超甲巡 筑波        いざ太平洋へ出撃せん

みにみ

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ミッドウェーの盾

柱島を発つ

1942年5月28日、夜明け前の柱島泊地は
静寂と、しかし内に秘めたる熱気に包まれていた。
水平線の彼方から、わずかに空が白み始めると、
泊地にひしめき合う鋼鉄の巨艦群のシルエットが、
徐々にその輪郭を浮かび上がらせる。この日、
帝国海軍の命運を賭けた「MI作戦」へ向けて、第一機動部隊が出港するのだ。

「筑波」の艦内では、既に多くの乗組員が配置についていた。
海野信一郎少尉は、砲術科の準備を終え、主砲塔の足元から甲板へと上がった。
冷たく澄んだ空気が、彼の顔を撫でる。
真新しい艦体から発せられる、
金属と油の匂いが混じり合った独特の匂いが、
これから始まる戦いの予感を一層掻き立てた。
艦橋を見上げると、黒島鉄蔵艦長が既に防空指揮所に立って指揮を執っており、
その表情には、嵐の海へ船を出す者の覚悟が刻み込まれているように見えた。

午前四時三〇分、出港を告げる汽笛が
柱島泊地の朝闇を切り裂いた。その音は、
他の艦にも次々と伝播し、やがて泊地全体がけたたましい汽笛の響きに包まれた。
まず動き出したのは、第十戦隊、司令官木村進少将率いる
旗艦「長良」型軽巡洋艦「長良」に率いられた
第四駆逐隊と第十駆逐隊である。第四駆逐隊司令有賀幸作大佐の指揮下にある
陽炎型駆逐艦「嵐」「野分」「萩風」「舞風」が
その軽快な船体を滑らせるように岸壁を離れた。
続いて、第十駆逐隊司令阿部俊雄大佐の指揮する
夕雲型駆逐艦「風雲」「夕雲」「巻雲」、そして
陽炎型駆逐艦「秋雲」が後に続く。白い波を立てながら
小さな艦体が整然と隊列を組み、港の出口へと向かっていく。

「いよいよだ…」

海野の隣に立った松本耕三上等兵曹が、低く呟いた。
その視線は、遠く先行する駆逐艦隊に注がれている。
彼のような歴戦の兵士には
この出港が持つ歴史的な意味が、より深く感じ取れているのだろう。

次いで、巨大なシルエットが港内をゆっくりと動き始めた。
第一航空戦隊、南雲忠一中将が直々に率いる旗艦「赤城」である。
その巨大な飛行甲板には、既に零戦二一型、九九艦爆一一型、九七式艦攻一二型が
計六三機、翼を並べているのが遠目にも見て取れる。
艦尾から立ち上る黒煙が、空を汚す。ゆっくりと、
しかし確実に港の出口へと向きを変えていくその姿は、
まるで洋上の城が動き出したかのようだった。
続いて、「加賀」が動く。こちらも零戦二一型、九九艦爆一一型、九七式艦攻一二型を
合わせて七二機を搭載し、「赤城」に負けない威容を誇る。

「やはり、空母は大きいですね…」

海野は思わず呟いた。それに対し、松本は静かに答えた。

「ああ。だが、でかければでかいほど、脆いもんなんだ」

松本の言葉には、空母の脆弱性
特に航空攻撃を受けた際の危険性を知る者の重みが込められていた。
海野は改めて、自分たちの艦、筑波型の役割の重要性を痛感した。
空母という、攻撃力の根幹でありながら最も脆弱な存在を
自分たちの筑波型がその強靭な装甲と圧倒的な対空火力で守り抜かなければならないのだ。

第二航空戦隊司令官、山口多聞少将率いる
「飛龍」「蒼龍」も、次々と定位置へと動き出した。
「飛龍」は零戦二一型、九九艦爆一一型、九七式艦攻一二型を計六三機
「蒼龍」も零戦二一型、九九艦爆一一型、九七式艦攻一二型に加え
新型の二式艦偵一一型二機を搭載し、合計六五機を甲板に載せていた
四隻の空母が、それぞれの定位置につき
海軍の攻撃力の全てが今、この海に集結しようとしている。

