蒼空のアリア

みにみ

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序章

周辺諸国

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核戦争から四百年の時が流れていた。
かつて地球を覆っていた文明の輝きは、熱と光に呑み込まれ
跡形もなく消え去ったはずだった。だが、人類はしぶとく
絶望の淵から這い上がり、再び社会を、そして国家を築き上げていた。
扶桑皇国もまた、その再生の波に乗って東洋の島国として独自の発展を遂げていたのだ。
しかし、その平和は脆く、周囲の海や大陸には
新たな覇権を求める幾多の国家が、牙を研ぎ澄ませていた。

扶桑皇国の西、青く広がる国城海――
旧世界の地図では日本海と呼ばれたその水域を越えた先には
真菁(しんせい)自治区があった。そこは、旧世界の朝鮮半島
北と南に分かれていたかつての国々の土地だった。
この半島の歴史は、常に外圧と支配の影に彩られてきた。
四百年の間に幾度となくその支配者は変わり、その度に血が流れてきたのだ。
そして、三十年前の戦争が、この地の運命を決定づけた。

扶桑皇国は、この真菁を巡る大戦に介入したのだった。
当時の真菁は、遠く離れた扇舟(おうしゅう)、すなわち
旧世界のヨーロッパ列強の植民地と化していた。扇舟諸国は
その巨大な艦隊と航空戦力をもって、アジアの各地にその覇権を広げていたのだ。
だが、勃興しつつあった扶桑皇国は、この扇舟の支配を自国の
安全保障に対する脅威と見なした。そして、国城海の覇権を完全に掌握すべく
扇舟列強との全面衝突に踏み切った。激しい海戦と空戦が繰り広げられた。
扶桑皇国海軍は、練度と士気、そして新型艦艇の性能において
扇舟艦隊を凌駕し、ついに国城海を制圧したのだ。

その結果、旧扇舟植民地だった真菁半島は
扶桑皇国の自治区として併合されることになった。
それは、扶桑皇国が単なる島国から、大陸へとその影響力を拡大する
明確な意思表示だった。真菁自治区の設立は、扶桑皇国の
軍事力と外交力が成熟期を迎えた証であり、同時に周辺諸国に対する
有無を言わせぬ示威行為でもあったのだ。真菁の都市は
扶桑皇国の様式を取り入れ、かつての面影を残しながらも
新たな姿へと変貌していった。だが、その統治は決して平穏ではなかった。
旧宗主国である扇舟列強は、この併合を虎視眈々と見つめていたし
真菁内部には、扶桑皇国の支配に抵抗する勢力が、常に蠢いていたのだ。
地下に潜り、独立の機会を伺う彼らの存在は、扶桑皇国の支配にとって
常に潜在的な火種だった。真菁の空は、扶桑皇国の戦闘機が監視し
厳重な警備体制が敷かれていたが、それでも時折
独立を叫ぶ声が響くことがあった。それは
この地が完全に扶桑皇国のものとなったわけではない、という事実を物語っていた。

そして、真菁自治区に地続きの大陸には
人類が築き上げた国家の中でもひときわ巨大な影を落とす存在があった。
それが、ハリダ王国だ。旧世界の中国大陸にその広大な版図を持つこの国は
数億人という、途方もない人口を誇る超大国だった。その国土は広大で
資源は豊富であり、国民の数は無限とも思えるほどの労働力と
兵力を意味していた。ハリダ王国は、その圧倒的な人口と
かつての技術を独自に発展させた工業力によって
比類なき国力を有していたのだ。彼らの軍事力は
扶桑皇国にとって最大の脅威であり、常にその動向が警戒されていた。

現在、このハリダ王国と扶桑皇国は、南西諸島の領有権を巡って
深刻な敵対状態にあった。南西諸島は、扶桑皇国の南方
寧湯洋へと連なる多数の島々からなる要衝だった。
そこは温暖な気候に恵まれ、豊かな漁場を提供し、海底には未開発の
鉱物資源が眠っていると噂されていた。さらに、その地理的条件は
扶桑皇国の南の玄関口であり、ハリダ王国が海洋への進出を図る上での
戦略的な拠点ともなり得る場所だったのだ。両国は
互いに自国の領土であると主張し、一歩も引かない姿勢を見せていた。
南西諸島の空域では、両国の偵察機が頻繁に交錯し
時には小規模な衝突が発生することもあった。国境線では
常に重武装した部隊が睨み合い、外交関係は極度に冷え込んでいた。
ハリダ王国の巨大な軍事力は、扶桑皇国にとって最大の脅威であり
いつ大規模な戦争へと発展してもおかしくない
極めて緊迫した状況が続いていたのだ。扶桑皇国の国民は
常に西からの、あるいは南からの脅威に備える必要があった。
子供たちは、ハリダ王国の巨大な軍勢を歌った童謡を口ずさみ
兵士たちは、いつか来る戦いに備え、日夜訓練に励んでいた。

