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第九章

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「一体……その男は何をした……いや、何をしなかったのだ」

ルイスレーン様が訊ねる。
彼がしたこと……出世欲のために『愛理』と結婚した。本当に好きな女性がいたなら、それを貫くべきだった。
彼がしなかったこと……結局、彼女を捨てることも出来ず、子どもまで設け、そして私のことは欠片も愛してくれなかった。

「私は、このままクリスティアーヌを失い、今のあなたにも太刀打ちできない幻想の夫と同じと思われて見限られてしまうのか」
「そんなつもりは……」
「そうではないのか?あなたが私の意見も訊かず切り捨てようとするのは、その男と同じように見ているからではないのか?」
「切り捨てる……そんなことは……捨てるのはあなたで……」
「だからどうして、私があなたを捨てるとか言うことになるのだ。私は一度も言っていない。さっきから逃げようとしているのは、あなたの方ではないか」

彼の両手が私の顔の両側を捕らえる。

「あなたの話を無条件に信じろと言うなら信じる。その変わりあなたも逃げるな。逃げようとしても逃がさない」

最後の言葉を言い終えるとともに、彼の顔が更に近づき唇が重ねられた。

一度目は軽く触れるだけ。

すぐに唇を離し、私が抵抗しないのを見てもう一度、今度は顔を斜めにして深く重ねて来た。
舌が唇をなぞる。
それが何を求めているかわかり、弛めた口にすかさず舌が割って入ってきた。

逃げようとする私の舌を彼の舌が追いかけ、口腔内をまさぐると同時に、片方の手が後頭部を押さえてもう片方が背中に回る。

ぴたりと体が寄せられて後ろに逃げることも出来ず、私の手だけが所在なさげに空中を彷徨う。

「ふあ………」

再び唇が離れ、微かに吐息を洩らす。二人の間に唾液の糸が繋がる。

力を失くした私の体を後頭部と背中の腕はそのままに、長椅子に横たえ上から私を見下ろす彼の瞳は獲物を捕らえた野生の獣さながらにギラギラとしていた。

「どうした?逃げないのか?」

後頭部から外した手を額に回し、かかった前髪を払いのけて言った彼の声は、さっきより更に低くなっている。
背中から外した腕は私の腕を掴み頭上へと縫い付ける。

ー逃げる?

彼の片膝が私の足の間に割って入り、スカートが押さえつけられ身動きが取れなくなり、物理的には逃げることはできない。

嫌だと言えば、この状態で逃がしてもらえるのだろうか。
どうやって逃げればいい?
痺れた頭で考える。

答えの変わりに、ごくりと唾を飲み込む。
さっきの口づけをもう一度味わいたいと思う自分がいて、期待を込めた目で彼を見上げる。

「機会は与えた。選択したのは自分だ」

そう言うと彼は私に向かって顔を近づけ唇を塞がれた。

腕を押さえつけた彼の手が肘から肩、脇腹に沿って降りてきて一旦お腹にまわって胸の下で止まった。

その間も彼は口づけを続け、差し込まれた舌が歯列をなぞったかと思えば舌を絡ませてくる。

胸の下に留まったままだった彼の大きな手が、乳房を下から持ち上げるように触れた瞬間、体に電流が走り抜けた。

「あ!」

びくんと背中を仰け反らせ、思わず声を出した。

指に力が加わり、ゆっくりと揉みしだかれる。

「隠すな」

顔をそむけ腕で顔を覆い隠そうとするのを察して、彼が私の顎に手を置いて自分の方を向かせる。

「目の前の私を見るんだ」

そう言って唇を耳元に寄せ、熱い舌で耳を舐め耳朶を軽く噛まれた。そのまま頬から顎へ、そして首筋へと唇が降りていく。

いつの間にか両方の乳房を彼の両手に揉まれ、彼の手の動きに合わせて揺れ動く。布越しに触れる彼の手の感触だけでは物足りなくなってくる。

胸元で結んだリボンをするするとほどかれ、襟が大きく開くと、唇が首筋から喉を通り鎖骨へ、そして開いた胸元へと移動する。

胸の谷間に彼が顔を埋め、熱い吐息が肌に触れると、またもや体がぴくりと弾けた。素肌に触れる彼のダークブロンドの髪がくすぐったい。

私の反応に一旦彼が顔を動かして、私の顔を覗き込むと、首の後ろと背中に腕を回して私の上半身を起こした。

ぴたりと彼の固い胸に抱きすくめられ、背中を撫で下ろしながら首に顎に頬に、耳にとキスの雨を降らせる。

背中からやがて腰へ、そして臀部へと手が下りて、また背中をあがって来る。

その間も両瞼、鼻先、頬にとキスの雨が続く。

最後に再び唇に戻ると、力強く舌が入り込み、互いの唾液が入り混じったくちゅくちゅとした水音が耳に大きく聞こえる。

ようやく彼が唇を離すと、私はキスだけでぐったりとして彼の肩に頭を預けていた。

「さすがにここではこれ以上は無理だ」

耳元で囁く声を聞いて、ここが書斎だったことを思い出した。

反射的に彼の肩から顔を上げ、距離を取ろうとして彼に肩を掴まれた。

「逃げることは許さない。機会を与えたのにそうしなかったのはあなただ」

少し強引な気もするが、彼から離縁はあり得ないと断言され、どこか安堵する自分がいた。
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