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第十三章
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腹部に違和感を感じ、もしかしてと思っていたが、密かにほっとしたのは言うまでもない。もしバーレーンの子どもを身籠っていたら……芽生えた命に罪はないけれど、そうなったらどうしただろうと考えずにはいられなかった。
帰宅したルイスレーンもそれを聞いて複雑な表情を浮かべた。きっと彼も同じ事を考えたに違いない。
ケイトリンはバーレーンの中毒から脱し、軽い放心状態だったらしい。モーシャス親子は指名手配犯を匿っていたことや売春斡旋に違法賭博の罪でカメイラとエリンバウア両国から罪を追求されているそうだ。
ケイトリンはバーレーンの毒気に侵されていたが、父親のモーシャスは違っていた。
彼はバーレーンのことを知り、密かに『黒い魔女』を量産し、ルクレンティオ侯爵や秘密クラブの客を足掛かりにエリンバウアでも売りさばこうとしていた。
五大老にモーシャスが推されたのも、『黒い魔女』が使われていた。オヴァイエの父も中毒に侵されていた。
『黒い魔女』は稀に発掘される貴重なもので、自然に手に入れられる数は少ない。モーシャスはバーレーンの体液からでも効果は薄れるもののある程度の性能を持つ薬が精製できたため、彼が重宝され生かされていた。
工場も摘発され、何人もの浮浪者や身寄りのない子どもなどが実験台として監禁されていて、王都は暫くの間、それらの話題で騒然となっていた。
ライラたちや他の所に囚われていた女性たちも手厚い看護を受けて、それぞれ今後の身の振り方について模索中だ。
そしてクリスティアーヌの叔父、ミゲルは例のテリー・ミンスからの証言により兄に対する事故を装った殺人とその妻の死亡事故について取り調べを受けている。それに加え詐欺罪などでも罪が加算される。
当然爵位は剥奪。モンドリオール子爵家を継ぐのは前子爵の遺児であるクリスティアーヌの産んだ男子ということになり、それまではルイスレーンが仮の子爵として領地や邸の面倒を見ることになった。
まだ出来てもいない、しかも男子などに託されてももし男の子を産めなかった場合はどうするのかと訊ねたら、その場合は国に召し上げられるのだと言う。なら今からそれは出来ないのかと言うと、不当に爵位が本来資格のない者に渡った場合は、今回のような救済措置が取られるのだ言われ、承諾するしかなかった。
目覚めてから二週間後、スベン先生に徐々に日常生活を戻していいと言われた。
部屋から出て庭を散歩したり、街への買い物も、半日程度なら大丈夫だと許可が降りた。
ルイスレーンは外出している時以外はずっと私と共に過ごし、夜も一緒に寝ていた。お風呂もマリアンナたちを差し置いて、世話を焼きたがり、共に入ることもあった。もし入浴中に私が倒れてもいつでも対処できるようにと言うのが彼の言い分だった。
ずっと彼はキスと抱擁だけでそれ以上は何も求めてこなかった。
ルイスレーンに触れられるのは嫌ではない。むしろ、体温を感じると安心する。それは子が親の温もりを求めるような感じだ。
この人は自分を傷つけたりしない。真綿でくるむように自分を包み込んでくれる。
そこに一切の損得はなく、無償の愛情を肌で感じる。
彼の気持ちに報いたい。
時折、私から彼に触れてみたり、隣で眠りにつく彼の体を眺め、自分の中に恐怖が沸き上がらないか確認する。
「無理はするな」
私が許容できる場所を少しずつ確かめながら、顔や手に触れてキスをする。
どこまでなら踏み込めるか見計らっている。
目覚めてひと月。
その日、ルイスレーンはどうしても外せない会合があるということで、珍しく帰りが遅かった。
『黒い魔女』の解毒も済み、体力も元に戻ってきた。ルイスレーンも私のことは気にせず、早くに帰宅するため仕事の調整を無理にしなくていいと毎日のように言っていた。
マディソンたちに世話をされて入浴を済ませ、眠くなるまでの間、寝台の上で最近出たばかりの恋愛小説を読むことにした。
その小説は皇子が平民の女性と恋に落ち、様々な困難を乗り越えて結ばれる話だった。
