持たず、その分、P-47自身が集密飛行によって相互に防御を固めていた。

P-47編隊の隊形: 4機編隊を3つ組んだ、巨大な防御ボックス。
機体間隔は非常に狭く、横尾たちが想定した通りの「集密編隊」であった。

横尾飛曹長は、上空から P-47 編隊を確認した。

「全機、攻撃位置に付け。『層剥ぎ』を実行する。
 神崎隊、左翼最外縁の4機を狙え。竹中隊、右翼最外縁の4機を叩け。
 目標は、編隊の『端』。絶対に中央に突っ込むな。」


神崎少尉率いる3機は、高高度の優位を活かし、P-47編隊の左側方に回り込んだ。
神崎は、陣風をわずかに水平に近い角度で降下させ
P-47の防御射界から外れる超高速で、左翼の最も外側に位置する機体(12番機)に突入した。

「射撃!」

距離は400メートル。神崎は、極めて短い0.5秒の掃射を行った。
着発破砕榴弾は、P-47の厚い主翼外板を貫通し、内部で炸裂した。

P-47の12番機は、被弾した瞬間に主翼のエルロンとフラップが吹き飛び
急激に揚力を失った。機体は、すぐ隣を飛ぶ11番機に向けてわずかに傾いた。

この一瞬の予期せぬ動きが、集密編隊に致命的な動揺をもたらした。

11番機のパイロットは、僚機との接触を恐れて反射的に機体を外側へ向けようとした。
その動きは「回避機動」ではなく、「衝突回避」だったため、彼らの防御陣形は一気に崩れた。

神崎は、その隙を見逃さず、11番機を狙い、再度短い射撃を加えた。
着発破砕榴弾は、巨大なR-2800エンジン後部の
胴体に命中し、内部の操縦系統を破壊した。

11番機は、白煙を上げながら隊列を離脱。
機体は錐揉み状態となり地上のジャングルへと吸い込まれていった。

神崎隊は、一切の追撃をせず、速度を維持したまま
P-47編隊の真下を通り抜け、再び高高度へ離脱した。


神崎隊の攻撃により、P-47編隊は2機を喪失し、防御陣形は左右に大きく開いた。
しかし、P-47のパイロットたちは、前回のコルセア搭乗員よりも冷静だった。
彼らは残りの機体で再び集密編隊を組み直し、相互にカバーし始めた。

「さすがはサンダーボルト。頑丈で、冷静なパイロットだ。」
横尾は無線で呟いた。

ここで、横尾飛曹長率いる隊が突入した。
目標は、編隊中央に残った第2ボックスを、水平方向の「間隙」をすり抜けるように攻撃すること。

横尾は、P-47の防御射界が最も薄くなる、編隊と編隊の間を
陣風の限界速度に近いスピードで通過した。
この速度であれば、P-47の機銃が陣風を捕捉できる時間は、0.数秒に満たない。

しかし、P-47の装甲と堅牢さは、横尾たちの予想を上回った。

横尾機は、9番機に集中射撃を行った。20mm着発破砕榴弾が連続して命中し
9番機の主翼付け根をえぐり、内部構造にダメージを与えた。
しかし、9番機は致命的な被弾にもかかわらず
炎上することも、空中分解することもなく、白煙を吹き出しながらも、そのまま編隊に留まろうとした。

「くそっ、さすがはボルトだ! 持ちこたえやがった!」

横尾は、編隊をすり抜けることに成功したが、致命傷を与えられなかったことに舌打ちした。
他の僚機も同様に、数機に損害を与えたものの、決定的な撃墜には至らなかった。
P-47の分厚い装甲は、着発破砕榴弾の炸裂効果を最小限に食い止めたのだ。

P-47隊は、爆弾やロケット弾を海に投棄し
任務を放棄して全速で基地へ引き返し始めた。


陣風隊は、P-47の追撃を深追いはせず、燃料と弾薬を温存して基地に帰投した。

最終的な戦闘結果
P-47D 12機出撃
確実な撃墜:2機(11番機、12番機)
重度損傷:4機(編隊離脱はせず、基地へ帰投中に墜落の可能性あり)

陣風隊損失:ゼロ

戦果としては、コルセア戦の7機撃墜に比べれば劣っていた。
しかし、横尾飛曹長の表情には、敗北の色はなかった。

「神崎、どうだ。戦果は2機だ。期待したほどではない。」

神崎少尉は、機体から降りながら、興奮した様子を隠さなかった。

「いえ、飛曹長。この2機は、戦術的勝利を意味します。
 敵は我々の意図通りに、集密編隊を防御に徹しました。
 そして、我々が『層剥ぎ』を行った結果、防御陣形は崩壊し
 対地攻撃任務を放棄しました。彼らは、我々を追撃することすらできなかった。」

「そうだ。そして、最大の収穫は、着発破砕榴弾の威力が
 P-47の装甲に対して**『確実な一撃必殺』ではないことが分かった点だ。
 ボルトを撃墜するには、さらに射撃距離を詰め、弾薬を集中させる必要がある。
 あるいは、我々の13.2mm徹甲焼夷弾を、燃料系統のより弱い部分に集中させる必要がある。」

横尾は、ブリーフィング用のボードに、新たな戦術のメモを書き加えた。

「敵は今後も集密編隊で来るだろう。だが、我々は彼らが最も守りたいものを狙う。
 今度は、護衛戦闘機だ。護衛機を引きずり降ろし、対地攻撃機を丸裸にする。
 その時こそ、この陣風の真価が発揮される。」

陣風隊は、少数の新型機というハンディキャップを背負いながらも
徹底した情報分析と革新的な戦術によって、米軍の物量と戦術の変化に
常に一歩先んじようとしていた。彼らの創り出す空の軌跡は
ルソン島の日本軍地上部隊にとって、唯一の希望の光となりつつあった。
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