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第十章 ヴァレンタインの秘密
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皆に注目されていると思うといたたまれなくなって、視線をどこに持っていけばいいかわからず、再びヴァレンタインに視線を戻すと、紫の瞳と視線がぶつかった。
キラキラしたその瞳は、ベルテの答えを期待しているのが丸わかりだ。
「は、始めからき、嫌いでは…」
ぼそりと小さな声で呟く。
「え?」
あまりに小さい声だったので、彼には聞こえなかったようで、聞き返された。
「あの、私達は席を外しますわ」
「え?」
「そうだな」
「私も、ヴァレンタイン様が目覚めたと、騎士団に報告しないと」
「では、私はブライアン様にお伝えしますわ」
「あ、あの、シャンティエ様?」
気を利かせようとしたのか、四人がそう言って後退りしながら部屋を出ていこうとする。
「ヴァレンタイン様、あと一日は養生してください。後で薬を届けさせます」
「わかりました。ありがとうございます」
「私は何もしていません。ヴァレンタイン様が御自分で回復したようなものですから」
確かにベルテの胸像に溜めた魔力が、メダルを起爆剤にして勝手に流れ込んで彼は目覚めたところはある。
二人きりにされてしまい、暫く気まずい沈黙が流れた。
「それで…さっきは」
「い、いい人だと思っています」
二人同時に口を開き、声が被った。
「すみません」
「いえ、こっちこそ」
彼が謝り、ベルテも恐縮する。
「私…」
今度は被ることなく、ベルテが先に話し出した。ヴァレンタインは黙って見守っている。
その表情はかつてベルテの話をよく聞いてくれた曽祖父を思い出させた。
「自分には結婚は向いていないと思っていました」
「そう悟るには、いささか若過ぎませんか」
女性の結婚適齢期は二十歳がピークだ。そしてベルテは今十七歳。結婚すらしていないうちから、結婚に向いていないと言い切るのは早計と言える。
「同年代の男性から見れば、面白くないと思います。無愛想だし、パーティみたいな華やかな場所より研究室に籠もるほうが好きだし」
「それの何がいけないのですか? 私も、騎士団の仕事や侯爵家の運営は嫌いではないですが、華やかな場は苦手です。仕事や義務で参加をしているだけです」
「てっきり、華やかな場所は得意なのかと思っていました」
「見た目でそう思われることはあります。貴族ですから、社交は必要だとは理解しています。ですが、得意かどうかはまた別です」
彼の告白を聞いて、ベルテは彼のことを勝手な先入観で見ていたのだと気づいた。
「『白薔薇を愛でる会』のことで、ベルテ様にはとても迷惑をかけているようですね」
唐突に、彼は話題を変えた。
「えっと、まあ、色々とないわけでは…」
「申し訳ございません」
「いえ、あなたが悪いわけでは」
「いいえ、私の責任です。この前は私が出ていけばかえってややこしくなると言われて引き下がりましたが、武闘大会の後でまた酷いことを言われたと聞きました」
花の件で他の男性にも色目を使っているとか、言われたことを言っているのだとわかった。
「あれは武闘大会の伝統です。過去に花を捧げられた方々全てを侮辱するものです。ですから、それに関しては軽率であるとしか思えません」
ヴァレンタインの言うことももっともだ。ベルテに対して文句を言ったのだろうが、花を捧げるのが武闘大会でのいつものパフォーマンスなら、これまで花を捧げられてきた女性たち全てを、そういう人間だと言っていることになる。
「そこまで考えなかったわ」
その中にはエンリエッタ様やヴァレンタインとシャンティエの母である侯爵夫人もいるのだ。
「その発言をした令嬢と、それを援護した令嬢たちには、正式に抗議と謝罪を求める書簡を送りました」
「そんなことまで」
「そしてベルテ様に対して、根も葉もない悪評を流した多くの者と、その温床である『白薔薇を愛でる会』の解体を願い出ました」
「解体…」
驚きの展開に、ベルテは目を瞠った。
「それに関しては、ディラン殿下にもご助力いただきました」
「え、ディラン?」
そこで異母弟の名前が出てくるとは思わなかった。
そういえば、ヴァレンタインがベルテに贈ったメダルに追跡魔法がかけられていることも、アレッサンドロたちが何かと仕掛けてくるかも知れないということも、二人は色々とベルテの知らないところで繋がっているみたいだ。
「はい。正式に誰が会員なのか、王家の力を使って名簿を作ってくださいました。ベルテ様は王族ですから、そのために王家の力を使うのは当然だとおっしゃって」
「ディランと、随分親しいのですね」
「それは焼きもちですか?」
「ち、ちが…」
未来の王とその家臣。ベルテがヴァレンタインと結婚すれば、義兄弟になる。二人が結託したところで、何も不思議ではない。
「ただ、私に関係することなのに、誰も私に教えてくれないことに、ちょっと悲しいというか…それに、会の人たちは、あなたのことを」
「関係ありません。私の大事な人を侮辱したのですから、それだけのことをしたのです。そしてもし、このことでまたベルテ様に何か言ってきたり、危害を加えたりすれば、王室侮辱罪で罪に問うとも会員全員に手紙を送って伝えました」
「全員…」
一体何通手紙を書いたのだろう。十や二十ではないことはわかる。
「大変だったのでは?」
