21 / 21
ソロモンの夜叉
ソロモンへ発つ
1942年夏、ミッドウェー沖で繰り広げられた
血で血を洗う死闘から数ヶ月の時が流れていた。
日本海軍は、その航空戦力の多くを失い、痛恨の敗北を喫した。
しかし、同時に、その夜戦能力の高さは、血塗られた勝利として
米海軍の脳裏に深く刻み込まれた。満身創痍の艦隊は
各地の工廠へと帰還し、修理と再編の日々を送っていた。
広島県呉市に位置する呉海軍工廠もまた、昼夜を問わず稼働し
傷ついた艦艇たちを癒やし続けていた。
呉工廠の第四号船渠には、重巡洋艦「筑波」が巨大な船体を横たえていた。
ミッドウェーの夜戦で米駆逐艦からの
五インチ砲弾を四発被弾したその艦体には、生々しい傷跡が刻み込まれていた。
舷側には、砲弾が穿った黒ずんだ穴が残り、一部の構造物は歪み、
焦げ付いた匂いが微かに漂っていた。主砲塔の基部にも、
被弾による擦過痕が見て取れる。しかし、熟練の工員たちの手によって、
その傷は着実に癒やされ、新たな鋼鉄のプレートが張り付けられ、
屈強な骨格を取り戻しつつあった。高圧水で艦底のフジツボが剥がされ、
錆止めが塗られた船体は、再び漆黒の塗装を施され、
あたかも再生を遂げたかのようだった。艦橋内部では、
破壊された通信機器が交換され、配線が張り巡らされ、計器類が再び光を放ち始めていた。
「筑波」の修理期間中、海野信一郎少尉は、
呉にほど近い江田島の海軍兵学校(第一術科学校)の図書室に身を置いていた。
彼の心は、ミッドウェーの夜戦での経験によって、
砲術士官としての探求心に燃え上がっていた。
兵学校での座学だけでは決して得られなかった
「生きた知識」の重要性を痛感した海野は、日夜、弾道計算のさらなる精密化や、
夜間射撃における照準の狂いを極限まで減らす方法論について、
書物を読み漁り、思索を巡らせていた。
彼の傍らには、いつも松本上等兵曹の姿があった。
松本は、階級こそ海野より下ではあったが、
その兵役経験は海野よりもはるかに長く、砲術に関する深い知識と、
数多くの実戦で培われた直感的な能力を持っていた。
彼はまさに「生ける砲術書」とも呼べる存在であり、
海野は彼の教えを貪欲に吸収した。松本は、砲弾の空気抵抗係数から、
風向きの変化が弾着に与える影響、
さらには火薬の温度が初速に与える微妙な作用まで、
教科書には載っていない実践的な知識を、惜しみなく海野に伝授した。
「少尉殿、このわずかな数値の差が、
一万メートル先では数十メートル
あるいはそれ以上のずれを生み出します。
特に夜戦では、一発の命中が勝敗を分ける。
だからこそ、この微細な要素まで突き詰める必要があるのです。」
松本の言葉は、海野の知的好奇心を刺激し、
彼を砲術のさらなる深淵へと誘った。図書室の片隅で繰り広げられる、
師弟にも似た二人のやり取りは、「筑波」が戦場で得た教訓を、
次なる戦いへと繋ぐための重要な時間だった。
海野は、松本の言葉の端々から、ミッドウェーの夜戦で
彼らがなぜあれほどの命中弾を叩き出せたのか、その真髄を理解し始めていた。
それは、単なる技術力だけではない。兵士一人ひとりの練度
そして、どんな状況下でも冷静に判断を下し
正確な指示を出し続ける指揮官の能力
そして何よりも、「必ず当てる」という執念の結晶だった。
数ヶ月後、修理を終えた「筑波」は、再びその威容を現し
呉軍港を後にした。艦橋に立つ海野の胸には、新しい知識と
それに伴う自信が満ち溢れていた。しかし、同時に
あの激しい夜戦で失われた多くの命と、沈んだ艦の記憶は
彼の心に深く刻み込まれていた。彼は、その全ての経験を糧に
次なる戦場へと向かう覚悟を決めていた。
「筑波」が向かったのは、南方の要衝、トラック泊地である。
珊瑚礁に囲まれたこの広大な天然の良港は、
日本海軍の南太平洋における最大の拠点であり、
