後悔の一球

周良メイ

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第一話『あの場所から離れた少年の、いま』

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 同じ世代の選手には負けないと、俺はずっとそう思っていた。
 けれど、突如現れた無名の選手に俺は負けた。
 中学三年の夏、中学最後となる夏季全国中学校体育大会――いわゆる全中のその一回戦。
 優勝候補筆頭だった俺は、別におごっていた訳でも無ければ、怪我をしていた訳でもなく。殆ど万全の状態で挑み…………そして、負けた。
 あれ以来、俺はラケットを握らなくなり、中学卒業してそのまま近場の高校に進学した。もちろん部活にも所属していない。五月に入った今も、帰宅部のまま何も無い退屈な日々を送っている。
 もちろん俺がやっていたソフトテニスもこの高校には部活として存在するのだが、俺は見学にすら行っていない。
 帰宅時間となった今、校庭の横に併設された人工芝のコートには練習風景が映っていて。
 俺はそれを玄関から眺めていると。
「ねえ、紘無。本当にいいの?」
 俺を呼ぶ声が、俺の背後から聞こえてくる。
 その声の主が誰だか見るまでもなくわかっていたので、視線をコートに向けたまま訊ね返す。
「いいのって、何が?」
「そんなに気になるのなら、またソフトテニスやればいいじゃん!」
 その声でようやく俺は、その人物と視線を合わせた。
 琥珀色に輝く大きな瞳でこちらを見上げ、微かに笑みをつくっている唇は薄い桃色。茶色に染められた少し長めのサイドテールは左肩から垂れ下がっている。
 客観的に見ても容姿の優れている彼女の名前は、森沢泉。
 高校入学を機に黒色だった髪を茶色に染めたのは、彼女もまた進学と共にソフトテニスを辞めたからだ。
「お前こそ、辞める必要は無かっただろ? 最後の大会は北信越まで行ったし、県選抜に選ばれていたお前なら、どこからか推薦も来ていただろうに」
 全国という舞台には立てなかったものの、確かに彼女には実力があった。
 中学から始めたのに北信越まで行っただけでも十分に実力があるし、選抜でも結果は芳しくなかったとはいえ、彼女はしっかりと県外の選手を相手に勝利を納めている。全国の猛者と渡り合えるだけの実力は確かにあるのだ。
 けれど泉は、首を横に振りそれを否定する。
「そんな、確かに推薦は来ていたけど、私は全然だよ。元々体力もそんなにある方じゃなかったし。それに……」
「それに?」
 顔を伏せ少し寂しそうな表情をする泉に訊ね返すが、
「うんうん、何でもない。気にしないで!」
 彼女は手と顔をブンブンと横に振るだけで、何も言わなかった。
 そしてしばらくすると、俺のことについての話へと戻される。
「私のことよりも紘無の事だよ。確かに去年の全中は残念だったけどさあ、その前の全中では…………って、ちょっと、どこに行くの⁉︎」
「どこって、帰るんだよ」
 言いながら俺は、校門に向かって歩き始めた。それは話の続きを聞きたくないという俺の、明らかな拒絶。
 部活に入らないの? という話は以前からも泉にされていたが、あの時の話が出たのは初めてのことだった。
 去年の夏、苦い思い出となった悪夢のような悲劇を、二度と思い出したくないと俺自身が拒絶する。
 ファイナルゲームに縺れ込み、長いデュース合戦の末、最後に俺の打ったボールは、白帯を越えることなく自分のコートへと返ってきた。
 その瞬間、大歓声が巻き起こり――
「ははっ、全く何を思い出してんだよ、俺は」
 後ろを追いかけてくる泉に聞こえないほどの声音で、俺は独り言ちる。
 それは既に終わったことなのだ。
 幾ら思い出したところで未来は変わらないし、再び俺がコートに立つことは…………もう、ない。
 あの時のことを思い出すたび、右指が微かに震える。指先は今も震えており、俺は力強く握り締めた。
「あっ、じゃあさ」
 俺に追いついて隣に並んだ泉は、顔を覗き込んできて言葉を紡いだ。
