その断罪に異議あり! 断罪を阻止したらとんだとばっちりにあいました

七夜かなた

文字の大きさ
58 / 71
第十章 ヴァレンタインの秘密

2

しおりを挟む
 ヴァレンタインが魔獣討伐に出発して一週間が経った。
 ベルテは普段と変わらない日々を過ごしていた。
 今のところ王都にもたらされた情報では、討伐が順調に始まったということだけだった。
 普通討伐は二週間程度かかる。だから森までの行程が三日ほどかかるので、彼らが帰ってくるのはまだ少し先だ。
 
「ああ、ヴァレンタイン様。今頃はどうされているのかしら」
「お怪我などされていないかしら」

 「白薔薇を愛でる会」の面々が、ことあるごとにベルテの側でため息と共に呟く。
 彼が王都からいなくなっただけで、彼女たちの覇気もなくなったようだ。
 
「あら、マックスではないの?」

 その日迎えに来た御者が、いつもの御者でないことに気づいた。

「彼は体調不良で早退しました。今日は私が勤めます。ケニスと申します」
「そう」

 初めて見る顔だが、馬車はいつものものだ。
 ベルテは疑わずに馬車に乗った。
 馬車の中で、ベルテはあれから肌身離さず持ち歩いているメダルを眺めていた。
 「ヴァレンタイン・ベルクトフ」と裏打ちされたメダルはずっしりと重く、その命の重さを感じさせる。

「どうしてこれを私にくれたんだろう」

 正式な婚約者のベルテに預けるのが順当だが、彼には本当に渡したい人がいたのではないだろうか。
 メダルを渡すという意味が意味なだけに、ついそんなことを考えてしまう。

 ゴトゴト。物思いに耽っていると、車輪の音が変わったことに気づいた。石畳の上を走る音とは明らかに違う。

「あの、ケニス?」

 それを怪訝に思ったベルテは、馬車の前を叩いた。
 しかし返事もなく、馬車も止まらない。

「ケニス、ねえ、ケニス」

 何度か呼びかけたが無駄だった。窓の外を見ると、いつも通る道とは明らかに違う。

 ガタン。

「きゃあ!」

 いきなり馬車が止まって、立っていたベルテはよろめいた。

「いた!」

 よろめいて馬車の座席に膝をぶつけて、痛みに顔を歪めた。
 ぶつけた膝をさすっていると、扉がバンっと開いた。

「ケニス」

 蹲っていたベルテが顔を上げると、そこにいたのはケニスでは無かった。

「アレッサンドロ?」

 目の前に現われたのは、離宮にいるはずのアレッサンドロだった。

「やあ、ベルテ」

 彼はベルテにきつい眼差しを向けている。

「ど、どうして?」
「久しぶりに会った兄に、もっと嬉しそうな顔をしたらどうだ?」
「会いたいと思っていた相手ならね。ここで何をしているの?」
「そうか。それは残念だ。感動の再会はしたくないということだな」

 アレッサンドロはそう言うと、手を伸ばしてベルテの襟首を掴んで馬車から引きずり降ろした。

「きゃあ」

 引きずり降ろされたベルテは地面に叩き付けられた。

「いた」

 土の上に倒れ込んで掌と膝を擦りむいた。

「無様だな、ベルテ」

 そんなベルテの姿を見て、アレッサンドロは侮べつを込めた声音で見下ろした。

「アレッサンドロ様」

 そこへもう一人やって来たのは、カトリーヌだった。

「あら、ベルテ様、ごきげんよう」
「カトリーヌ」
「あらあら、すっかり泥まみれね」

 制服のスカートには泥が付き、黒のタイツは破れて穴が空いている。そこから見える膝から血が出ている。
 ベルテは立ち上がると泥を払い、治療魔法で怪我を治した。

「どうしてここに二人が?」

 ようやく落ち着いて周りを見渡すと、そこは薄暗い路地裏だった。周りの建物は廃墟なのか人の気配はない。

「お前には色々と世話になったからな」
「そうよ。だからアレッサンドロ様と二人でお礼をしようと思って」
「お礼?」

 絶対言葉どおりではないことだけはわかる。
 アレッサンドロは土と風魔法を使う。カトリーヌは風魔法と僅かな光魔法。ベレタは水と氷。
 二対一で逃げ切れるだろうか。

「あの御者は?」

 振り返ると御者台には誰もいない。彼もアレッサンドロとグルだと考えていいだろう。

「マックスは?」
「聞かなかったか? 体調不良だと言っていただろう」
「あなたを迎えに来る途中で、突然具合が悪くなったみたい」
「生きてるの?」
「私達を何だと思っている。そんな乱暴なことをするわけがない」

 人を殺すほどの悪人ではないと思うが、人を傷つけるくらいのことはやりかねない。

「お礼って、何をしてくれるの」
「私達が、私と母上、それにカトリーヌが日陰に追いやられているのに、お前が明るいところで目立つなんて、そんなの許されると思うか? おかしいだろ、お前は地味で無愛想で勉強だけが取り柄の名ばかりの王女なのに」
「そうよ。なのに『白薔薇の君』と婚約だなんて、おかしいじゃない。私だって、憧れていたのよ」

 きーっとカトリーヌが癇癪をぶつけてくる。

「おい、カトリーヌ、どういうことだ。ベルテに復讐したいんだろ。君もシャンティエの兄がいいのか」 

 ヴァレンタインのことを持ち出したカトリーヌに、アレッサンドロが突っ込む。

「あ、あら、ごめんなさい。アレッサンドロ様。でも、誰もが憧れる相手と婚約したのは、腹が立ちますでしょ」
「そ、それはそうだが…それより、ベルテ、お前にも少々痛い目にあってもらうぞ」

 カトリーヌの発言に、納得いかない感じのアレッサンドロだったが、気を取りなおしてベルテに向きあった。
しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います

りまり
恋愛
 私の名前はアリスと言います。  伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。  母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。  その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。  でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。  毎日見る夢に出てくる方だったのです。

「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。

パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、 クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。 「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。 完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、 “何も持たずに”去ったその先にあったものとは。 これは誰かのために生きることをやめ、 「私自身の幸せ」を選びなおした、 ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

処理中です...