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12 生け垣越しの会話

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「あ、あの、なぜ私の名前をご存知なのですか? 貴方様は、あ、もしかして、アスラン様?」
「え? アス…ラ」
「アシュリーお嬢様の主治医のブライトン先生の息子さんの?」
「え、あ、えっと、ど、どうして?」

私が自分のことを知っていることに、彼は驚いているようだ。

「あの、直接お会いしたことはないのですが、何年か前に、そこのお庭にいるところをお見かけしたことが…」
「え?」

またまた驚かれてしまった。
それもそうだ。
許可なく勝手に入ったことを暴露したのだから。

「ブライトンの息子って、誰がそんなことを言った?」

 責めるような言い方に、やはり忍び込んだことを咎められるのだと思った。

「えっと、先生が…実は勝手に離れに来たのを、咎められまして。その時にご子息だと教えていただきました」

既に叱られたことをアピールする。

「そう…」
「あの、どうして私の名前をご存知なのですか? やっぱり、アシュリー様から?」
「あ、ああ」
「そうなんですね」

 アシュリー様が私のことを彼に話したのだろうか。そうに違いない。
 病気のことについて、私には何も教えてくれないことに、寂しい気持ちを抱いていた私だったが、お嬢様が彼に私のことを話していたから、彼は私の名前を知っているのだと思った。

「あの、アシュリーお嬢様の具合はどうですか?」
「え?」
「今回は、いつもより回復に時間がかかっていて、もうすぐ学園に通うことになるのに、大丈夫なのでしょうか。その、お命に関わるようなことは…」
「まさか心配して?」
「私はお嬢様付きとは言え、発作を起こされた時は、お側でお世話をさせてもらえません。出来るのは早く良くなるようにと祈るだけです」
「それでここに?」
「はい。少しでもお側にと思って…」
「だからと言って、君が風邪を引いたりしたら、だめだよ。彼女は死ぬことはない」
「本当に?」

 もしかして、本当は生死の境を彷徨っているのではと思っていた。
 安心して途端に涙が溢れ出る。

「な、泣いてる?」
 
グスンと鼻をすすったのが聞こえたようだ。

「あ、安心して…」
「アシュリー様のこと、心配?」
「当たり前です。私は四歳の時に出会ってから、ずっとお嬢様の側にいて、お嬢様のことを見守ってきました」

 自分のためでもあるが、お嬢様が悪役令嬢にならないように、断罪されないようにと、見守ってきた。

「アシュリー様からあなたのことは、聞いています。心配させて申し訳ないとおっしゃっていました」
「申し訳なく思う必要はないとおっしゃってください」
「わかった。伝えるよ。アシュリー…様から君のことを聞いて、会いたいと思っていたから、今夜話せて良かったよ」
「お嬢様、私のことを何ておっしゃっていましたか? まさか悪口とか?」
「そんなことはない。可愛い子だって言っていた。出来ればずっと側にいてほしいとね」
「それはどうでしょうか。お嬢様はフランシス殿下の婚約者です。王家に嫁がれた後も、私がお仕えできるでしょうか」

シナリオどおり、婚約破棄ということになれば、共に国外追放は免れない。
でも、お嬢様が悪役令嬢になる土台であった奥様の死も回避し、ビアンカ様も無事生まれた。
シナリオは変わっている筈。

「君の怪我のことも聞いた。それが理由ではないが、アシュリー様は君に対する責任は果たすとおっしゃっている」
「そんなこと。気にされなくてもいいのに」

額に僅かに残った傷に手を触れる。

「アシュリー様は、君のことをとても大切に思っている。男ならお嫁さんにしたいと思うくらいにね」

からかわれているのだろうか。
そう思ったが、顔は見えなくてもしみじみとしたアスラン様の言葉に、嘘やからかいは感じられない。

「私も、お嬢様が男性だったらきっと好きになっていました」
「それも彼女に伝えようか?」
「あ、いえ、それはやめてください。例えばの話ですから」
「そうか。じゃあこのことは二人の秘密だ」

彼の「秘密」という言葉にドキリとした。
今の彼がどんな姿をしているかわからないが、数年前に見かけた様子から、きっと素敵な殿方になっているだろう。

「あ、ありがとうございます、アスラン様、クシュン」
「大変だ。夜は冷える。風を引いてしまうね。早く中へ戻って」

 くしゃみが出た私を心配して、優しい言葉をかけてくれる。

「ありがとうございます、アスラン様もこそ、お風邪をめしてしまいます」
「わた…僕は大丈夫。ちゃんと上着を着て温かくしているから」

 生け垣越しなので、彼がどんな格好をしているかわからないが、それを聞いて安心した。

「それなら良かったです」
「おやすみ、コリンヌ」
「お、おやすみなさい。お話できて良かったです」
「僕もだ」
「お嬢様にも早くお戻りください。とお伝え下さい」
「わかった。またね」

土を踏む靴音が遠ざかっていくのが聞こえた。
御簾越しに会話する平安時代の恋人たちのように、声だけの逢瀬だったが、それが返って心をときめかせた。

「『またね』って、また会えるのかな」
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