アイリの記憶にテレビドラマや映画と言うものがあった。映像で見せる数々の物語。
恋愛ものから、推理もの、医者が人の体を切り刻み命を助けるというものもあった。とてもたくさんの娯楽があちらにはあった。
それに比べると、ここは不便な所もあるが、私が育った世界なのだから不自由は感じない。
「すまない………起こしてしまったか?」
本を読みながらいつの間にか眠っていたみたいで、すぐ隣にルイスレーンが横たわっていて、開いたままの本を持ち上げていた。
「お帰りなさい」
「ただいま」
首に腕を回し彼に抱きつくと、彼も私を抱き締め返してくれた。仄かにワインの香りと風呂上がりの石鹸の香りがする。
「本を読んでいたのか?」
私が読んでいた本を閉じ、題名を眺めながら訊ねた。
「はい、巷で流行っているらしいです」
丁度皇子と平民の女性が互いに愛を確かめ合い、口づけを交わすところまで読んでいたので、ルイスレーンの唇が気になった。
クリスティアーヌとして初めてキスしたのは結婚式。それからアイリになって初めてキスしたのは、クリスティアーヌでなくアイリだと告白し離縁を申し出た時だった。
あれから何度も熱い口づけを交わし、それ以上のことも経験してきた。
「どうした?」
彼とのことを思い出していると、下腹部の辺りがもぞもぞして、体が強張った。
「怖がらせたようだ」
それを恐怖と取ったのか、彼がぱっと体を離した。
結婚式で彼に怯えたことも話してあったので、尚更そう思ったみたいだ。
「ち、違うんです!」
離れていこうとする彼の胸の生地を掴んで引き留めた。
「ルイスレーンを怖がるなんて二度とありません」
本当はまだ不安はある。朦朧としていてはっきりバーレーンにされたことを覚えていなくても、体は覚えているかもしれない。
でも、アイリが夫とのことを忘れていったように、ルイスレーンと本当の意味で気持ちの通じあった関係を結べば、忘却の彼方へ押しやれるのではないだろうか。
「クリスティアーヌ」
ルイスレーンが俯いたまま黙っている私の顎を取り、自分の方を向かせる。
気遣わしげな橙と緑の瞳が見詰めている。
相変わらず素敵だなと思いながらも、その表情が僅かに曇っているように見えた。
「何か………ありましたか?」
どうしても外せないと言っていた会合で何かあったのだろうか。
「モーシャスとケイトリンの処遇が決まった」
帰宅したルイスレーンもそれを聞いて複雑な表情を浮かべた。きっと彼も同じ事を考えたに違いない。
ケイトリンはバーレーンの中毒から脱し、軽い放心状態だったらしい。モーシャス親子は指名手配犯を匿っていたことや売春斡旋に違法賭博の罪でカメイラとエリンバウア両国から罪を追求されているそうだ。
ケイトリンはバーレーンの毒気に侵されていたが、父親のモーシャスは違っていた。
彼はバーレーンのことを知り、密かに『黒い魔女』を量産し、ルクレンティオ侯爵や秘密クラブの客を足掛かりにエリンバウアでも売りさばこうとしていた。
五大老にモーシャスが推されたのも、『黒い魔女』が使われていた。オヴァイエの父も中毒に侵されていた。
『黒い魔女』は稀に発掘される貴重なもので、自然に手に入れられる数は少ない。モーシャスはバーレーンの体液からでも効果は薄れるもののある程度の性能を持つ薬が精製できたため、彼が重宝され生かされていた。
工場も摘発され、何人もの浮浪者や身寄りのない子どもなどが実験台として監禁されていて、王都は暫くの間、それらの話題で騒然となっていた。
ライラたちや他の所に囚われていた女性たちも手厚い看護を受けて、それぞれ今後の身の振り方について模索中だ。
そしてクリスティアーヌの叔父、ミゲルは例のテリー・ミンスからの証言により兄に対する事故を装った殺人とその妻の死亡事故について取り調べを受けている。それに加え詐欺罪などでも罪が加算される。
当然爵位は剥奪。モンドリオール子爵家を継ぐのは前子爵の遺児であるクリスティアーヌの産んだ男子ということになり、それまではルイスレーンが仮の子爵として領地や邸の面倒を見ることになった。
まだ出来てもいない、しかも男子などに託されてももし男の子を産めなかった場合はどうするのかと訊ねたら、その場合は国に召し上げられるのだと言う。なら今からそれは出来ないのかと言うと、不当に爵位が本来資格のない者に渡った場合は、今回のような救済措置が取られるのだ言われ、承諾するしかなかった。
