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第十章 ヴァレンタインの秘密
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ヴァレンタインが魔獣討伐に出発して一週間が経った。
ベルテは普段と変わらない日々を過ごしていた。
今のところ王都にもたらされた情報では、討伐が順調に始まったということだけだった。
普通討伐は二週間程度かかる。だから森までの行程が三日ほどかかるので、彼らが帰ってくるのはまだ少し先だ。
「ああ、ヴァレンタイン様。今頃はどうされているのかしら」
「お怪我などされていないかしら」
「白薔薇を愛でる会」の面々が、ことあるごとにベルテの側でため息と共に呟く。
彼が王都からいなくなっただけで、彼女たちの覇気もなくなったようだ。
「あら、マックスではないの?」
その日迎えに来た御者が、いつもの御者でないことに気づいた。
「彼は体調不良で早退しました。今日は私が勤めます。ケニスと申します」
「そう」
初めて見る顔だが、馬車はいつものものだ。
ベルテは疑わずに馬車に乗った。
馬車の中で、ベルテはあれから肌身離さず持ち歩いているメダルを眺めていた。
「ヴァレンタイン・ベルクトフ」と裏打ちされたメダルはずっしりと重く、その命の重さを感じさせる。
「どうしてこれを私にくれたんだろう」
正式な婚約者のベルテに預けるのが順当だが、彼には本当に渡したい人がいたのではないだろうか。
メダルを渡すという意味が意味なだけに、ついそんなことを考えてしまう。
ゴトゴト。物思いに耽っていると、車輪の音が変わったことに気づいた。石畳の上を走る音とは明らかに違う。
「あの、ケニス?」
それを怪訝に思ったベルテは、馬車の前を叩いた。
しかし返事もなく、馬車も止まらない。
「ケニス、ねえ、ケニス」
何度か呼びかけたが無駄だった。窓の外を見ると、いつも通る道とは明らかに違う。
ガタン。
「きゃあ!」
いきなり馬車が止まって、立っていたベルテはよろめいた。
「いた!」
よろめいて馬車の座席に膝をぶつけて、痛みに顔を歪めた。
ぶつけた膝をさすっていると、扉がバンっと開いた。
「ケニス」
蹲っていたベルテが顔を上げると、そこにいたのはケニスでは無かった。
「アレッサンドロ?」
目の前に現われたのは、離宮にいるはずのアレッサンドロだった。
「やあ、ベルテ」
彼はベルテにきつい眼差しを向けている。
「ど、どうして?」
「久しぶりに会った兄に、もっと嬉しそうな顔をしたらどうだ?」
「会いたいと思っていた相手ならね。ここで何をしているの?」
「そうか。それは残念だ。感動の再会はしたくないということだな」
アレッサンドロはそう言うと、手を伸ばしてベルテの襟首を掴んで馬車から引きずり降ろした。
「きゃあ」
引きずり降ろされたベルテは地面に叩き付けられた。
「いた」
土の上に倒れ込んで掌と膝を擦りむいた。
「無様だな、ベルテ」
そんなベルテの姿を見て、アレッサンドロは侮べつを込めた声音で見下ろした。
「アレッサンドロ様」
そこへもう一人やって来たのは、カトリーヌだった。
「あら、ベルテ様、ごきげんよう」
「カトリーヌ」
「あらあら、すっかり泥まみれね」
制服のスカートには泥が付き、黒のタイツは破れて穴が空いている。そこから見える膝から血が出ている。
ベルテは立ち上がると泥を払い、治療魔法で怪我を治した。
「どうしてここに二人が?」
ようやく落ち着いて周りを見渡すと、そこは薄暗い路地裏だった。周りの建物は廃墟なのか人の気配はない。
「お前には色々と世話になったからな」
「そうよ。だからアレッサンドロ様と二人でお礼をしようと思って」
「お礼?」
絶対言葉どおりではないことだけはわかる。
アレッサンドロは土と風魔法を使う。カトリーヌは風魔法と僅かな光魔法。ベレタは水と氷。
二対一で逃げ切れるだろうか。
「あの御者は?」
振り返ると御者台には誰もいない。彼もアレッサンドロとグルだと考えていいだろう。
「マックスは?」
「聞かなかったか? 体調不良だと言っていただろう」
「あなたを迎えに来る途中で、突然具合が悪くなったみたい」
「生きてるの?」
「私達を何だと思っている。そんな乱暴なことをするわけがない」
人を殺すほどの悪人ではないと思うが、人を傷つけるくらいのことはやりかねない。
「お礼って、何をしてくれるの」
「私達が、私と母上、それにカトリーヌが日陰に追いやられているのに、お前が明るいところで目立つなんて、そんなの許されると思うか? おかしいだろ、お前は地味で無愛想で勉強だけが取り柄の名ばかりの王女なのに」
「そうよ。なのに『白薔薇の君』と婚約だなんて、おかしいじゃない。私だって、憧れていたのよ」
きーっとカトリーヌが癇癪をぶつけてくる。
「おい、カトリーヌ、どういうことだ。ベルテに復讐したいんだろ。君もシャンティエの兄がいいのか」
ヴァレンタインのことを持ち出したカトリーヌに、アレッサンドロが突っ込む。
「あ、あら、ごめんなさい。アレッサンドロ様。でも、誰もが憧れる相手と婚約したのは、腹が立ちますでしょ」
「そ、それはそうだが…それより、ベルテ、お前にも少々痛い目にあってもらうぞ」
