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番外編 公開模擬試合
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「いってらっしゃい」
「ああ、それでは後で」
玄関先で馬車に乗って出掛けていくルイスレーンを見送った。
「さあ、がんばりますか!皆、手伝ってね」
「はい、クリスティアーヌ様」
私は袖を上げて厨房へ向かった。
今日は軍の公開模擬試合が行われる。
前回行われた時は拐われたりと色々あったので、今回初めての見学となる。
あれから約一ヶ月経ち、私はすっかり体力を取り戻した。
イライザさん達との遺族訪問も週一回だが復活し、フランチェスカ様やマリアーサ様を初めとした方々にお茶会に呼ばれたり、時折ルイスレーンと共に夜会に出掛けたりとそれなりに忙しい日を送っている。
私が拉致されたことは王室が箝口令を敷いたため、表立っては取り沙汰されることはなかったが、影でひっそり囁く人はいた。
だが、意外に早くその噂が消えたのは、筆頭侯爵家の失脚と、ルイスレーンの私への溺愛ぶりがあったからだ。
ルイスレーンは外へ出かける際には幼子のように過保護ぶりを発揮し、夜会などでは彼の視界から私が少しでも消えると、すかさず居所を探り当て側に置こうとするので、その激変ぶりに皆が本当に同一人物かと疑うほどだった。
保育所の庭園もこの前ようやく工事が始まり、財務長官とも私の提案した奨学金制度について打ち合わせをするために何度か面談した。初めて面会した時にじろじろと見られたので少し怖かったが、話してみるととても頭の切れる人だとわかった。
「奥様、今日はどんなものをお作りになるのですか?」
厨房の責任者ブロンソンに仕込んでおいてもらった材料を並べると、脇からリリアンが訊ねた。
「牛肉のパテを挟んだバーガーにピタパン、色々なピンチョスを作ります。デザートはチーズケーキのバトンです」
「ピンチョス?」
「こうして、野菜やお肉を小さく切って、串で刺すんです。手を汚さずに食べられて、バーガーもピタパンも紙で包めば、ナイフもフォークも使わなくてすむの」
「楽しそうですね。だからこんなにたくさん色々揃えてるんですね」
「さあ、パテを焼くのを手伝ってね。リリアン、このバンズを半分に切って、このソースを塗ってちょうだい」
「はい、クリスティアーヌ様」
それから一時間、厨房の皆とメイド達でお弁当を作った。
出来上がったお弁当を馬車に積み込み、公開試合開始三十分前に軍の訓練場に到着した。
日差しがきついとダレクに持たされた帽子は、初めてルイスレーンと街へ出掛けた時に彼に被せてもらったものだ。
「奥様ですね。自分はリンドバルク閣下の侍従でカイン・クロスと申します。閣下から奥様のご案内を仰せつかっております」
二十歳位の赤毛の青年が出迎えてくれた。
「よろしくね、クロスさん」
にっこりと笑うと彼は戸惑った顔をした。
「どうしたの?」
「いえ、自分のことはどうかクロスと呼び捨てにしてください」
「そうなの?でも………」
「奥様、ここは彼の言うとおりに」
横からギオーヴさんが割って入った。公開模擬試合は飛び入りも可能だということで、スティーブも後で参加する予定だ。
「わかったわ。クロス。それで、旦那様はどちらに?」
「はい、こちらです」
クロスに案内されていくつか並んだ天幕のひとつに案内してもらう。
「クリスティアーヌ様」
途中でアッシュハルクさんに出会った。彼らの待機場所は大きな天幕で、ちょうど何人かとそこから出てきた彼に出くわした。
「こんにちは、アッシュハルクさん」
「見学ですか?」
「ええ、差し入れも持ってきたの。もしよかったら後でイザベラさんと一緒にお越しになってください」
「いえ……私は……」
「アッシュハルク、この美人さんはどなただ?こんにちは、自分はロイド・ザッカリーと言います」
「あ、ザッカリー……この方は」
アッシュハルクさんの隣に居た男性が挨拶をして、握手を求めてきた。他の何人かもアッシュハルクさんを取り囲み、私に挨拶をしてきた。少しびくりとなる。ギオーヴさんがすっと傍に来て私と彼らの間に立つ。
「お前達……」
「大丈夫です。皆さんアッシュハルクさんのお仲間ですよね?」
馴れ馴れしく近づいてくる彼らにギオーヴさんが警戒するのを止める。
「そうです。我々はリンドバルク侯爵直属の部隊に所属している仲間です。初めてお見掛けしますね。どちらの方のお身内ですか?」
「こんにちは、ザッカリーさん、今日は夫の応援に来ましたの」
「なんと、奥様でしたか、それは失礼しました。お若いのでてっきり……」
アッシュハルクさんとクロスが渋い顔をしていることに気づかず、彼は残念だとおどけて見せた。
「ザッカリー、それくらいにしておけ」
私の背後から声が聞こえると、皆がビシリと気を付けをした。
「閣下、ご苦労様です」
振り返るとそこに軍服を着て帯剣したルイスレーンが立っていた。
彼はザッカリーさんたちを睨み付けながら私に近付き、肩を抱き寄せた。
「彼女は私の妻だ。女が欲しいなら他をあたれ」
「え!」
アッシュハルクさん以外の人たちが驚いて私の顔を見る。
「初めまして、クリスティアーヌです」
私は帽子を外して皆に挨拶する。
「ししししし、失礼しました!」
「ももももももも申し訳ございません」
