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芙蓉部隊
ZERO
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それは、いつもと変わらない
しかし決して「普通」ではなかった一日の始まりだった。
沖縄の空は、この数週間ずっとそうであったように、
鉛色に重く垂れこめ、湿った空気が肌にまとわりつく。
章甫は、慣れた手つきで飛行服のボタンを留めながら、
昨夜からの疲労が抜けきらない身体に鞭打った。
格納庫へ向かう足取りは重い。だが、彼の零戦が待っている。
あの美しい機体と一体となる瞬間だけが、この地獄のような日々の中で
彼が唯一集中できる時間だった。
今日の任務は、新たに沖縄へ向かう特攻隊の直掩。
彼らの散っていく様を間近に見届け、敵の迎撃機を排除する。
特攻隊員たちは、死を覚悟した清々しい顔をしている。
しかし、その覚悟の裏に隠された恐怖を、章甫は知っていた。
そして、その特攻隊を援護し、自分たちは生き残らねばならないという
矛盾した任務の重圧が、常に章甫の心を締め付けていた。
格納庫の奥、吉田一曹が、章甫の零戦五二型丙の最終点検を行っていた。
その機体は、何度も激戦を潜り抜け、無数の弾痕を補修されてきた。
それでも、吉田一曹の手によって、いつも完璧な状態に保たれている。
「中尉殿、準備万端であります!」
吉田一曹の、いつもの明るい声が響く。だが、その瞳の奥には
章甫が気づかないほどの、かすかな疲労と諦めが滲んでいるように見えた。
章甫は何も言わず、ただ強く頷いた。信頼する整備員との、言葉によらない約束だった。
コックピットに滑り込む。狭い空間が、章甫を包み込む。
計器盤の無数の針、スイッチ、そして目の前の照準器。全てが彼の命運を握っている。
栄エンジンが唸りを上げ、プロペラが勢いよく回り出すと
機体全体が微かに振動する。この鼓動が、彼の命の鼓動と重なるようだった。
滑走路へ向かう章甫の零戦の横を
この日の特攻機である九九式双軽爆撃機が重々しく滑っていく。
その機体には、日の丸が鮮やかに描かれ、爆弾がしっかりと懸吊されている。
章甫は、彼らの後ろ姿に、無言で敬礼を送った。
高度3000メートル。雲海の上は、冷たく澄んだ空気が広がる。
章甫は編隊の先頭に立ち、周囲を警戒した。特攻隊が敵艦隊へ突入するまでの間
彼らの安全を確保するのが、章甫たちの使命だった。
無線から、緊張した声が途切れることなく聞こえてくる。
「敵機影多数!」「右翼より接近中!」
その瞬間、章甫の視界に、漆黒の点々が飛び込んできた。
米軍の迎撃機、グラマンF6Fヘルキャットの編隊だ。
章甫は、瞬時に数を把握する。七機。章甫たちの直掩隊は三機。
圧倒的な数的不利。しかし、退路はない。
「全機、迎撃用意!特攻隊を守れ!」
章甫の鋭い声が、無線を通じて仲間に届く。
章甫は、操縦桿を握る手に力を込めた。
彼の手は、もはや零戦の一部となっていた。
エンジン音に全ての神経を集中させ、わずかな機体の振動
風の抵抗、そして敵機の動きを五感で捉える。
米軍機が、朝日を背にして急降下してくる。
章甫は、間髪入れずに機体を左に傾け、急旋回で敵の攻撃をかわした。
その瞬間、彼のいた場所に、敵機の機銃掃射が炸裂する。
「くそっ!」
章甫は、舌打ちしながら、背後についたヘルキャットのパイロットの顔を
一瞬、照準器の中に捉えた。容赦なく二十ミリ機関砲を放つ。
轟音と共に、灼熱の弾丸が敵機に吸い込まれる。
敵機は黒煙を吹き上げ、体制を崩したが、それでも墜落はしない。
頑丈なヘルキャットの生命力は、日本の零戦の比ではなかった。
章甫は、さらに深くバンクさせ、敵機の背後へと回り込む。