目覚めてから二週間後、スベン先生に徐々に日常生活を戻していいと言われた。
部屋から出て庭を散歩したり、街への買い物も、半日程度なら大丈夫だと許可が降りた。
ルイスレーンは外出している時以外はずっと私と共に過ごし、夜も一緒に寝ていた。お風呂もマリアンナたちを差し置いて、世話を焼きたがり、共に入ることもあった。もし入浴中に私が倒れてもいつでも対処できるようにと言うのが彼の言い分だった。
ずっと彼はキスと抱擁だけでそれ以上は何も求めてこなかった。
ルイスレーンに触れられるのは嫌ではない。むしろ、体温を感じると安心する。それは子が親の温もりを求めるような感じだ。
この人は自分を傷つけたりしない。真綿でくるむように自分を包み込んでくれる。
そこに一切の損得はなく、無償の愛情を肌で感じる。
彼の気持ちに報いたい。
時折、私から彼に触れてみたり、隣で眠りにつく彼の体を眺め、自分の中に恐怖が沸き上がらないか確認する。
「無理はするな」
私が許容できる場所を少しずつ確かめながら、顔や手に触れてキスをする。
どこまでなら踏み込めるか見計らっている。
目覚めてひと月。
その日、ルイスレーンはどうしても外せない会合があるということで、珍しく帰りが遅かった。
『黒い魔女』の解毒も済み、体力も元に戻ってきた。ルイスレーンも私のことは気にせず、早くに帰宅するため仕事の調整を無理にしなくていいと毎日のように言っていた。
マディソンたちに世話をされて入浴を済ませ、眠くなるまでの間、寝台の上で最近出たばかりの恋愛小説を読むことにした。
その小説は皇子が平民の女性と恋に落ち、様々な困難を乗り越えて結ばれる話だった。
アイリの記憶にテレビドラマや映画と言うものがあった。映像で見せる数々の物語。
恋愛ものから、推理もの、医者が人の体を切り刻み命を助けるというものもあった。とてもたくさんの娯楽があちらにはあった。
それに比べると、ここは不便な所もあるが、私が育った世界なのだから不自由は感じない。
「すまない………起こしてしまったか?」
本を読みながらいつの間にか眠っていたみたいで、すぐ隣にルイスレーンが横たわっていて、開いたままの本を持ち上げていた。
「お帰りなさい」
「ただいま」
首に腕を回し彼に抱きつくと、彼も私を抱き締め返してくれた。仄かにワインの香りと風呂上がりの石鹸の香りがする。
「本を読んでいたのか?」
私が読んでいた本を閉じ、題名を眺めながら訊ねた。
「はい、巷で流行っているらしいです」
丁度皇子と平民の女性が互いに愛を確かめ合い、口づけを交わすところまで読んでいたので、ルイスレーンの唇が気になった。
クリスティアーヌとして初めてキスしたのは結婚式。それからアイリになって初めてキスしたのは、クリスティアーヌでなくアイリだと告白し離縁を申し出た時だった。
あれから何度も熱い口づけを交わし、それ以上のことも経験してきた。
「どうした?」
彼とのことを思い出していると、下腹部の辺りがもぞもぞして、体が強張った。
「怖がらせたようだ」
それを恐怖と取ったのか、彼がぱっと体を離した。
結婚式で彼に怯えたことも話してあったので、尚更そう思ったみたいだ。
「ち、違うんです!」
離れていこうとする彼の胸の生地を掴んで引き留めた。
「ルイスレーンを怖がるなんて二度とありません」
本当はまだ不安はある。朦朧としていてはっきりバーレーンにされたことを覚えていなくても、体は覚えているかもしれない。
でも、アイリが夫とのことを忘れていったように、ルイスレーンと本当の意味で気持ちの通じあった関係を結べば、忘却の彼方へ押しやれるのではないだろうか。
「クリスティアーヌ」
ルイスレーンが俯いたまま黙っている私の顎を取り、自分の方を向かせる。
気遣わしげな橙と緑の瞳が見詰めている。
相変わらず素敵だなと思いながらも、その表情が僅かに曇っているように見えた。
「何か………ありましたか?」
どうしても外せないと言っていた会合で何かあったのだろうか。
「モーシャスとケイトリンの処遇が決まった」
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