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第十三章
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ルイスレーンが出ていき、私は扉の前に座って合図を待った。
彼の匂いが残るジャケットに頬擦りすると、彼への気持ちが溢れて止まらない。
彼は私がクリスティアーヌとして転生したことが、彼との出会いのためだったと言ってくれた。そもそも転生というものは、何のためにあるのだろう。
クリスティアーヌとして生まれても、私には俗に言うチート能力などない。この世界も魔法なんて無く、せいぜい魔石が存在する程度。それもどちらかと言えば自然派エネルギーと言ったところで、それを活かす魔道具も昭和の頃の家電レベル。だからこの世界を変えるとか魔王を倒すとか、そんな使命などない。日々生きて生活するだけの普通の転生だから。
コンコン
背中を預けている扉を誰かが叩いた。
ルイスレーンが戻ってきたのだろうか。
「だ……誰?」
「私……ケイトリンよ、開けてもらえる?」
「ケイトリン……!」
扉を開けようして思いとどまる。ルイスレーンが来るまでは開けないように言われているからだ。
「どうしたの?開けてもらえないの?」
心細そうにケイトリンが尚も開けて欲しいと言う。
「あの……」
「お願い、誰もいないなら……開けて、助けて!」
「ケイトリン!」
彼女も変な輩から逃げているのかも知れない。
その声を聞いて慌てて鍵を回して扉を開けると、そこに 一人で立っているケイトリンがいた。
「どうしたの?」
彼女は扉越しに聞いた声とは裏腹に落ち着き払っている。
戸口から顔を出して廊下の左右を見て誰もいないのを確認して訊ねる私を無視して、ケイトリンはすっと前に歩を進めて部屋の中に入ってきた。
「本当に誰もいないのね……」
部屋を見渡してからケイトリンがこちらを向く。
「お客はどこに行ったの?」
横目で寝台の様子を見てケイトリンが訊ねる。
なぜそんなことが気になるのか、それよりも彼女の様子がいつもと違う。
「ケイトリン………あなた見えないんじゃ……」
「私が訊いてるのよ答えて!?」
「…………帰ったわ」
「そう……それで、扉の側で何をしていたの?」
「な、何も……ケイトリン……どうして?」
「あなたには今から別の場所へ移ってもらうわ、ケイレブ」
後ろに人の気配がして振り返ると、大柄の男が立ち塞がり、逃げようとした私を羽交い締めにする。
「やめて、離して!」
ここから連れ出されたらせっかくルイスレーンが助け出そうとしてくれているのに、無駄になってしまう。何とか騒ぎが起こるまで時間を稼がないと。
「残念だけど、私は女たちが変な行動を起こさないよう見張るのが仕事なの。盲目なのも油断させるための演技よ。ケイレブ、騒ぎ立てないようにして」
「はい、お嬢様」
男が返事をすると、鼻と口を何かで塞がれた。
「や、やめ……」
気分が悪くなり目が回りだした。
カシャンと音がして、ルイスレーンがくれた短剣が落ちた。
「こんなもの、いつの間に……」
薄れ行く意識の中でケイトリンの顔がぼやけていく。
ルイスレーン……助けて……
「クリスティアーヌー、どこにいる~?」
甘い猫撫で声が聞こえる。私は母に言われたとおり慌ててクローゼットの奥の戸棚に隠れた。
「やめてミゲル、あの子をどうしようと言うの?」
「何もしないさ……今はな……あの子の面倒を見たいと言う御仁が何人かいるんだ。贈り物には綺麗な箱とリボンが必要だろう?綺麗に着飾らせてやろうと言うんだ」
「あの子をどこかの妾にするって言うの?」
「その方があの子のためさ。今さら貴族社会に戻ったところで苦労するのはあの子だぞ。デビューはしたが、貴族の令嬢らしい教養なんて身に付けていないじゃないか、それなら平民でもどこかの金持ちに囲ってもらった方がずっと幸せってもんだ。体を預けるだけで生活の面倒を見てくれるんだからな」
階段付近で叔父と母のやり取りが聞こえる。
母が病気になってから叔父はまた様子が変わった。その表情は何かに取りつかれたかのように目が落ち窪み、遠回しに私を見る目付きが次第に厭らしくなっていった。
叔父が来ると母は私を閉じ込め、いつも出掛けていると言って誤魔化して帰していたが、その日はしつこく食い下がった。
「クリスティアーヌ、どこにいる?」
「お願い……あの子は出掛けているわ」
二階へ叔父が辿り着いたのがわかった。
「嘘をつくな。今日はこの家から一歩も出ていない。ちゃんと調べはついているんだ」
二間しかない場所では探す場所などたかが知れている。
一つ目の部屋を探し終わると、すぐに私が隠れている部屋にやってきた。
「ね、いないでしょ?あなたの気のせいよ」
クローゼットの中の羽目板を外した奥に隠れる私は、悟られないよう必死で息を殺した。
「ここか?」
クローゼットが開き、叔父が多くない衣裳を掻き分ける。
結局は見つかった。
「やはり隠れていたか、私をこけにしやがって!」
手首を掴まれ引きずり出され、そのまま部屋の外へ連れ出された。
「痛い!離して、お母様、いやよ」
「お願い、やめて、この子は……この子だけは」
「うるさい!」
階段まで叔父に手首を掴まれたまま引きずられる私と叔父の間に割って入る形で、母が取りすがった。
「きゃああーーー!」
その時、母の悲鳴が聞こえた。何が起こったのか、一瞬わからなかった。
叔父に振り払われた母は病気で弱っていたため体重も軽くなっていて、簡単によろめいた。そしてそのまま階段を落ちていった。