彼らは口々に裏声で叫び、鼻先が膝に付くのかと思うくらいにバタンとお辞儀をした。
「ああ、それでは後で」
玄関先で馬車に乗って出掛けていくルイスレーンを見送った。
「さあ、がんばりますか!皆、手伝ってね」
「はい、クリスティアーヌ様」
私は袖を上げて厨房へ向かった。
今日は軍の公開模擬試合が行われる。
前回行われた時は拐われたりと色々あったので、今回初めての見学となる。
あれから約一ヶ月経ち、私はすっかり体力を取り戻した。
イライザさん達との遺族訪問も週一回だが復活し、フランチェスカ様やマリアーサ様を初めとした方々にお茶会に呼ばれたり、時折ルイスレーンと共に夜会に出掛けたりとそれなりに忙しい日を送っている。
私が拉致されたことは王室が箝口令を敷いたため、表立っては取り沙汰されることはなかったが、影でひっそり囁く人はいた。
だが、意外に早くその噂が消えたのは、筆頭侯爵家の失脚と、ルイスレーンの私への溺愛ぶりがあったからだ。
ルイスレーンは外へ出かける際には幼子のように過保護ぶりを発揮し、夜会などでは彼の視界から私が少しでも消えると、すかさず居所を探り当て側に置こうとするので、その激変ぶりに皆が本当に同一人物かと疑うほどだった。
保育所の庭園もこの前ようやく工事が始まり、財務長官とも私の提案した奨学金制度について打ち合わせをするために何度か面談した。初めて面会した時にじろじろと見られたので少し怖かったが、話してみるととても頭の切れる人だとわかった。
「奥様、今日はどんなものをお作りになるのですか?」
厨房の責任者ブロンソンに仕込んでおいてもらった材料を並べると、脇からリリアンが訊ねた。
「牛肉のパテを挟んだバーガーにピタパン、色々なピンチョスを作ります。デザートはチーズケーキのバトンです」
「ピンチョス?」
「こうして、野菜やお肉を小さく切って、串で刺すんです。手を汚さずに食べられて、バーガーもピタパンも紙で包めば、ナイフもフォークも使わなくてすむの」
「楽しそうですね。だからこんなにたくさん色々揃えてるんですね」
「さあ、パテを焼くのを手伝ってね。リリアン、このバンズを半分に切って、このソースを塗ってちょうだい」
「はい、クリスティアーヌ様」
それから一時間、厨房の皆とメイド達でお弁当を作った。
出来上がったお弁当を馬車に積み込み、公開試合開始三十分前に軍の訓練場に到着した。
日差しがきついとダレクに持たされた帽子は、初めてルイスレーンと街へ出掛けた時に彼に被せてもらったものだ。
「奥様ですね。自分はリンドバルク閣下の侍従でカイン・クロスと申します。閣下から奥様のご案内を仰せつかっております」
二十歳位の赤毛の青年が出迎えてくれた。
「よろしくね、クロスさん」
にっこりと笑うと彼は戸惑った顔をした。
「どうしたの?」
「いえ、自分のことはどうかクロスと呼び捨てにしてください」
「そうなの?でも………」
「奥様、ここは彼の言うとおりに」
横からギオーヴさんが割って入った。公開模擬試合は飛び入りも可能だということで、スティーブも後で参加する予定だ。
「わかったわ。クロス。それで、旦那様はどちらに?」
「はい、こちらです」
クロスに案内されていくつか並んだ天幕のひとつに案内してもらう。
「クリスティアーヌ様」
途中でアッシュハルクさんに出会った。彼らの待機場所は大きな天幕で、ちょうど何人かとそこから出てきた彼に出くわした。
「こんにちは、アッシュハルクさん」
「見学ですか?」
「ええ、差し入れも持ってきたの。もしよかったら後でイザベラさんと一緒にお越しになってください」
「いえ……私は……」
「アッシュハルク、この美人さんはどなただ?こんにちは、自分はロイド・ザッカリーと言います」
「あ、ザッカリー……この方は」
アッシュハルクさんの隣に居た男性が挨拶をして、握手を求めてきた。他の何人かもアッシュハルクさんを取り囲み、私に挨拶をしてきた。少しびくりとなる。ギオーヴさんがすっと傍に来て私と彼らの間に立つ。
「お前達……」
「大丈夫です。皆さんアッシュハルクさんのお仲間ですよね?」
馴れ馴れしく近づいてくる彼らにギオーヴさんが警戒するのを止める。
「そうです。我々はリンドバルク侯爵直属の部隊に所属している仲間です。初めてお見掛けしますね。どちらの方のお身内ですか?」
「こんにちは、ザッカリーさん、今日は夫の応援に来ましたの」
「なんと、奥様でしたか、それは失礼しました。お若いのでてっきり……」
アッシュハルクさんとクロスが渋い顔をしていることに気づかず、彼は残念だとおどけて見せた。
「ザッカリー、それくらいにしておけ」
私の背後から声が聞こえると、皆がビシリと気を付けをした。
「閣下、ご苦労様です」
振り返るとそこに軍服を着て帯剣したルイスレーンが立っていた。
彼はザッカリーさんたちを睨み付けながら私に近付き、肩を抱き寄せた。
「彼女は私の妻だ。女が欲しいなら他をあたれ」
「え!」
アッシュハルクさん以外の人たちが驚いて私の顔を見る。
「初めまして、クリスティアーヌです」
私は帽子を外して皆に挨拶する。
「ししししし、失礼しました!」
「ももももももも申し訳ございません」
彼らは口々に裏声で叫び、鼻先が膝に付くのかと思うくらいにバタンとお辞儀をした。
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