二式大艇からへUS−2 川西が紡ぐ水上機の系譜

みにみ

文字の大きさ
1 / 1
十三試大型飛行艇から二式大艇へ

軍縮の影と海軍の焦燥

しおりを挟む
1930年代初頭。世界恐慌の余波が各国に暗い影を落とす中
日本の横須賀海軍工廠は、奇妙な静けさに包まれていた。
ワシントン・ロンドン両海軍軍縮条約により、新造艦の計画は凍結され
巨大なドックには冷たい潮風が吹き込むばかり。
海軍兵学校を首席で卒業した若きエリート
海軍省軍務局の藤井少佐は、日々増え続ける米英との
艦船保有数の差を前に、焦燥感を募らせていた。

「このままでは、開戦と同時に制海権を失う。
 もはや、艦隊決戦の時代ではない…」

藤井の視線は、天井に吊るされた巨大な世界地図に固定されていた。
太平洋の広大な海域を、圧倒的な物量で埋め尽くすアメリカ艦隊。
しかし、その地図に描かれた点線、航空機の航続距離を示す線が、藤井に光明を見せていた。

「航空機だ。航空機を、艦船と同等の攻撃力を持つ
 『航空打撃戦力』として位置づける。物量差を補うには、これしかない」

藤井は、上官である軍務局長の机を叩き航空機による非対称戦略の立案を進言する。
軍縮の逆風の中、海軍は「空」に活路を見出すしかなかった。
その命運を託されたのが
長年日本の水上機航空機開発を一手に担ってきた民間の航空機メーカーだった。


兵庫県武庫川の河口に位置する川西航空機の工場は
海軍からの極秘指令で活気づいていた。社内でもトップシークレットとされる
「十三試大型飛行艇」の開発計画。設計主務者に抜擢されたのは
30代後半の若さでその才能を認められていた菊原静男だった。

菊原は、これまで九七式飛行艇という傑作機を世に送り出していたが
今回の計画は次元が違った。海軍が要求する航続距離は
当時世界最高とされたイギリスのショート・サンダーランド飛行艇を
はるかに凌駕する4,000海里(約7,400km)
「東京から真珠湾まで無着陸往復」という、常識外れの目標だった。

「菊原さん、本当にできるのでしょうか。この要求は…あまりにも無茶です」

菊原の右腕として働く若き技術者・志村正一は、設計図を前に顔を曇らせた。
志村は、神戸工業高校を卒業後、川西航空機に入社。
飛行艇の設計に魅せられ、菊原の下で飛行艇開発の道を歩んできた。
しかし、今回の無謀とも思える要求は、彼のこれまでの経験を遥かに超えるものだった。


「できるさ、志村君」

菊原は、志村の不安を打ち消すように静かに語った。

「不可能だと言われ続けた九七式を完成させたのが我々だ。
 世界一の飛行艇は、九七式で終わらせてはならない。
 これは、海軍のためだけじゃない。我々日本の技術者にとって
 世界に日本の技術力を見せつける、千載一遇のチャンスなんだ」

菊原の言葉に、志村は胸の奥で熱いものが込み上げてくるのを感じた。
九七式飛行艇は、その性能の高さから
海軍から正式採用され、すでに実戦配備が始まっていた。
だが、その成功に安住することなく
さらなる高みを目指す菊原の姿勢が、志村の心に火をつけた。

「はい! やります! 世界一の飛行艇、必ず完成させます!」

志村は、不安を振り払い、決意を新たにした。
彼の脳裏には、まだ見ぬ巨大な飛行艇が、大空を駆け抜ける姿が鮮明に描かれていた。
しかし、その夢の実現には
想像を絶する困難が待ち受けていることを、この時の志村はまだ知らなかった。



設計チームは、まず機体構造の軽量化と、空気抵抗の徹底的な削減に着手した。
従来の飛行艇の設計思想を根本から見直し、水上離着水時の安定性を保ちつつ
高速での飛行性能を両立させるという、相反する課題に取り組む必要があった。

志村は、菊原から任された主翼の設計で、最初の壁にぶつかった。
離着水時には低速でも大きな揚力が必要となるが、高速飛行時には抵抗となる。
そのジレンマを解決するため
志村は様々なフラップの形状を試作し、風洞実験を繰り返した。

「翼を切り離し、もう一枚の翼を差し込む……いや、違う……」

彼の机の上には、失敗したフラップの模型が無数に並んでいた。
しかし、志村の瞳には、決して諦める光は宿っていなかった。
それは、彼の幼少期の経験が深く関係していた。

志村の故郷は、武庫川の河口近くにあり
彼は幼い頃から川西航空機の工場で働く父の背中を見て育った。
物心ついた時から、彼の遊び場は飛行機だった。
彼は、翼を持つものが大空を自在に駆け巡ることに、純粋な憧れを抱いていた。

その憧れは、やがて飛行機を自らの手で作りたいという強い願望へと変わった。
だからこそ、彼はこのプロジェクトに、人生のすべてを賭ける覚悟で臨んでいた。

「十三試大型飛行艇」は、単なる兵器ではない。
それは、日本の技術者の誇りをかけた、巨大な夢の結晶だった。
その夢の第一歩が、いま、静かに始まった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら? 国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…そして終戦工作 分水嶺で下された「if」の決断。 破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦 そしてそこから繋がる新たな近代史へ

米国戦艦大和        太平洋の天使となれ

みにみ
歴史・時代
1945年4月 天一号作戦は作戦の成功見込みが零に等しいとして中止 大和はそのまま柱島沖に係留され8月の終戦を迎える 米国は大和を研究対象として本土に移動 そこで大和の性能に感心するもスクラップ処分することとなる しかし、朝鮮戦争が勃発 大和は合衆国海軍戦艦大和として運用されることとなる

超甲巡 筑波        いざ太平洋へ出撃せん

みにみ
歴史・時代
1942年5月 呉海軍工廠において二隻の艦が建造される ⑤計画において策定されたB65型超甲型巡洋艦 その2艦は筑波、生駒と命名され筑波型大巡として 太平洋を縦横無尽に戦いゆく 未成、計画艦物語第二弾 いざ開幕

防空戦艦大和        太平洋の嵐で舞え

みにみ
歴史・時代
航空主兵論と巨砲主義が対立する1938年。史上最大の46cm主砲と多数の対空火器を併せ持つ戦艦「大和」が建造された。矛盾を抱える艦は、開戦後の航空機による脅威に直面。その真価を問われる時が来る。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

東亜の炎上 1940太平洋戦線

みにみ
歴史・時代
1940年ドイツが快進撃を進める中 日本はドイツと協働し連合国軍に宣戦布告 もしも日本が連合国が最も弱い1940年に参戦していたらのIF架空戦記

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

天正の黒船

KEYちゃん
歴史・時代
幕末、日本人は欧米諸国が日本に来た時の黒船に腰を抜かした。しかしその300年前に日本人は黒船を作っていた。

処理中です...