グキッ
何かが折れる音がした。
それは頭から落ちた母の首が折れた音だった。
彼の匂いが残るジャケットに頬擦りすると、彼への気持ちが溢れて止まらない。
彼は私がクリスティアーヌとして転生したことが、彼との出会いのためだったと言ってくれた。そもそも転生というものは、何のためにあるのだろう。
クリスティアーヌとして生まれても、私には俗に言うチート能力などない。この世界も魔法なんて無く、せいぜい魔石が存在する程度。それもどちらかと言えば自然派エネルギーと言ったところで、それを活かす魔道具も昭和の頃の家電レベル。だからこの世界を変えるとか魔王を倒すとか、そんな使命などない。日々生きて生活するだけの普通の転生だから。
コンコン
背中を預けている扉を誰かが叩いた。
ルイスレーンが戻ってきたのだろうか。
「だ……誰?」
「私……ケイトリンよ、開けてもらえる?」
「ケイトリン……!」
扉を開けようして思いとどまる。ルイスレーンが来るまでは開けないように言われているからだ。
「どうしたの?開けてもらえないの?」
心細そうにケイトリンが尚も開けて欲しいと言う。
「あの……」
「お願い、誰もいないなら……開けて、助けて!」
「ケイトリン!」
彼女も変な輩から逃げているのかも知れない。
その声を聞いて慌てて鍵を回して扉を開けると、そこに 一人で立っているケイトリンがいた。
「どうしたの?」
彼女は扉越しに聞いた声とは裏腹に落ち着き払っている。
戸口から顔を出して廊下の左右を見て誰もいないのを確認して訊ねる私を無視して、ケイトリンはすっと前に歩を進めて部屋の中に入ってきた。
「本当に誰もいないのね……」
部屋を見渡してからケイトリンがこちらを向く。
「お客はどこに行ったの?」
横目で寝台の様子を見てケイトリンが訊ねる。
なぜそんなことが気になるのか、それよりも彼女の様子がいつもと違う。
「ケイトリン………あなた見えないんじゃ……」
「私が訊いてるのよ答えて!?」
「…………帰ったわ」
「そう……それで、扉の側で何をしていたの?」
「な、何も……ケイトリン……どうして?」
「あなたには今から別の場所へ移ってもらうわ、ケイレブ」
後ろに人の気配がして振り返ると、大柄の男が立ち塞がり、逃げようとした私を羽交い締めにする。
「やめて、離して!」
ここから連れ出されたらせっかくルイスレーンが助け出そうとしてくれているのに、無駄になってしまう。何とか騒ぎが起こるまで時間を稼がないと。
「残念だけど、私は女たちが変な行動を起こさないよう見張るのが仕事なの。盲目なのも油断させるための演技よ。ケイレブ、騒ぎ立てないようにして」
「はい、お嬢様」
男が返事をすると、鼻と口を何かで塞がれた。
「や、やめ……」
気分が悪くなり目が回りだした。
カシャンと音がして、ルイスレーンがくれた短剣が落ちた。
「こんなもの、いつの間に……」
薄れ行く意識の中でケイトリンの顔がぼやけていく。
ルイスレーン……助けて……
「クリスティアーヌー、どこにいる~?」
甘い猫撫で声が聞こえる。私は母に言われたとおり慌ててクローゼットの奥の戸棚に隠れた。
「やめてミゲル、あの子をどうしようと言うの?」
「何もしないさ……今はな……あの子の面倒を見たいと言う御仁が何人かいるんだ。贈り物には綺麗な箱とリボンが必要だろう?綺麗に着飾らせてやろうと言うんだ」
「あの子をどこかの妾にするって言うの?」
「その方があの子のためさ。今さら貴族社会に戻ったところで苦労するのはあの子だぞ。デビューはしたが、貴族の令嬢らしい教養なんて身に付けていないじゃないか、それなら平民でもどこかの金持ちに囲ってもらった方がずっと幸せってもんだ。体を預けるだけで生活の面倒を見てくれるんだからな」
階段付近で叔父と母のやり取りが聞こえる。
母が病気になってから叔父はまた様子が変わった。その表情は何かに取りつかれたかのように目が落ち窪み、遠回しに私を見る目付きが次第に厭らしくなっていった。
叔父が来ると母は私を閉じ込め、いつも出掛けていると言って誤魔化して帰していたが、その日はしつこく食い下がった。
「クリスティアーヌ、どこにいる?」
「お願い……あの子は出掛けているわ」
二階へ叔父が辿り着いたのがわかった。
「嘘をつくな。今日はこの家から一歩も出ていない。ちゃんと調べはついているんだ」
二間しかない場所では探す場所などたかが知れている。
一つ目の部屋を探し終わると、すぐに私が隠れている部屋にやってきた。
「ね、いないでしょ?あなたの気のせいよ」
クローゼットの中の羽目板を外した奥に隠れる私は、悟られないよう必死で息を殺した。
「ここか?」
クローゼットが開き、叔父が多くない衣裳を掻き分ける。
結局は見つかった。
「やはり隠れていたか、私をこけにしやがって!」
手首を掴まれ引きずり出され、そのまま部屋の外へ連れ出された。
「痛い!離して、お母様、いやよ」
「お願い、やめて、この子は……この子だけは」
「うるさい!」
階段まで叔父に手首を掴まれたまま引きずられる私と叔父の間に割って入る形で、母が取りすがった。
「きゃああーーー!」
その時、母の悲鳴が聞こえた。何が起こったのか、一瞬わからなかった。
叔父に振り払われた母は病気で弱っていたため体重も軽くなっていて、簡単によろめいた。そしてそのまま階段を落ちていった。
グキッ
何かが折れる音がした。
それは頭から落ちた母の首が折れた音だった。
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