だが、多勢に無勢。別のヘルキャットが、まるで連携を取っているかのように
章甫の零戦を左右から挟み込もうとしてきた。
章甫は、二機のヘルキャットの間を、紙一重の操縦ですり抜ける。
機体が軋み、風を切る音が悲鳴のように響いた。
「旗風中尉!右翼被弾!」
僚機からの悲痛な叫びが無線に届く。章甫は一瞬
右翼に視線を向けた。確かに、主翼に大きな穴が開き
白い煙が尾を引いていた。燃料タンクへの被弾は免れたようだが
機体性能に影響が出るのは必至だった。
章甫は、冷静さを失わなかった。エースパイロットとしての経験が
彼の身体に染み付いていた。彼は、零戦の弱点と長所を熟知していた。
低速での旋回性能、そして急降下からの急上昇。
彼は、米軍機が決して真似できない、零戦ならではのトリッキーな動きで
敵の追撃を振り切ろうと試みた。
彼は、急降下からの急上昇で、敵機を誘い込み
得意のゼロ・スピードでの旋回で、背後を取ろうとする。
だが、ヘルキャットのパイロットも熟練だった。
彼らは章甫の動きを読み、連携を崩さない。
「くそっ」
コックピットの計器盤に視線を落とす。
先ほどの被弾が燃料タンクだったのか
右翼燃料残量がみるみる減り尽きかけている。
そして、20ミリ機関砲の弾数は、とっくにゼロになっていた。
頼りになるのは、13ミリ機銃だけだ。その残弾数も、残り数十発を示す表示が点滅していた。
「このままでは…!」
焦りが章甫の胸をよぎる。
彼は特攻隊が敵艦隊に接近しているのを確認していた。
何としてでも、この敵機を退けなければならない。章甫は、最後の賭けに出た。
彼は、敢えて敵機へ向かって機体を傾け、そのまま急降下を始めた。
ヘルキャットのパイロットは、章甫が特攻を仕掛けてきたと判断したのか
一瞬、回避行動を取った。その隙を、章甫は見逃さなかった。
彼は、急降下の勢いをそのままに、機体を反転させ
最も接近していたヘルキャットの腹部へと機首を向けた。
最後の13ミリ機銃を、残弾の全てを込めて掃射する。
ダダダダッ!という乾いた音が、章甫の耳にこだました。
敵機が被弾し、爆発を起こした。黒煙が視界を覆い
章甫は咄嗟に操縦桿を引いて機体を持ち上げた。
だが、安堵は一瞬だった。視界を遮られた章甫の零戦に
死角からもう一機のヘルキャットが猛然と突っ込んできた
強烈な衝撃が、機体全体を襲う。ガシャアアアアアン!
という耳を劈く金属音が響き渡り、コックピットにまで衝撃が伝わった。
「うっそだろオイ」
章甫の身体が、シートに激しく叩きつけられる。
視界が真っ白になり、意識が遠のきかけた。頭に鈍い痛みが走る。
それでも、彼は必死に意識を保とうとした。計器盤に目をやると
全ての針がゼロを指し、警告灯が激しく点滅している
エンジンの回転数が異常な数値を示し、不気味な音を立てていた。
操縦桿は、もはや章甫の意思に応えない。まるで死んだかのように重く、動かない。
機体が、まるで木の葉のように空中で舞う。操縦不能。
「くそ…!」
章甫は、血の滲んだ唇を噛み締め、怒りと絶望の入り混じった声を上げた。
視界の端に、特攻隊の機影が見えた。
彼らは、もう敵艦隊の目と鼻の先まで迫っている。
章甫は、彼らを守りきれなかった自責の念に駆られた。
死を覚悟した章甫だったが、彼の身体は
無意識のうちに最悪の事態から脱しようと反応していた。
彼は、損傷した機体を何とか立て直し、基地へと向けて無理やり針路を取った。
燃料は基地に帰れるギリギリ。
被弾を繰り返した機体は、今にも空中分解しそうなほど軋みを上げている。
それでも、章甫は諦めなかった。
生きて帰るという予科練時代からの誓いが、彼の命を繋ぎ止めていた。
奇跡的に、いや、章甫の執念が呼び寄せたのか、
辛くも彼は基地の滑走路へと辿り着いた。着陸脚は損傷し