次なる戦いの前線基地となっていた。トラック泊地の青い海には、
数多くの艦艇が停泊しており、その中には、
先行して進出していた重巡洋艦「生駒」の姿もあった。
「生駒」は、ミッドウェーの夜戦で奇跡的に被弾を免れた僚艦であり
その艦体は無傷で、堂々たる威容を誇っていた。
「筑波」の入港を確認した「生駒」からは、汽笛が鳴り響き
乗組員たちが手を振って歓迎の意を示した。海野もまた
甲板に出て、親友とも呼べる「生駒」の姿を見つめ、安堵の息を漏らした。
この再会は、孤独な戦いを続けてきた彼らにとって、何よりも心強いものだった。
トラック泊地で合流した「筑波」と「生駒」は
ここに新たな編制となる第十五戦隊を名乗ることになった。
互いに31センチ砲を主砲とする双璧の重巡洋艦として
彼らは南太平洋の戦場で、日本海軍の新たな盾となるべく、その使命を帯びることになった。
しかし、南太平洋の戦況は、決して楽観できるものではなかった。
ガダルカナル島を巡る日米両軍の激しい争奪戦が始まっており、
それは既に泥沼の様相を呈していた。米軍は、ガダルカナル島に
ヘンダーソン飛行場を建設し、そこから発進する航空機が、
日本軍の補給線と増援部隊を脅かしていた。日本海軍は、
ガダルカナル島への輸送路を確保するため、そして米軍の航空基地を叩くため、
水上艦隊による夜間強行輸送や、飛行場への攻撃を繰り返していた。
それは、航空優勢を失った日本海軍にとって、唯一の活路とも言える戦術だった。
海野は、「筑波」艦上から、熱帯の太陽が降り注ぐ
トラック泊地の光景を眺めていた。青い海、椰子の木が揺れる島々。
その美しい風景とは裏腹に、この南の海が、
これから繰り広げられる血戦の舞台となることを、彼は直感していた。
彼の胸には、ミッドウェーでの経験と、江田島での学び
そして「生駒」という頼れる僚艦の存在が、確かな自信を与えていた。
しかし、同時に、ソロモン方面の戦況が、いかに苛烈なものになるかという予感も、
彼の心を支配していた。これから彼らが身を投じる戦いは、
ミッドウェーのような短時間の航空戦だけでは終わらない、
長期にわたる消耗戦となるだろう。それは、まさに「ソロモンの夜叉」が、
彼らを待ち受けているかのような、不気味な予感だった。
血で血を洗う死闘から数ヶ月の時が流れていた。
日本海軍は、その航空戦力の多くを失い、痛恨の敗北を喫した。
しかし、同時に、その夜戦能力の高さは、血塗られた勝利として
米海軍の脳裏に深く刻み込まれた。満身創痍の艦隊は
各地の工廠へと帰還し、修理と再編の日々を送っていた。
広島県呉市に位置する呉海軍工廠もまた、昼夜を問わず稼働し
傷ついた艦艇たちを癒やし続けていた。
呉工廠の第四号船渠には、重巡洋艦「筑波」が巨大な船体を横たえていた。
ミッドウェーの夜戦で米駆逐艦からの
五インチ砲弾を四発被弾したその艦体には、生々しい傷跡が刻み込まれていた。
舷側には、砲弾が穿った黒ずんだ穴が残り、一部の構造物は歪み、
焦げ付いた匂いが微かに漂っていた。主砲塔の基部にも、
被弾による擦過痕が見て取れる。しかし、熟練の工員たちの手によって、
その傷は着実に癒やされ、新たな鋼鉄のプレートが張り付けられ、
屈強な骨格を取り戻しつつあった。高圧水で艦底のフジツボが剥がされ、
錆止めが塗られた船体は、再び漆黒の塗装を施され、
あたかも再生を遂げたかのようだった。艦橋内部では、
破壊された通信機器が交換され、配線が張り巡らされ、計器類が再び光を放ち始めていた。
「筑波」の修理期間中、海野信一郎少尉は、
呉にほど近い江田島の海軍兵学校(第一術科学校)の図書室に身を置いていた。
彼の心は、ミッドウェーの夜戦での経験によって、
砲術士官としての探求心に燃え上がっていた。
兵学校での座学だけでは決して得られなかった