カトリーヌの発言に、納得いかない感じのアレッサンドロだったが、気を取りなおしてベルテに向きあった。
ベルテは普段と変わらない日々を過ごしていた。
今のところ王都にもたらされた情報では、討伐が順調に始まったということだけだった。
普通討伐は二週間程度かかる。だから森までの行程が三日ほどかかるので、彼らが帰ってくるのはまだ少し先だ。
「ああ、ヴァレンタイン様。今頃はどうされているのかしら」
「お怪我などされていないかしら」
「白薔薇を愛でる会」の面々が、ことあるごとにベルテの側でため息と共に呟く。
彼が王都からいなくなっただけで、彼女たちの覇気もなくなったようだ。
「あら、マックスではないの?」
その日迎えに来た御者が、いつもの御者でないことに気づいた。
「彼は体調不良で早退しました。今日は私が勤めます。ケニスと申します」
「そう」
初めて見る顔だが、馬車はいつものものだ。
ベルテは疑わずに馬車に乗った。
馬車の中で、ベルテはあれから肌身離さず持ち歩いているメダルを眺めていた。
「ヴァレンタイン・ベルクトフ」と裏打ちされたメダルはずっしりと重く、その命の重さを感じさせる。
「どうしてこれを私にくれたんだろう」
正式な婚約者のベルテに預けるのが順当だが、彼には本当に渡したい人がいたのではないだろうか。
メダルを渡すという意味が意味なだけに、ついそんなことを考えてしまう。
ゴトゴト。物思いに耽っていると、車輪の音が変わったことに気づいた。石畳の上を走る音とは明らかに違う。
「あの、ケニス?」
それを怪訝に思ったベルテは、馬車の前を叩いた。
しかし返事もなく、馬車も止まらない。
「ケニス、ねえ、ケニス」
何度か呼びかけたが無駄だった。窓の外を見ると、いつも通る道とは明らかに違う。
ガタン。
「きゃあ!」
いきなり馬車が止まって、立っていたベルテはよろめいた。
「いた!」
よろめいて馬車の座席に膝をぶつけて、痛みに顔を歪めた。
ぶつけた膝をさすっていると、扉がバンっと開いた。
「ケニス」
蹲っていたベルテが顔を上げると、そこにいたのはケニスでは無かった。
「アレッサンドロ?」
目の前に現われたのは、離宮にいるはずのアレッサンドロだった。
「やあ、ベルテ」
彼はベルテにきつい眼差しを向けている。
「ど、どうして?」
「久しぶりに会った兄に、もっと嬉しそうな顔をしたらどうだ?」
「会いたいと思っていた相手ならね。ここで何をしているの?」
「そうか。それは残念だ。感動の再会はしたくないということだな」
アレッサンドロはそう言うと、手を伸ばしてベルテの襟首を掴んで馬車から引きずり降ろした。
「きゃあ」
引きずり降ろされたベルテは地面に叩き付けられた。
「いた」
土の上に倒れ込んで掌と膝を擦りむいた。
「無様だな、ベルテ」
そんなベルテの姿を見て、アレッサンドロは侮べつを込めた声音で見下ろした。
「アレッサンドロ様」
そこへもう一人やって来たのは、カトリーヌだった。
「あら、ベルテ様、ごきげんよう」
「カトリーヌ」
「あらあら、すっかり泥まみれね」
制服のスカートには泥が付き、黒のタイツは破れて穴が空いている。そこから見える膝から血が出ている。
ベルテは立ち上がると泥を払い、治療魔法で怪我を治した。
「どうしてここに二人が?」
ようやく落ち着いて周りを見渡すと、そこは薄暗い路地裏だった。周りの建物は廃墟なのか人の気配はない。
「お前には色々と世話になったからな」
「そうよ。だからアレッサンドロ様と二人でお礼をしようと思って」
「お礼?」
絶対言葉どおりではないことだけはわかる。
アレッサンドロは土と風魔法を使う。カトリーヌは風魔法と僅かな光魔法。ベレタは水と氷。
二対一で逃げ切れるだろうか。
「あの御者は?」
振り返ると御者台には誰もいない。彼もアレッサンドロとグルだと考えていいだろう。
「マックスは?」
「聞かなかったか? 体調不良だと言っていただろう」
「あなたを迎えに来る途中で、突然具合が悪くなったみたい」
「生きてるの?」
「私達を何だと思っている。そんな乱暴なことをするわけがない」
人を殺すほどの悪人ではないと思うが、人を傷つけるくらいのことはやりかねない。
「お礼って、何をしてくれるの」
「私達が、私と母上、それにカトリーヌが日陰に追いやられているのに、お前が明るいところで目立つなんて、そんなの許されると思うか? おかしいだろ、お前は地味で無愛想で勉強だけが取り柄の名ばかりの王女なのに」
「そうよ。なのに『白薔薇の君』と婚約だなんて、おかしいじゃない。私だって、憧れていたのよ」
きーっとカトリーヌが癇癪をぶつけてくる。
「おい、カトリーヌ、どういうことだ。ベルテに復讐したいんだろ。君もシャンティエの兄がいいのか」
ヴァレンタインのことを持ち出したカトリーヌに、アレッサンドロが突っ込む。
「あ、あら、ごめんなさい。アレッサンドロ様。でも、誰もが憧れる相手と婚約したのは、腹が立ちますでしょ」
「そ、それはそうだが…それより、ベルテ、お前にも少々痛い目にあってもらうぞ」
カトリーヌの発言に、納得いかない感じのアレッサンドロだったが、気を取りなおしてベルテに向きあった。
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