機体は激しい衝撃と共に地面を滑るように進んだ
砂埃を巻き上げながら、零戦はついに停止した。
しかし、その零戦は、見るも無残な姿だった。
主翼は原型を留めないほどに大きく損傷し、機体全体に無数の弾痕が穿たれ
尾翼の一部は吹き飛んでいた。エンジンからは
まだ煙が立ち上り、油と焦げ付いた金属の匂いが辺りに充満している。
吉田一曹が、血相を変えて駆け寄ってきた。
「中尉殿!ご無事で!」
章甫は、コックピットから身を起こし
かろうじて返事をする。吉田一曹が差し伸べた手を借りて
章甫はかろうじて機体から降り立った。よろめく章甫の隣で
吉田一曹が痛ましげに零戦を見上げる。
「この子も、よく耐えました…」
彼の言葉には、ねぎらいと、そして深い悲しみが込められていた。
章甫も、その零戦を見上げた。愛機。幾度となく彼の命を守り
共に空を駆け抜けた相棒。だが、その姿は
もはや二度と空を飛べないことを告げていた。
精鋭部隊の芙蓉部隊にすら部品の予備はない。修理は不可能。
基地の格納庫には、もはや彼の乗るべき零戦は残されていなかった。
章甫は、自分の愛機だけでなく
零戦という存在そのものを失ってしまったような感覚に陥った。
精鋭部隊の一員でありながら、搭乗機を失い、
戦線から離脱せざるを得なくなった章甫の心には、深い虚無感が広がった。
彼は、このまま、零戦に乗れずに終わるのか?
エースパイロットとしての彼の誇りは、この瞬間に砕け散った。
空を飛ぶことだけが、彼の全てだったのに。その全てが、今
彼の手からこぼれ落ちていく。絶望が、冷たい泥のように章甫の心をゆっくりと
しかし確実に覆い尽くしていくのだった。
しかし決して「普通」ではなかった一日の始まりだった。
沖縄の空は、この数週間ずっとそうであったように、
鉛色に重く垂れこめ、湿った空気が肌にまとわりつく。
章甫は、慣れた手つきで飛行服のボタンを留めながら、
昨夜からの疲労が抜けきらない身体に鞭打った。
格納庫へ向かう足取りは重い。だが、彼の零戦が待っている。
あの美しい機体と一体となる瞬間だけが、この地獄のような日々の中で
彼が唯一集中できる時間だった。
今日の任務は、新たに沖縄へ向かう特攻隊の直掩。
彼らの散っていく様を間近に見届け、敵の迎撃機を排除する。
特攻隊員たちは、死を覚悟した清々しい顔をしている。
しかし、その覚悟の裏に隠された恐怖を、章甫は知っていた。
そして、その特攻隊を援護し、自分たちは生き残らねばならないという
矛盾した任務の重圧が、常に章甫の心を締め付けていた。
格納庫の奥、吉田一曹が、章甫の零戦五二型丙の最終点検を行っていた。
その機体は、何度も激戦を潜り抜け、無数の弾痕を補修されてきた。
それでも、吉田一曹の手によって、いつも完璧な状態に保たれている。
「中尉殿、準備万端であります!」
吉田一曹の、いつもの明るい声が響く。だが、その瞳の奥には
章甫が気づかないほどの、かすかな疲労と諦めが滲んでいるように見えた。
章甫は何も言わず、ただ強く頷いた。信頼する整備員との、言葉によらない約束だった。
コックピットに滑り込む。狭い空間が、章甫を包み込む。
計器盤の無数の針、スイッチ、そして目の前の照準器。全てが彼の命運を握っている。
栄エンジンが唸りを上げ、プロペラが勢いよく回り出すと
機体全体が微かに振動する。この鼓動が、彼の命の鼓動と重なるようだった。
滑走路へ向かう章甫の零戦の横を
この日の特攻機である九九式双軽爆撃機が重々しく滑っていく。
その機体には、日の丸が鮮やかに描かれ、爆弾がしっかりと懸吊されている。
章甫は、彼らの後ろ姿に、無言で敬礼を送った。
高度3000メートル。雲海の上は、冷たく澄んだ空気が広がる。