「生きた知識」の重要性を痛感した海野は、日夜、弾道計算のさらなる精密化や、
夜間射撃における照準の狂いを極限まで減らす方法論について、
書物を読み漁り、思索を巡らせていた。
彼の傍らには、いつも松本上等兵曹の姿があった。
松本は、階級こそ海野より下ではあったが、
その兵役経験は海野よりもはるかに長く、砲術に関する深い知識と、
数多くの実戦で培われた直感的な能力を持っていた。
彼はまさに「生ける砲術書」とも呼べる存在であり、
海野は彼の教えを貪欲に吸収した。松本は、砲弾の空気抵抗係数から、
風向きの変化が弾着に与える影響、
さらには火薬の温度が初速に与える微妙な作用まで、
教科書には載っていない実践的な知識を、惜しみなく海野に伝授した。
「少尉殿、このわずかな数値の差が、
一万メートル先では数十メートル
あるいはそれ以上のずれを生み出します。
特に夜戦では、一発の命中が勝敗を分ける。
だからこそ、この微細な要素まで突き詰める必要があるのです。」
松本の言葉は、海野の知的好奇心を刺激し、
彼を砲術のさらなる深淵へと誘った。図書室の片隅で繰り広げられる、
師弟にも似た二人のやり取りは、「筑波」が戦場で得た教訓を、
次なる戦いへと繋ぐための重要な時間だった。
海野は、松本の言葉の端々から、ミッドウェーの夜戦で
彼らがなぜあれほどの命中弾を叩き出せたのか、その真髄を理解し始めていた。
それは、単なる技術力だけではない。兵士一人ひとりの練度
そして、どんな状況下でも冷静に判断を下し
正確な指示を出し続ける指揮官の能力
そして何よりも、「必ず当てる」という執念の結晶だった。
数ヶ月後、修理を終えた「筑波」は、再びその威容を現し
呉軍港を後にした。艦橋に立つ海野の胸には、新しい知識と
それに伴う自信が満ち溢れていた。しかし、同時に
あの激しい夜戦で失われた多くの命と、沈んだ艦の記憶は
彼の心に深く刻み込まれていた。彼は、その全ての経験を糧に
次なる戦場へと向かう覚悟を決めていた。
「筑波」が向かったのは、南方の要衝、トラック泊地である。
珊瑚礁に囲まれたこの広大な天然の良港は、
日本海軍の南太平洋における最大の拠点であり、
次なる戦いの前線基地となっていた。トラック泊地の青い海には、
数多くの艦艇が停泊しており、その中には、
先行して進出していた重巡洋艦「生駒」の姿もあった。
「生駒」は、ミッドウェーの夜戦で奇跡的に被弾を免れた僚艦であり
その艦体は無傷で、堂々たる威容を誇っていた。
「筑波」の入港を確認した「生駒」からは、汽笛が鳴り響き
乗組員たちが手を振って歓迎の意を示した。海野もまた
甲板に出て、親友とも呼べる「生駒」の姿を見つめ、安堵の息を漏らした。
この再会は、孤独な戦いを続けてきた彼らにとって、何よりも心強いものだった。
トラック泊地で合流した「筑波」と「生駒」は
ここに新たな編制となる第十五戦隊を名乗ることになった。
互いに31センチ砲を主砲とする双璧の重巡洋艦として
彼らは南太平洋の戦場で、日本海軍の新たな盾となるべく、その使命を帯びることになった。
しかし、南太平洋の戦況は、決して楽観できるものではなかった。
ガダルカナル島を巡る日米両軍の激しい争奪戦が始まっており、
それは既に泥沼の様相を呈していた。米軍は、ガダルカナル島に
ヘンダーソン飛行場を建設し、そこから発進する航空機が、
日本軍の補給線と増援部隊を脅かしていた。日本海軍は、
ガダルカナル島への輸送路を確保するため、そして米軍の航空基地を叩くため、
水上艦隊による夜間強行輸送や、飛行場への攻撃を繰り返していた。
それは、航空優勢を失った日本海軍にとって、唯一の活路とも言える戦術だった。
海野は、「筑波」艦上から、熱帯の太陽が降り注ぐ
トラック泊地の光景を眺めていた。青い海、椰子の木が揺れる島々。
その美しい風景とは裏腹に、この南の海が、