「硬式テニス部はどう? 確かうちの高校って、ソフトテニスだけじゃなくて、硬式テニスもあったんじゃなかったっけ?」
 言われてみればそうだが、次いでに言うと執拗に勧誘もされたが、俺はそもそも部活に入るつもりがない。
「既に断ってるし、そもそも入ったところで俺が硬式テニスできるとは限らないだろ?」
「ん~、そんなこと無いと思うけど……」
「お前こそ、いつまでも俺について来ないで、そろそろ部活に入ったらどうなんだ? ペア―組んでた山吹が同じ高校にいるんだ。やってもいいんじゃないか? まあ、俺の言えたことじゃないが」
「……まあ、確かにそうなんだけど」
 山吹と言うのは、俺と泉と同じ成上(なるかみ)中学出身で同じソフトテニス部だった生徒だ。そして泉と3年間ダブルスのペアーを組んでいた、穏和な雰囲気を常に漂わせているマイペースではあるが、それは自分の事に関してだけであり、人の気持ちをよく理解できる生徒だったというのが俺の彼女に対する見解である。
「ほら、れんれんは実力あったじゃん。きっとシングルスでプレーした方が、結果は残せると思わない?」
「そうか? でもあいつは、あまり積極的なプレーをするタイプじゃなかっただろ?」
 実際、俺と山吹はジュニアの時から同じチームだったので、山吹がどのようなプレーをするのかは泉よりも付き合いが長いだけよくわかってる。
 だがそれは、泉もわかっていることなのでわざわざ口に出さなくてもいいことだろう。
 代わりに俺は別のことを口にした。
「そう言えばお前は、結構積極的だったよな」
「えぇっ⁉︎」
「ん? どうした?」
 突然、大きな声を出しながら顔を赤くする泉と視線を合わせながら、俺は首を傾げて訊ねた。彼女の様子からして何かを誤解していると察した俺は、
「先に言っとくが、プレーの話だぞ。ポーチも積極的に出てたのが印象的だったからな」
 と、言葉足らずだったところを補う。
 すると、あーそっちか、と囁くような小さい声が聞こえてきたので、泉はやっぱり何らかの勘違いをしていたのだろう。
「確かにねー。実際、試合でもちゃんと出来てたし問題はなかったんだけど、やっぱりれんれんが、私のお手本としていてくれたのが大きいのかなって今でもそう思うよ」
 山吹はジュニアの時は前衛だったが、中学になってからは後衛になり、そして今隣にいる泉とペアーを組んでいた。
 部活が休みの日とかも近場のテニスコートに練習しに行っていたらしいが、それだけ仲が良いのなら高校でも一緒にやればいいんじゃないか? とやはり俺は思う。けれど、俺がそれをしつこく言うことはできない。それを言う資格はもう俺には無いと、俺自身が一番わかっているから。
「……そうか。まあ、お前が入らないって言うのなら、俺からは何も言えないしな。それにどこの部活に入るかも」
 それからは暫く沈黙が流れ、2人横に並び歩いてはいるが、どちからからも声が上がることはなかった。そのまま同じ道を、歩調を揃えて歩いて行く。
 やがて二俣に分かれる道に差し掛かり、ここで俺たちは帰路が別々となる。
「それじゃあ――」
「あのさ!」
 手を挙げ、泉に別れを告げようとしたところで声がかかる。俺は挙げていた左手を下ろし、訊ね返した。
「何だ、さっきの話の続きか?」
 コクリと、小さく首を縦に振る泉。
 彼女はいつもあまり見ることのない、真面目な形相をしていた。
「私は何の部活に入るか決めたよ。でも、私の入る部活には紘無にも入ってもらうから」
「…………は?」
 一瞬、言ったことの意味が理解できず、眉を顰めながら泉を見つめ返す。
 そして、俺が言葉を口にするよりも早く、彼女は言葉を続けた。
「もちろんそれを言っただけでは、紘無が承諾しないっていうのはわかってる。だから、ここは勝負で決めようよ!」
 よくわからないが、ここは泉の提案する賭けに乗らないほうが得策だと考えた。
「じゃあ俺は、勝負に降りるから。他を当たってくれ」
 それからも続けられた泉の言葉を無視して、帰路に着いた。
 背中から喚き声なようなものが聞こえていたが、気にしない。


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