「仕事の合間に書いたので二週間近くかかりましたが、それくらい平気です」
そういうヴァレンタインの顔は、魔力不足で顔色が悪いながら、とても晴れ晴れしかった。
キラキラしたその瞳は、ベルテの答えを期待しているのが丸わかりだ。
「は、始めからき、嫌いでは…」
ぼそりと小さな声で呟く。
「え?」
あまりに小さい声だったので、彼には聞こえなかったようで、聞き返された。
「あの、私達は席を外しますわ」
「え?」
「そうだな」
「私も、ヴァレンタイン様が目覚めたと、騎士団に報告しないと」
「では、私はブライアン様にお伝えしますわ」
「あ、あの、シャンティエ様?」
気を利かせようとしたのか、四人がそう言って後退りしながら部屋を出ていこうとする。
「ヴァレンタイン様、あと一日は養生してください。後で薬を届けさせます」
「わかりました。ありがとうございます」
「私は何もしていません。ヴァレンタイン様が御自分で回復したようなものですから」
確かにベルテの胸像に溜めた魔力が、メダルを起爆剤にして勝手に流れ込んで彼は目覚めたところはある。
二人きりにされてしまい、暫く気まずい沈黙が流れた。
「それで…さっきは」
「い、いい人だと思っています」
二人同時に口を開き、声が被った。
「すみません」
「いえ、こっちこそ」
彼が謝り、ベルテも恐縮する。
「私…」
今度は被ることなく、ベルテが先に話し出した。ヴァレンタインは黙って見守っている。
その表情はかつてベルテの話をよく聞いてくれた曽祖父を思い出させた。
「自分には結婚は向いていないと思っていました」
「そう悟るには、いささか若過ぎませんか」
女性の結婚適齢期は二十歳がピークだ。そしてベルテは今十七歳。結婚すらしていないうちから、結婚に向いていないと言い切るのは早計と言える。
「同年代の男性から見れば、面白くないと思います。無愛想だし、パーティみたいな華やかな場所より研究室に籠もるほうが好きだし」
「それの何がいけないのですか? 私も、騎士団の仕事や侯爵家の運営は嫌いではないですが、華やかな場は苦手です。仕事や義務で参加をしているだけです」
「てっきり、華やかな場所は得意なのかと思っていました」
「見た目でそう思われることはあります。貴族ですから、社交は必要だとは理解しています。ですが、得意かどうかはまた別です」
彼の告白を聞いて、ベルテは彼のことを勝手な先入観で見ていたのだと気づいた。
「『白薔薇を愛でる会』のことで、ベルテ様にはとても迷惑をかけているようですね」
唐突に、彼は話題を変えた。
「えっと、まあ、色々とないわけでは…」
「申し訳ございません」
「いえ、あなたが悪いわけでは」
「いいえ、私の責任です。この前は私が出ていけばかえってややこしくなると言われて引き下がりましたが、武闘大会の後でまた酷いことを言われたと聞きました」
花の件で他の男性にも色目を使っているとか、言われたことを言っているのだとわかった。
「あれは武闘大会の伝統です。過去に花を捧げられた方々全てを侮辱するものです。ですから、それに関しては軽率であるとしか思えません」
ヴァレンタインの言うことももっともだ。ベルテに対して文句を言ったのだろうが、花を捧げるのが武闘大会でのいつものパフォーマンスなら、これまで花を捧げられてきた女性たち全てを、そういう人間だと言っていることになる。
「そこまで考えなかったわ」
その中にはエンリエッタ様やヴァレンタインとシャンティエの母である侯爵夫人もいるのだ。
「その発言をした令嬢と、それを援護した令嬢たちには、正式に抗議と謝罪を求める書簡を送りました」
「そんなことまで」
「そしてベルテ様に対して、根も葉もない悪評を流した多くの者と、その温床である『白薔薇を愛でる会』の解体を願い出ました」
「解体…」
驚きの展開に、ベルテは目を瞠った。
「それに関しては、ディラン殿下にもご助力いただきました」
「え、ディラン?」
そこで異母弟の名前が出てくるとは思わなかった。
そういえば、ヴァレンタインがベルテに贈ったメダルに追跡魔法がかけられていることも、アレッサンドロたちが何かと仕掛けてくるかも知れないということも、二人は色々とベルテの知らないところで繋がっているみたいだ。
「はい。正式に誰が会員なのか、王家の力を使って名簿を作ってくださいました。ベルテ様は王族ですから、そのために王家の力を使うのは当然だとおっしゃって」
「ディランと、随分親しいのですね」
「それは焼きもちですか?」
「ち、ちが…」
未来の王とその家臣。ベルテがヴァレンタインと結婚すれば、義兄弟になる。二人が結託したところで、何も不思議ではない。
「ただ、私に関係することなのに、誰も私に教えてくれないことに、ちょっと悲しいというか…それに、会の人たちは、あなたのことを」
「関係ありません。私の大事な人を侮辱したのですから、それだけのことをしたのです。そしてもし、このことでまたベルテ様に何か言ってきたり、危害を加えたりすれば、王室侮辱罪で罪に問うとも会員全員に手紙を送って伝えました」
「全員…」
一体何通手紙を書いたのだろう。十や二十ではないことはわかる。
「大変だったのでは?」
「仕事の合間に書いたので二週間近くかかりましたが、それくらい平気です」
そういうヴァレンタインの顔は、魔力不足で顔色が悪いながら、とても晴れ晴れしかった。
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