これから繰り広げられる血戦の舞台となることを、彼は直感していた。
彼の胸には、ミッドウェーでの経験と、江田島での学び
そして「生駒」という頼れる僚艦の存在が、確かな自信を与えていた。
しかし、同時に、ソロモン方面の戦況が、いかに苛烈なものになるかという予感も、
彼の心を支配していた。これから彼らが身を投じる戦いは、
ミッドウェーのような短時間の航空戦だけでは終わらない、
長期にわたる消耗戦となるだろう。それは、まさに「ソロモンの夜叉」が、
彼らを待ち受けているかのような、不気味な予感だった。
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
If太平洋戦争 日本が懸命な判断をしていたら
みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら?
国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。
真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…そして終戦工作 分水嶺で下された「if」の決断。
破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦
そしてそこから繋がる新たな近代史へ
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
御稜威の光 =天地に響け、無辜の咆吼=
エトーのねこ(略称:えねこ)
歴史・時代
そこにある列強は、もはや列強ではなかった。大日本帝国という王道国家のみが覇権国など鼻で笑う王道を敷く形で存在し、多くの白人種はその罪を問われ、この世から放逐された。
いわゆる、「日月神判」である。
結果的にドイツ第三帝国やイタリア王国といった諸同盟国家――すなわち枢軸国欧州本部――の全てが、大日本帝国が戦勝国となる前に降伏してしまったから起きたことであるが、それは結果的に大日本帝国による平和――それはすなわち読者世界における偽りの差別撤廃ではなく、人種等の差別が本当に存在しない世界といえた――へ、すなわち白人種を断罪して世界を作り直す、否、世界を作り始める作業を完遂するために必須の条件であったと言える。
そして、大日本帝国はその作業を、決して覇権国などという驕慢な概念ではなく、王道を敷き、楽園を作り、五族協和の理念の元、本当に金城湯池をこの世に出現させるための、すなわち義務として行った。無論、その最大の障害は白人種と、それを支援していた亜細亜の裏切り者共であったが、それはもはや亡い。
人類史最大の総決算が終結した今、大日本帝国を筆頭国家とした金城湯池の遊星は遂に、その端緒に立った。
本日は、その「総決算」を大日本帝国が如何にして完遂し、諸民族に平和を振る舞ったかを記述したいと思う。
城闕崇華研究所所長
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
装甲航空母艦信濃 南東の海へといざ参らん
みにみ
歴史・時代
大和型戦艦 それは日本海軍の戦艦設計の粋を集めた
世界最大最強の超弩級戦艦 しかし搭載する46cm三連装砲も
410mmの舷側装甲も航空主兵のこの時代にはすでに時代遅れのものとなっていた
そこにミッドウェー海戦での主力空母 一航戦 赤城、加賀 二航戦 飛龍、蒼龍の喪失
ほぼ完成していた武蔵はそのまま戦艦として完成させるが
船体のみ完成できた仮称110号艦 かの艦をどうするか
上層部が下した判断は空母化改装だった 大和型譲りの装甲を持つ
110号艦改め航空母艦信濃 その巨体が太平洋の海へと滑り出した
毎日朝7時更新 ゆっくり見ていってね!