章甫は編隊の先頭に立ち、周囲を警戒した。特攻隊が敵艦隊へ突入するまでの間
彼らの安全を確保するのが、章甫たちの使命だった。
無線から、緊張した声が途切れることなく聞こえてくる。
「敵機影多数!」「右翼より接近中!」
その瞬間、章甫の視界に、漆黒の点々が飛び込んできた。
米軍の迎撃機、グラマンF6Fヘルキャットの編隊だ。
章甫は、瞬時に数を把握する。七機。章甫たちの直掩隊は三機。
圧倒的な数的不利。しかし、退路はない。
「全機、迎撃用意!特攻隊を守れ!」
章甫の鋭い声が、無線を通じて仲間に届く。
章甫は、操縦桿を握る手に力を込めた。
彼の手は、もはや零戦の一部となっていた。
エンジン音に全ての神経を集中させ、わずかな機体の振動
風の抵抗、そして敵機の動きを五感で捉える。
米軍機が、朝日を背にして急降下してくる。
章甫は、間髪入れずに機体を左に傾け、急旋回で敵の攻撃をかわした。
その瞬間、彼のいた場所に、敵機の機銃掃射が炸裂する。
「くそっ!」
章甫は、舌打ちしながら、背後についたヘルキャットのパイロットの顔を
一瞬、照準器の中に捉えた。容赦なく二十ミリ機関砲を放つ。
轟音と共に、灼熱の弾丸が敵機に吸い込まれる。
敵機は黒煙を吹き上げ、体制を崩したが、それでも墜落はしない。
頑丈なヘルキャットの生命力は、日本の零戦の比ではなかった。
章甫は、さらに深くバンクさせ、敵機の背後へと回り込む。
だが、多勢に無勢。別のヘルキャットが、まるで連携を取っているかのように
章甫の零戦を左右から挟み込もうとしてきた。
章甫は、二機のヘルキャットの間を、紙一重の操縦ですり抜ける。
機体が軋み、風を切る音が悲鳴のように響いた。
「旗風中尉!右翼被弾!」
僚機からの悲痛な叫びが無線に届く。章甫は一瞬
右翼に視線を向けた。確かに、主翼に大きな穴が開き
白い煙が尾を引いていた。燃料タンクへの被弾は免れたようだが
機体性能に影響が出るのは必至だった。
章甫は、冷静さを失わなかった。エースパイロットとしての経験が
彼の身体に染み付いていた。彼は、零戦の弱点と長所を熟知していた。
低速での旋回性能、そして急降下からの急上昇。
彼は、米軍機が決して真似できない、零戦ならではのトリッキーな動きで
敵の追撃を振り切ろうと試みた。
彼は、急降下からの急上昇で、敵機を誘い込み
得意のゼロ・スピードでの旋回で、背後を取ろうとする。
だが、ヘルキャットのパイロットも熟練だった。
彼らは章甫の動きを読み、連携を崩さない。
「くそっ」
コックピットの計器盤に視線を落とす。
先ほどの被弾が燃料タンクだったのか
右翼燃料残量がみるみる減り尽きかけている。
そして、20ミリ機関砲の弾数は、とっくにゼロになっていた。
頼りになるのは、13ミリ機銃だけだ。その残弾数も、残り数十発を示す表示が点滅していた。
「このままでは…!」
焦りが章甫の胸をよぎる。
彼は特攻隊が敵艦隊に接近しているのを確認していた。
何としてでも、この敵機を退けなければならない。章甫は、最後の賭けに出た。
彼は、敢えて敵機へ向かって機体を傾け、そのまま急降下を始めた。
ヘルキャットのパイロットは、章甫が特攻を仕掛けてきたと判断したのか
一瞬、回避行動を取った。その隙を、章甫は見逃さなかった。
彼は、急降下の勢いをそのままに、機体を反転させ
最も接近していたヘルキャットの腹部へと機首を向けた。
最後の13ミリ機銃を、残弾の全てを込めて掃射する。
ダダダダッ!という乾いた音が、章甫の耳にこだました。
敵機が被弾し、爆発を起こした。黒煙が視界を覆い
章甫は咄嗟に操縦桿を引いて機体を持ち上げた。
だが、安堵は一瞬だった。視界を遮られた章甫の零戦に
死角からもう一機のヘルキャットが猛然と突っ込んできた
強烈な衝撃が、機体全体を襲う。ガシャアアアアアン!
