試製陣風戦闘機隊

みにみ

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幽霊戦闘機隊

情報統制

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1945年1月26日深夜、フィリピン、レイテ島タクロバン基地。

太平洋方面海兵隊航空団司令部の一室は
通常とは異なる重苦しい空気に満ちていた。
司令官であるトーマス・S・ウォーフィールド少将は
硬い表情でデスクに座り、目の前で提出された戦闘報告書に目を走らせていた。

報告書は、フランク・アレン中尉(F4U-1D、3番機)の口頭証言と
残骸回収班による一部の分析結果に基づいていた。

戦闘結果:
味方:F4U-1D コルセア 9機出撃
損失:7機撃墜、1機大破(被弾多数で帰投)、1機中破(修理中)
敵機:新型戦闘機 6機
敵機損失:ゼロ

ウォーフィールド少将は、まず戦果の数字を疑った。
9機出撃して7機喪失、敵機は無傷。これは、これまで彼が経験してきた
太平洋戦争の戦闘パターンとは根本的に異なっていた。
マリアナ以降、日本軍がこれほどの一方的優位を築くことは、論理的に不可能なはずだった。

「アレン中尉の証言は信頼できるのか?」
少将は、報告書を提出した情報主任であるクレイグ大佐に尋ねた。

クレイグ大佐は唾を飲み込み、神妙な面持ちで答えた。
「中尉は現在、極度のショック状態にありますが
 彼の証言は複数の整備士による被弾機の分析と一致します。
 中尉機には、20mmとみられる大口径の弾痕が集中しており
 従来のゼロや雷電(ジャック)が搭載する機銃の火力ではありません。」

「20ミリ × 6門か…」少将は報告書の新型機の推定武装を読み上げた。
それは、米軍のF4UやP-51Dに匹敵、あるいはそれを凌駕する重武装であった。

さらに衝撃的だったのは、敵機の性能についてのアレン中尉の証言だった。

「彼らはまるで悪魔のようでした。私たちよりも速く
 そして私たちが上昇しようとする遥か上空から、一瞬で降下してきて攻撃し
 そのまま音もなく消えていく。マスタングに匹敵
 あるいはそれ以上の速度です。格闘戦など、一度も仕掛けられませんでした。」

「マスタング以上…」
少将は繰り返した。日本軍が、この戦争末期に
航空機開発技術と資源が枯渇しているはずのこの時期に
なぜP-51Dを凌駕する新型機を、しかも実戦で運用しているのか。
これが最大の謎であり、恐怖であった。


司令部内では、直ちに緊急会議が招集された。
集まった将校たちの顔には、不安、不信、そして怒りが入り混じっていた。

「新型機だと? 冗談ではない! 資源も技術者も空襲で潰したはずだ!」
 「これはジャップのプロパガンダではないのか? 
 逃げ帰ったパイロットが作り話をしているだけだろう!」

しかし、7機ものコルセアが撃墜され、そのうちの
ほとんどが残骸すら残っていないという事実は、プロパガンダでは説明できなかった。

ウォーフィールド少将は、騒然とする将校たちを一瞥し、冷静な口調で部屋を静めた。

「静粛に。これがプロパガンダか否か、議論している暇はない。
 事実、我々は9機中7機を失った。この新型機が、たとえ試作機で
 少数しか存在しないとしても
 我々の制空権を脅かす深刻な脅威であることは間違いない。」

少将が最も恐れたのは、この情報が一般兵士や
地上作戦に従事する兵士たちにまで伝わり、「ジャップに切り札がある」という不安が
全軍の士気を低下させることだった。
特に、連日哨戒飛行を続けているP-51DやF6Fの搭乗員たちに
不必要な恐怖心を植え付けることは避けたかった。

「クレイグ大佐、直ちに情報統制を敷く。」
ウォーフィールド少将は決断を下した。

「この新型機に関する情報は、一部の高級将校と
 直接この脅威に対処する航空機搭乗員のみに限定して伝達する。
 地上部隊、一般兵士には、行方不明機は『悪天候による事故』
 または『日本軍の奇襲的な対空砲火による損失』として処理せよ。」

この決定は、搭乗員たちに重大な精神的負担を強いることになった。
彼らは、一般には知らされない「未知の敵」と戦わなければならないのだ。


翌日の夕方、ルソン島周辺の主要航空基地に所属する
F4U、P-51D、P-38といった戦闘機部隊の飛行隊長、分隊長クラスの搭乗員のみが
極秘のブリーフィングのためにタクロバン基地へ召集された。

彼らが集められたのは、外部との通信が完全に遮断された、地下の作戦室だった。

ブリーフィングを開始したのは、情報主任のクレイグ大佐だった。
彼は、まず「シー・ドッグ」編隊の戦闘報告の要点を読み上げた。

搭乗員たちは、その数字の異常さに、すぐにざわめき始めた。

「待ってください、大佐。7機撃墜? 
 ゼロでも雷電でも、こんな戦果は出せません!」
と、P-51Dの飛行隊長の一人が声を上げた。

クレイグ大佐は、スライドを切り替えた。
スクリーンに映し出されたのは、アレン中尉の証言に基づく、新型機の概略図だった。

「諸君、これが我々が遭遇した新型機だ。海軍の諜報部の情報では
 『試製 陣風』(Jinpū)という開発コードネームが与えられていた可能性がある。
 形状は、日本の零戦や紫電改とは全く異なる。
 特徴は、逆ガル翼、そして我々のP-51Dに匹敵する
 あるいはそれを超える高速性能と高上昇力だ。」