その後方から、重厚なシルエットが動き出す。
第三戦隊第二小隊、先任の榛名艦長高間完大佐が指揮を執る
金剛型戦艦「榛名」「霧島」である。九五式水偵を六機搭載した二隻の高速戦艦は
その巨体に見合わぬ速力を誇り、空母部隊の運動に追随できる唯一の戦艦である。
その存在感は、空母群とは異なる、純粋な武力を象徴していた。

そして、第八戦隊、司令官阿部弘毅少将率いる
「利根」「筑摩」の利根型重巡洋艦も続く。
それぞれ零式三座水偵を六機、九五式水偵を四機搭載し、
長大な航続距離と優れた索敵能力を持つこれらの艦は
機動部隊の「目」としての役割を果たす。

最後に、海野が乗る「筑波」と、姉妹艦「生駒」が
第十戦隊、司令官巻風俊雄少将に率いられて、泊地を離れる番となった
二隻の巨大な巡洋艦は、その全幅27.5mの幅広な船体をゆっくりと滑らせる。
全長240mの船体が、港の出口へと向けられる。

「筑波」の艦橋では、黒島艦長が望遠鏡を覗き込み
艦隊全体の動きを確認していた。彼の横には、巻風少将の姿もある。
この出港は、単なる移動ではない。
それは、来るべきミッドウェーでの決戦へ向けた、壮大な序幕なのだ。

海野は、自艦の巨体が波を切り裂いて進むのを感じながら
他の艦艇を眺めた。先行する駆逐艦の小さな船体が
荒れ始めた外洋の波間に翻弄されているように見える。
その間を縫うように、空母や戦艦、重巡といった巨大な艦が
悠然と、しかし確かな速力で進んでいく。
それぞれの艦が持つ役割と個性、そしてそれらが
有機的に連携することで生まれる巨大な力。
海野は、その壮大な光景に、改めて海軍という組織の凄まじさを感じていた。

「筑波」は、艦隊の中で、異様なほど大きな存在感を放っていた。
31cm三連装砲塔が、朝日を浴びて鈍く光る。
195㎜の舷側装甲は、敵の攻撃を跳ね返す盾となるだろう。
そして、艦の各所に配置された長10cm高角砲や
無数に備え付けられた25粍機関砲が、まるで針鼠の如く空に向けて構えられている
それは、まるで艦隊を守護する巨大な守護神のようだ。

艦隊は、柱島泊地を完全に離れ、波穏やかな瀬戸内海を進み
やがて豊後水道へと入っていく。左右の陸地が次第に遠ざかり
水平線が大きく広がっていく。遠くに見える陸地のシルエットが
日本の国土の最後の名残のように見えた。

「このふねは、何のために造られたんだと思う?」

不意に、松本上等兵曹が海野に問いかけた。海野は、迷わず答えた。

「機動部隊の盾となるためです。山本長官もそうおっしゃいました」

松本は、静かに頷いた。

「そうだ。守るためだ。だがな、守るってことは
 一番厳しい場所に立つってことだ。敵の牙が一番最初に届くところに、だ」

その言葉に、海野は改めて身震いした
この壮大な艦隊が向かう先には、必ず強大な敵が待ち構えている
そして、自分たちが乗る「筑波」は
その敵の攻撃の矛先を、真っ先に受け止めることになるのだ。

艦隊は、外洋へと進み、整然とした隊列を組んだまま
東シナ海へと針路を取った。朝日が海面に反射し
艦体全体がキラキラと輝いている。しかし、その輝きは
来るべき戦いの血と硝煙によって、すぐに薄汚れていくことになるだろう
海野は、ミッドウェーという未知の海戦の地に
自らの運命が導かれていることを静かに受け止めていた
そして、この「筑波」と共に、与えられた使命を全うすることへの決意を

その胸の奥底に深く刻み込んだ。
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