恋人は謎多き冒険者

七夜かなた

文字の大きさ
26 / 47
第3章 討伐依頼

しおりを挟む
家に帰って、夕食の用意が出来たら呼びに行くと言って、マリベルは一旦部屋の前でフェルと別れた。
だいたいできあがって来た頃に食器を並べていると、入り口のドアを叩く音がした。

「フェルさん、そろそろ呼びに行こうと思っていたの」
「あの、これ」
「え?」

そう言ってフェルが背中に隠していた花束を見せる。今度は薬草ではなくきちんとした花だった。それもマリベルが好きなガーベラだ。

「まあ、いつの間に。ありがとうございます」

一緒に帰ってきたから途中で買う時間はなかったはず。ということは、一度帰ってから買ってきたのだろうか。
花瓶に花を生けてから食べ始めたが、フェルはよほどお腹が空いていたのか用意した食事をすべて平らげた。

「あの、フェルさん、聞きたいことがあるんですが」
「俺の実力のことですか?」

彼も聞かれると覚悟していたらしい。マリベルはこくりと頷いた。

「ウルフキングを倒すなんて、C級のレベルじゃないですよね」
「冒険者は最初F級から始めますよね」
「普通はそうだけど。実力者からの推薦があってそれなりの実績があれば、もっと上のランクから始められるし、最速でランクも上げられるわ」
「でも俺はただ、冒険者になれればそれで良かった。ランクはどうでもいい」
「だけど、実力があるのに正当に評価されないなんて悔しくないの? あんな風にエミリオにばかにされることもなかったのに」

A級だからと偉そうにしていたエミリオは結局強い魔物を前に逃げて、仲間を失った。彼がばかにしたフェルは彼らを救い、ウルフキングを始めとしたベアドウルフを討伐した。どっちが実力があるかと言えば一目瞭然である。

「フェルさん、一体どれくらい強いんですか?」

ギルドの受付のマリベルは、登録している冒険者カードの情報を見ることが出来る。フェルの登録情報はC級冒険者としてはかなりのスペックだった。
魔法は水と風と土が使える。後は強化魔法などの無属性魔法。魔法の種類で言えばかなりの実力だ。得意な武器は剣。その腕前も達人レベルだ。
本当ならA級など軽く狙えるほど。

「俺は強さを自慢するつもりはない。ランクは他人からの評価でしかないし、いくら上のランクに昇り詰めても、自分が大事な人を守れると確信できる強さにはまだまだ足りないと思っている」

無欲なのか貪欲なのかわからない答えだった。数値で見る評価は重要では無い。でもどこまでも強くありたい。フェルの強さは自慢するためでも自分が評価されるためでもなく、ただ大切な人を守るために身につけたものだと言う。

「でも、いざというとき、俺は側にいることができず守れなかった。そのせいで大切な人を悲しませてしまった」

悔しそうに唇を噛んで、ぎゅっと目を瞑る。その顔には後悔の念が滲み出ていた。

「次は絶対守る」

魂に刻み込むかのようにそう言う。
フェルがそれほどまでに守りたい人ってどんな人なのかな。
女性かな。もし女性ならどんな人なんだろう。
そう思うと、何だか心がざわついた。
でもそんな人がいるなら、なぜ私の恋人の振りをしてくれるのか。その理由がわからない。
きっと実力より低いランクでいるのと同じで、何か事情があるんだろう。

「じゃあ、この前教えてくれた孤児とか、私の父に恩があるというのは」
「それは本当です。俺は本当の両親の顔も知らない。赤ん坊の頃棄てられていた。子供の頃は、生きるために犯罪も犯した。マリベルさんの父上に会ったのもその頃だ」

複雑な色をしたフェルの瞳がまっすぐにマリベルに向けられた。よほどの悪人でない限り、後ろめたいところがなければそこまで真っ直ぐ見つめてくることはないだろう。
色々謎の多い人だが、悪人では無いとわかる。本当の悪人で狡い人間なら、今日みたいに危険を承知で人を助けたりはしない。
嘘はついていない。ただ、彼には言えないことがあるのだ。冒険者をやっている者の中には、誰にも言いたくない暗い過去を引きずっている人がいることを、マリベルは知っている。
犯罪を犯した。小さい頃、生きるために必死だった時に、犯したのだろう。
そんな一見恥と思えることを、彼はマリベルに話してくれた。
それだけ信用してくれているんだ。
そう思うと、さっきざわついた気持ちが幾分か落ち着いた。

