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第七章

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ルイスレーン様は私の腰に手を置いたまま、軽く誘導する。

「女性にそのような気遣いをされるあなたを見るのは初めてかもしれませんわ」

同じように夫である侯爵にエスコートされながら、夫人がからかうようにルイスレーン様を見ておっしゃった。

「恐れ入ります」

内心ではどう思っているのか、夫人にからかわれても彼の表情は変わらない。

「残念。いつもと違う表情が見られると思ったのに、相変わらず鉄面皮だな」

右から侯爵夫人、カレンデュラ侯爵、私、ルイスレーン様と並んで歩いているので、私はルイスレーン様と侯爵に挟まれた形で歩いている。相手は筆頭侯爵なので本来なら後ろからついていくべきなのだが、下がろうとすると彼らに引き留められた。

「随分お若そうですけど、おいくつなのかな?」

「はい、今年十九になります」

私が答えていいのかルイスレーン様の方を見ると、軽く頷かれたので答えた。

「それでは彼とは少し離れているのだな」
「リンドバルク卿が結婚を決めた理由にとても興味がありますわ」

「ご期待に添えず申し訳ございませんが、夫人の想像するような華やかなことは何もありません」

王宮の中は何もかも桁違いだった。
少し前に茶会で訪れたのと違う建物に入り廊下を進んでいく。
王宮の建物はどうやらいくつもの宮が建っているようだ。

廊下を進み階段を上がっていく。

「あら、つれないわね。嘘でも少しは色っぽい逸話でも聞かせてもらわないと、ねえあなた」
「マリアーサ、あまり彼を困らせるものではないよ。ほら、もう会場だ。今日は放っておいても彼らは注目を浴びるだろうから、からかうのは可哀想だ」
「リンドバルク卿のような方の恋物語はとても興味がありますわ。あなたもお気づきになっているでしょう、彼女の瞳の色」
「気づいているよ。王家の瞳……これ程鮮やかな色は当代の王室の誰もお持ちではない。まさに卿に取っては宝の姫を得たということか」

私の瞳の意味に気づいた夫妻の言葉は、ルイスレーン様がおっしゃった通り、私がどんな素性の者かを物語っているのだろう。

ひときわ大きな扉の前にたどり着く。
大きく開け放たれた扉の高い天井から重厚なカーテンが垂れ下がり、槍を持った兵士が両脇に控えている。

「カレンデュラ侯爵並びに令夫人」
「リンドバルク侯爵並びに令夫人」

入り口で招待状を見せると、それを見た入り口の係員が大声で名を読み上げると、中かどよめきが起こったのがわかった。

「ではお先に」
「また後でお話しましょう」

初めに向けられた威圧感はなく気さくに手を振って侯爵夫人が私に軽くウィングする。

カレンデュラ侯爵夫妻が先にカーテンの前に立ち、左右に引き上げられたカーテンの向こうに消えていった。

「夫人は貴族社会の中では気さくな方だ。それを好まない頭の硬い人もいるが、年もさほど違わないし、仲良くしていていただくといいだろう」

腰に添えていた手を離し、私の手を自分の肘に添えさせて小声で囁く。
微かに吐息が耳にかかり、思わずドキリとした。

「そろそろいいか?」

会場に足を踏み入れる覚悟はできたか訊ねられ、ごくりと唾を飲み込んで小さく頷いた。
彼の肘に置いた手に反対側の手が重ねられる。

「では、行くぞ。なるべく私の側を離れないことだ」

言われなくても離れませんと言いたかったが、喉が乾いて言葉がでなかった。

カーテンの側まで来るとちょうど頭を下げずに通れるくらいまで引き上げられ、私はルイスレーン様と共に足を前に踏み出した。

カーテンの向こうは目も眩むような眩しさで、一瞬視界が真っ白になった。

何度か瞬きしているうちに目が慣れてくる。

私たちが立っているのは会場から階段を上がった所だった。

高い天井には無数の魔石が付いたシャンデリアが輝き会場を照らしている。

その灯りに照らされたホールは武道館のコンサート会場並みに広く、すでに多くの人でひしめき合っている。

階段上からはわからないが会場にいる多くの人が一斉にこちらを見上げているように見える。

ルイスレーン様が動き出したので共に私も前に進み、スカートの上の方を少し持ち上げて階段を降りていった。

階段の上では次々に到着した伯爵だが子爵だかの名前が告げられていく。
階段下では既に階段を降り終えたカレンデュラ侯爵夫妻が人混みに混じっている。
視線を広場の奥にやれば、壇上が設けられ国王陛下や皇太子夫妻のための椅子が置かれているのが見えた。

「馬車の中で私が言ったことを忘れないように。私との結婚、あなたには選択肢はなかったかも知れない。だが、私は嫌なら断ることもできたが誰に無理強いされたわけでもなく、私が決めた。この婚姻は私があなたを妻にすると望んだことだ」

私に添える手を優しく握り、彼はもう一度馬車で言ったことを繰り返す。
緑とオレンジの彼の瞳が力強く私を見つめる。

「だから誰に何を言われても堂々としていなさい。誰に引け目を感じる必要はない」

彼は階段の下から私たちを貫くように見つめる人々の視線に怯える私を鼓舞してくれている。

「ありがとうございます」

『クリスティアーヌ』へと向けられる彼の優しさを心の中で羨ましくも思いながら、彼にとっては今の私がクリスティアーヌなのだからと自分を慰める。

今は私がクリスティアーヌ。私の隣にいるこの人は私の夫。
端正な顔立ちにダークブロンドの髪、不思議に色が変わる瞳の持ち主。
こんな人に特別だと言ってもらえる自分を信じてみようと思った。
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