作戦室は一瞬にして静まり返った。搭乗員たちは
図面上の、どことなく武骨でありながら洗練された、異形の戦闘機に釘付けになった。

クレイグ大佐は、新型機の要目を淡々と読み上げる。

「武装は20mm機銃 × 6、13.2mm機銃 × 2。
 特に20mmは、着発破砕榴弾(SAPHEI)を使用していると推定される。
 これは、我々のコルセアのような頑丈な機体を
 短時間の掃射で内部から破壊することを意図している。」

彼は声を落とした。

「そして、最も重要なことだ。彼らの戦法は、徹底した一撃離脱だ。
 高空から高速で突入し、致命的な打撃を与えた後、我々の射程圏外へ逃げ去る。
 従来の日本機のような、低速での格闘戦には、絶対に応じてこない。」


次に登壇したのは、ウォーフィールド少将であった。
彼は厳しい表情で、集まった精鋭パイロットたちを見渡した。

「諸君。この情報は、この部屋の外に持ち出してはならない。
 地上要員、整備兵、そして一般の歩兵たちに
 この『陣風』の存在を漏らすことは、厳禁とする。」

少将の言葉には、一切の揺らぎがなかった。

「我々は、一般兵士の士気を維持しなければならない。
 彼らは、我々の空の支配を信じて、地上で戦っている。
 この新型機の存在は、我々搭乗員だけが知る、戦場における『秘密』とする。」

これは、搭乗員たちにとって、極めて重い命令であった。
彼らは、自分たちが「秘密裏に」圧倒的な強敵と戦うことを強いられたのだ。

ウォーフィールド少将は、続けて陣風への対抗策を提示した。

陣風への対策(暫定指令)

高度と速度の維持:
 P-51Dの優位である高空・高速を最大限に活用すること。
常に敵機よりも優位な高度と速度を確保せよ。

編隊飛行の徹底: 
単機での哨戒は厳禁。最低でも4機以上の編隊を組み
常に防御射界を確保せよ。一機が敵を追撃する場合、必ずもう一機がカバーにつけ。

格闘戦の禁止: 
敵が誘い込もうとしても、低速での旋回戦には絶対に応じるな。
陣風の速度を上回れない場合は、直ちに戦場から離脱し、速度と高度を回復せよ。

「敵機の正体」の秘匿: 
撃墜された機体の報告は、『高性能日本軍機との交戦』に留め
『陣風』という具体的な名称や、その性能に関する具体的な言及は全て禁止する。

少将はブリーフィングの最後に、彼らを鼓舞するように言った。

「諸君。ルソンの空の支配は、一時的に脅かされている。
 しかし、我々には圧倒的な数と物量がある。そして、我々のP-51Dは
 この新型機と互角以上に戦える性能を持っている。臆病風に吹かれるな。
 お前たちは、米海軍・陸軍航空隊の選ばれた精鋭だ。
 この新型機を叩き潰し、ルソン上空の安全を、速やかに回復せよ!」


ブリーフィングが終わり、搭乗員たちは重い足取りでブリーフィングルームを後にした。

彼らの心には、少将の励ましの言葉よりも
「この部屋の外には話せない秘密の敵」という重圧が強くのしかかっていた。

P-51Dの搭乗員であるジョン・S・ミラー大尉は
同じP-51D乗りの友人とエレベーターの中で顔を合わせた。

「ジョン。見たか、あの図面を。まるでジェット機のような形じゃないか。」
友人は囁くような声で言った。

「ああ、トム。そして、20ミリが6門だ。一発食らえば終わりだ。
 これまでは、ジャップを狩る立場だったが、これからは…」
ミラーは言葉を飲み込んだ。

彼らは、地上にいる整備兵や、食事を共にする歩兵たちに
自分たちがなぜこれほど神経質になっているかを説明することができなかった。

「悪天候による事故が続いている」 
「ジャップの対空砲火が最近ひどい」

彼らは、そんな建前を繰り返すしかなかった。
この「陣風」の脅威は、彼ら戦闘機乗りたちだけの、秘密の重荷となった。

この「沈黙の指令」は、米軍の航空隊内部に、静かな
しかし確実な心理的な消耗戦を引き起こした。
彼らは、いつ、どこから、あの「悪魔の翼」が現れるか分からないという
絶え間ない緊張感の中で哨戒飛行を続けなければならなかった。

翌日から、米軍の哨戒パターンは変化した。
単機での飛行は姿を消し、編隊はより密集し、互いに警戒を強めるようになった。
彼らの視線は、もはや地上の目標だけでなく
高々度、太陽の光、そして雲の裏側へと、常に向けられることとなった。

ルソンの空は、静かに、そして完全に、緊張の戦場へと変貌を遂げたのである
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