「嘘だとは思っていないわ。フェルさんのことを、昔から知っているわけじゃないけど、そんな人じゃないことはわかるわ」
「ありがとう。そんな風に言ってもらえてうれしい」
「でも、今日は本当にありがとう。一人は助からなかっけど、フェルさんのお陰で命拾いした人がいるし、ウルフキングやベアドウルフを倒してくれた」
「俺が出来ることをやっただけです」
「ねえ、やっぱり私からも何かお礼をしたいんだけど」
「食事、作ってくれました」
「それは、私も食べるし、ついでみたいなものよ。もっと、何かフェルさんが今日頑張ったと実感できることで、私が出来ることはない? あまり高いものは無理だけど、何か記念に残るようなもの、ない? 何でも言って」

フェルが何をほしいか、どんなことをしてもらったら嬉しいか、マリベルにはまるでわからない。
マリベルの作った料理を美味しそうに食べてはくれるが、それは特別なことではない。
彼が何を贈ったら喜んでくれるのか、少しでも彼のことを知りたかった。

「何でも?」

マリベルのことをじっと見つめ返し、フェルが尋ね返す。

「ええ」

マリベルを見つめるフェルの瞳が揺らぐ。

「じゃあ、恋人…」
「え?」

声が小さくて聴き取れなかった。

「や、やっぱり、いいです。食事だけで」
「何かあるんでしょ、言ってみて。私に出来ることなんですよね」

何か言いかけてフェルは打ち消した。それをマリベルは追求した。

「も、もちろん。マリベルさんに出来ることだし、あなたしか出来ません」
「だったら言ってください」

彼の望みがなんなのか、キラキラとした目で彼の言葉を待った。

「もし、出来ないなら、断ってください。俺は…気にしないので」
「ええ」

彼が何を言ったとしても何とか応えるつもりだったが、マリベルはそう約束した。

「じゃあ…その…キス…」
「え?」
「恋人…同士が交わすような…キス、したいです。マリベルさんと」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~

遠野エン
恋愛
王太子から理不尽な婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢ルティア。聖女であるライバルの策略で「悪女」の烙印を押され、すべてを奪われた彼女が追放された先は荒れ果てた「廃墟の街」。人生のどん底――かと思いきや、ルティアは不敵に微笑んだ。 「問題が山積み? つまり、改善の余地(チャンス)しかありませんわ!」 彼女には前世で凄腕【経営コンサルタント】だった知識が眠っていた。 瓦礫を資材に変えてインフラ整備、ゴロツキたちを警備隊として雇用、嫌われ者のキノコや雑草(?)を名物料理「キノコスープ」や「うどん」に変えて大ヒット! 彼女の手腕によって、死んだ街は瞬く間に大陸随一の活気あふれる自由交易都市へと変貌を遂げる! その姿に、当初彼女を蔑んでいた冷酷伯爵シオンの心も次第に溶かされていき…。 一方、ルティアを追放した王国は経済が破綻し、崩壊寸前。焦った元婚約者の王太子がやってくるが、幸せな市民と最愛の伯爵に守られた彼女にもう死角なんてない――――。 知恵と才覚で運命を切り拓く、痛快逆転サクセス&シンデレラストーリー、ここに開幕!

『影の夫人とガラスの花嫁』

柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、 結婚初日から気づいていた。 夫は優しい。 礼儀正しく、決して冷たくはない。 けれど──どこか遠い。 夜会で向けられる微笑みの奥には、 亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。 社交界は囁く。 「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」 「後妻は所詮、影の夫人よ」 その言葉に胸が痛む。 けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。 ──これは政略婚。 愛を求めてはいけない、と。 そんなある日、彼女はカルロスの書斎で “あり得ない手紙”を見つけてしまう。 『愛しいカルロスへ。  私は必ずあなたのもとへ戻るわ。          エリザベラ』 ……前妻は、本当に死んだのだろうか? 噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。 揺れ動く心のまま、シャルロットは “ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。 しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、 カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。 「影なんて、最初からいない。  見ていたのは……ずっと君だけだった」 消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫── すべての謎が解けたとき、 影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。 切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。 愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処理中です...