蒼空のアリア

みにみ

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序章

扶桑皇国

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核戦争から四百年。焼けただれた大地の上に
再び人の営みが息づいていた。
かつてすべてを飲み込んだ炎は遠い記憶となり
人類は新しい世界を築き上げた。
だが、その再生は、同時に古き時代の影をも引き連れてきたのだ。
国家が生まれ、国境線が引かれ、そしてその境界を守るための軍隊が
新たな力を持つに至った。剣と槍の時代は遥か過去となり
銃声が響き、大砲が轟く。やがて、海には鉄の巨艦が浮かび
そして、空には翼を持った戦闘機が舞うようになった。
戦いの趨勢は、もはや制空権にかかっていた。
空を制する者が、すべてを制する時代だった。

扶桑皇国。東洋の果てに位置するこの国は
核の災禍を乗り越え、独自の文化と技術を育んできた。
国民の心の拠り所は、温和な人柄で知られる紳王陛下だった。
三十五歳の若さで国を統べる彼は、旧世界の日本国天皇家の子孫と伝えられ
その存在は疲弊した民にとって、まさに希望の象徴だった。
だが、皇国の運命は、もう一人の男の手にも握られていた。
三十二歳の逢風楓都。彼は扶桑皇国総裁であり
海軍大臣を兼任する実力者だ。感情が表に出やすい性格は
その辣腕ぶりと相まって、時に国の針路を荒波へと誘うこともあった。
彼の強硬な姿勢は、来るべき戦乱の予兆のように、空に暗い影を落としていた。

皇国海軍航空機隊の一角に、ひときわ異彩を放つ飛行隊があった。
それが、女性パイロットのみで編成された練習第403飛行隊「小春隊」だ。
隊員の多くが十代後半から二十代前半の若者で構成され
その活気と、時に見せる危うさが混在する部隊だった。

司令官を務めるのは、三十七歳の田下日暮。普段は穏やかで柔らかな物腰だが
その内には予測不能な感情の奔流を秘めている。
怒りの沸点がどこにあるのか、笑いの底には何が潜んでいるのか
部下たちは誰も知らなかった。だからこそ、隊員たちは常に彼女の顔色を伺い
いつその感情が爆発するのかと、ヒヤヒヤしながら日々を過ごしていた。

小春隊の、いや、扶桑皇国の空の、まばゆいばかりの希望。
それが、最上サツキだった。まだ十八歳の少尉。
彼女は小春隊の一番機であり、同時に若き指揮官でもある。
サツキの操縦技術は、まさに天賦の才としか言いようがなかった。
彼女の手に握られた操縦桿は、まるで自らの手足の延長であるかのように
機体と一体化し、乗る機体すべての性能を限界まで
いや、その限界を超えて引き出すことができるのだ。

特に彼女の代名詞ともいえる戦法は、驚異的な機動で敵機を翻弄する
「横すべりからの左捻り込み」だった。それは、機体を瞬時に横滑りさせ
敵の予測を完全に裏切る軌道で宙返り、背後を取るという
人間離れした技だった。だが、意外なことに、高速で一気に敵機に迫り
強烈な一撃を与えて離脱する「一撃離脱戦法」はあまり得意ではなかった。
彼女の空戦スタイルは、あくまで機体の特性を活かした
相手を翻弄するドッグファイトにこそ真価を発揮したのだ。
そんなサツキの愛機は、扶桑皇国が誇る最新鋭機
八式局地戦闘機「狂燕」。その名は、空を狂ったように舞う
燕のようだという畏敬の念からつけられた。
狂燕は、最高速度こそ時速六百十キロと突出しているわけではない。
だが、千八百馬力級のエンジンが叩き出す驚異的な加速力と
広大な翼面積による圧倒的な格闘性能は
扶桑皇国の戦闘機の中でも随一を誇っていた。
航続距離は三千二百キロ、武装は二十ミリ機関砲を二門
十二・七ミリ機銃を二挺、そして最大で二百五十キロ爆弾を
二発搭載可能だった。狂燕は、サツキの舞うような
空戦スタイルを完璧に支える、まさに彼女のための機体だったのだ。

サツキと共に空を舞う仲間たちも、それぞれが確かな腕と個性を備えていた。
彼女の相棒として二番機を務めるのは
同じ十八歳の少尉、熊野エリだ。サツキとは同郷の幼馴染で
互いのことを誰よりも理解し合っていた。エリの操縦技術は
サツキには及ばないものの、小春隊の中でも上位に位置する腕前だ。
彼女の得意戦法は「燕返し」と呼ばれる
巧みな反転機動で敵機の背後を一瞬で奪う技だ。
エリの乗機も、サツキと同じく八式局地戦闘機「狂燕」だった。
二機の狂燕が織りなす連携は、空の戦場において無敵の布陣を敷いていた。

そして、小春隊の三番機を務めるのも同じく十八歳の少尉
三隈ソラだ。エリとは対照的に、ソラは基本的に
一撃離脱に徹する空戦スタイルを好んだ。高速で敵機に肉薄し
圧倒的な火力を叩き込んで離脱する。
そのため、彼女の乗機は小春隊の中で唯一
重武装と高速性能を重視した七式局地戦闘機「隼鷹」だった。
隼鷹は、二千二百馬力級のエンジンを搭載し
最高速度は時速六百七十キロと狂燕よりも高速だ。
だが、加速性能が圧倒的に劣るため、空戦中は基本的に
フルパワーでの運用が必須となり、結果として燃料消費が激しく
航続距離は千二百キロに限定される。
しかし、その代償として、三十ミリ機関砲を二門、二十ミリ機関砲を四門と
極めて重武装を誇っていた。一撃必殺の火力を求めるソラには、まさに最適な機体だった。

小春隊の空を支える、もう一人の重要な存在がいた。
専属整備士の鈴谷リン、二十一歳の一等空士だ。
彼女の整備技術は、隊員たちの間では伝説となっていた。
「どんな損傷でも、共食い整備させれば四日で治る」。
そう言われるほどの天才ぶりを発揮する。彼女は狂燕や
隼鷹のエンジン音を聞き分け、わずかな異変も見逃さない。
機体のわずかな揺らぎや金属の疲労を瞬時に察知し
完璧な状態に保つその手腕は、隊員たちの命を文字通り預かるものだった。
彼女がオイルにまみれながら、一心不乱に機体と向き合う姿は
隊員たちの信頼を一身に集めている証だった。

穏やかな訓練空域では、模擬空戦が日々繰り返された。
サツキが狂燕の特性を最大限に活かし、横すべりからの
左捻り込みで仮想敵機を鮮やかに仕留める様子は
まさに空を舞う一羽の鳥のようだった。エリとの息の合った連携
ソラの一撃離脱の正確性も示され、小春隊の卓越したチームワークが光る。
だが、その平和な日常の空の下には、世界のどこかで渦巻く不穏な空気が
静かに、だが確実に忍び寄っていた。遠い戦場の噂
不気味な暗号通信、そして時折聞こえてくる新型兵器開発の陰。
それは、嵐の前の静けさなのか。あるいは、再び世界が炎に包まれる、
新たな戦乱の予兆なのか。まだ誰も知らなかった。
だが、その予感は、確かなものとして、パイロットたちの心をざわつかせていたのだ。
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