という耳を劈く金属音が響き渡り、コックピットにまで衝撃が伝わった。
「うっそだろオイ」
章甫の身体が、シートに激しく叩きつけられる。
視界が真っ白になり、意識が遠のきかけた。頭に鈍い痛みが走る。
それでも、彼は必死に意識を保とうとした。計器盤に目をやると
全ての針がゼロを指し、警告灯が激しく点滅している
エンジンの回転数が異常な数値を示し、不気味な音を立てていた。
操縦桿は、もはや章甫の意思に応えない。まるで死んだかのように重く、動かない。
機体が、まるで木の葉のように空中で舞う。操縦不能。
「くそ…!」
章甫は、血の滲んだ唇を噛み締め、怒りと絶望の入り混じった声を上げた。
視界の端に、特攻隊の機影が見えた。
彼らは、もう敵艦隊の目と鼻の先まで迫っている。
章甫は、彼らを守りきれなかった自責の念に駆られた。
死を覚悟した章甫だったが、彼の身体は
無意識のうちに最悪の事態から脱しようと反応していた。
彼は、損傷した機体を何とか立て直し、基地へと向けて無理やり針路を取った。
燃料は基地に帰れるギリギリ。
被弾を繰り返した機体は、今にも空中分解しそうなほど軋みを上げている。
それでも、章甫は諦めなかった。
生きて帰るという予科練時代からの誓いが、彼の命を繋ぎ止めていた。
奇跡的に、いや、章甫の執念が呼び寄せたのか、
辛くも彼は基地の滑走路へと辿り着いた。着陸脚は損傷し
機体は激しい衝撃と共に地面を滑るように進んだ
砂埃を巻き上げながら、零戦はついに停止した。
しかし、その零戦は、見るも無残な姿だった。
主翼は原型を留めないほどに大きく損傷し、機体全体に無数の弾痕が穿たれ
尾翼の一部は吹き飛んでいた。エンジンからは
まだ煙が立ち上り、油と焦げ付いた金属の匂いが辺りに充満している。
吉田一曹が、血相を変えて駆け寄ってきた。
「中尉殿!ご無事で!」
章甫は、コックピットから身を起こし
かろうじて返事をする。吉田一曹が差し伸べた手を借りて
章甫はかろうじて機体から降り立った。よろめく章甫の隣で
吉田一曹が痛ましげに零戦を見上げる。
「この子も、よく耐えました…」
彼の言葉には、ねぎらいと、そして深い悲しみが込められていた。
章甫も、その零戦を見上げた。愛機。幾度となく彼の命を守り
共に空を駆け抜けた相棒。だが、その姿は
もはや二度と空を飛べないことを告げていた。
精鋭部隊の芙蓉部隊にすら部品の予備はない。修理は不可能。
基地の格納庫には、もはや彼の乗るべき零戦は残されていなかった。
章甫は、自分の愛機だけでなく
零戦という存在そのものを失ってしまったような感覚に陥った。
精鋭部隊の一員でありながら、搭乗機を失い、
戦線から離脱せざるを得なくなった章甫の心には、深い虚無感が広がった。
彼は、このまま、零戦に乗れずに終わるのか?
エースパイロットとしての彼の誇りは、この瞬間に砕け散った。
空を飛ぶことだけが、彼の全てだったのに。その全てが、今
彼の手からこぼれ落ちていく。絶望が、冷たい泥のように章甫の心をゆっくりと
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