一方、扶桑皇国から南へと眼を転じれば、青く広がる寧湯洋
――旧世界の太平洋に、無数の島々が点在していた。
その中でも特に重要な位置を占めるのが、フィダラン諸島だった。
美しいサンゴ礁と豊かな自然に恵まれたこの諸島は
一見すると平和な楽園に見えた。だが、その実態は
寧湯洋のさらに向こう側に広がる、強大なグリザ合衆国の植民地だったのだ。
グリザ合衆国は、旧世界の北アメリカ大陸に起源を持つとされ
その軍事力と経済力は、ハリダ王国に匹敵するほどのものだった。
彼らは、自国の勢力圏を太平洋全域に広げようと目論んでおり
フィダラン諸島はその戦略的要衝の一つだった。

扶桑皇国は、国内の資源枯渇と、さらなる防衛ラインの構築を目的として
強硬な南下政策を推進していた。この南下政策は
グリザ合衆国が自国の影響圏と見なすフィダラン諸島と直接的に衝突したのだ。
フィダラン諸島は、貿易航路の要衝であり、有事の際には扶桑皇国への
攻撃拠点にもなり得る場所だった。結果として
両国の間では激しい外交的対立が生じ、グリザ合衆国の強力な海軍と空軍が
扶桑皇国の南進を阻む最大の障害となっていたのだ。
グリザ合衆国は、その巨大な航空母艦群と、圧倒的な数の戦闘機を展開し
扶桑皇国の南下を牽制していた。フィダラン諸島周辺の海域では
扶桑皇国とグリザ合衆国の艦艇が頻繁に顔を合わせ
互いに威嚇射撃を行うことも珍しくなかった。
住民たちは、いつか来るかもしれない全面戦争の影に怯えながら、日々を過ごしていた。

このように、核戦争後の世界において
扶桑皇国は東洋の大国として再興を果たしていた。
だが、その栄光の裏には、真菁自治区との複雑で微妙な関係
ハリダ王国との南西諸島を巡る直接的な領有権争い
そしてグリザ合衆国との南下政策における衝突という
複数の地政学的課題が常に横たわっていたのだ。
これらの複雑な勢力図は、扶桑皇国の外交と軍事戦略に常に大きな影響を与え、
国内の資源分配や技術開発の方向性をも決定づけていた。
平和は束の間のものに過ぎず、いつ何時、戦火が再燃してもおかしくない、
極めて不安定な国際情勢がそこにはあった。扶桑皇国は、
この複雑に絡み合った国際関係の中で、いかにして自国の
安全保障と発展を確保していくのか。それが、
この時代の扶桑皇国に課せられた最大の課題であり、
国民の、そして兵士たちの共通の願いだったのだ。
誰もが、再び世界が戦争の炎に包まれることを恐れながらも
戦いの足音はすぐそこまで迫っていた。

扶桑皇国を取り巻く複雑な国際情勢のさらに外側に
核戦争が遺した最も恐ろしい爪痕の一つ、かつてのロシア領が横たわっていた。
その広大な大地は、先の大戦による壊滅的な被害をまともに受けた場所だったのだ。

核の炎がすべてを焼き尽くした結果なのか、
あるいは、人々の記憶から失われた「何か」が作用しているのか
この地には、木々が一本も生えないという異様な光景が広がっていた。
一面に広がるのは、荒涼とした赤茶けた土と、風に舞う砂塵だけ。
生命の息吹が完全に失われたかのような、異世界じみた光景が、見渡す限り続いていた。

そして、さらに恐ろしい言い伝えが、この旧ロシア領にはあった。
その地に立ち入った者は、髪の毛が抜け落ち、やがて死に至るというのだ。
それは単なる迷信や昔話ではなかった。実際に
好奇心や必要に迫られて足を踏み入れた者たちが
その言い伝え通りの末路を辿っていたのだ。彼らの体は徐々に衰弱し
髪は抜け落ち、最後は無残な形で命を落としていった。
まるで、大地そのものが、彼らの生命力を吸い取るかのように。

その真実は、誰にも分からなかった。だが、旧世界の文献を紐解けば
その症状は白血病と酷似している。放射能汚染による内部被曝が
長い時間をかけて人体を蝕み、血液を狂わせる病。
核戦争の事実が歴史の闇に葬られたこの世界で、人々はその病を「呪い」と呼び
原因不明の恐怖として忌み嫌っていたのだ。旧ロシア領は
広大な、そして致命的な謎に包まれた「呪われた大地」として
世界の片隅に存在していた。扶桑皇国をはじめとする各国は
この地を不可侵の領域とし、誰も近寄ろうとはしなかった。
それは、空を駆けるパイロットたちにとっても
決して足を踏み入れてはならない、禁忌の空域だったのだ。
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