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第5章 父が遺したもの
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その少年を初めて見たのは冬の寒さがまた一段と厳しくなってきた時だった。
ここ最近、母の体調が思わしくなく、寝台から起き上がれない日々が続いていた。
八歳のマリベルは、そんな母の代わりに家事を何とかこなして日々を過ごしていた。
(お母さん、昨日もあんまり食べなかったな。何を作ったら食べてくれるんだろう)
マリベルは毎日市場へ出掛けては、母が食べられそうなものを探し回った。
(こっちの方は殆ど見たし、今日はあっちの方へ行ってみようかな)
食材を探して、普段は通らない通りに足を踏み入れた。紙袋はパンや野菜、ベーコンなどでいっぱいになっていたが、他にも良いものがないかもう少し探そうと思った。
「このクソガキが!グダクダ言ってないでさっさと稼ぎに行ってこい!」
怒鳴り声が聞こえて、マリベルはビクリとなる。
(なに、喧嘩? ど、どうしよ…)
「なんだその目は、クソ生意気なやろうだ」
バシッと何かを叩く音が聞こえ、目の前に男の子が転がってきた。
「わかったよ。行ってくればいいんだろ!」
フラフラしながら、男の子は立ち上がった。手足はガリガリで着ている物も冬にしては薄着だ。そして唇の端から血が出ている。
「なんだよ、ジロジロ見るな」
びっくりしているマリベルをギラリと睨んだ少年の瞳は、真っ黒の中に違う色の混じった夜空のような色で、マリベルは思わず「綺麗」と呟いた。
「はあ? おまえ、ばかにしてんのか」
「ねえ、君はこの辺りのことに詳しい?」
「は?」
「私ね、お母さんに食べさせたくて、珍しい食べ物探しているんだ。どこかで市場とか知らないかな」
母に何か食べさせたいと言う気持ちが大きくて、マリベルは少年の睨みに怖気づかなかった。
「タダでは…教えないぞ」
少年は何か言いたそうに口をパクパクさせた後、ボソっと呟いた。
「うん」
少年はマリベルについてこいと言って先に歩き出した。
「ねえ、ちょっと待って、その怪我」
「はあ?」
少年に追いつき、顔を覗き込むと、マリベルは彼の口許に手をかざし、今出来たばかりの傷を治療した。
「な…」
「へへ、私、ちょっと治療魔法使えるんだ。あ、でも内緒ね。お父さんに無闇に使うなって言われてるんだ。あ、私マリベルって言うんだ。あなたは?」
魔法を使える人材は誘拐される確率が高い。だから使えることを子供の頃は隠すことが多い。
「………だ。そんなの…じゃあ使うなよ」
少年は呆れたように言う。
「でも、痛そうだし、気になるもん」
「………」
笑顔でそう言うと、少年は怒ったのかフィッと顔を背けた。
「ここだ。この辺りのもんは大体ここで買い物する。でも、あんまり高くていいのはないぞ」
「大丈夫。ありがとう」
少年が案内してくれた市場はいつもマリベルが行っていた市場より簡素な感じだったが、賑わっていた。
「なんだお前、また盗みに来たのか!」
市場へ足を踏み入れるなり、こちらに向かって怒声が飛んできた。
「違う!この子が来たいって言うから案内してきただけだ」
少年が怒鳴った男性に反論すると、男はマリベルも胡散臭げに見る。
「あの、おじさんその串焼き二つください」
マリベルは銅貨を差し出して言った。物乞いや空腹で盗みを働く子がいることは、マリベルも知っていた。そういう子と思われないよう、マリベルは串焼きを買い、ひとつを少年に渡した。
「おれに?」
「お礼だよ」
実はさっきから少年のお腹が鳴っているのが聞こえていた。
「あ、ありがとう…」
少年は戸惑いながらも嬉しそうに串焼きを受け取り、二人で食べながら市場を歩いた。
(あの子…名前何だったっけ)
夢の中でマリベルは少年の名前を思い出そうとした。
しかし、何かが重い蓋をしてその先に行けない。
次の瞬間、マリベルは暗くてジメジメした部屋に閉じ込められていた。
(怖い…ここどこ?)
「お母さん、お父さん、どこ~?やだよ、ここは暗いよ、怖いよ」
少年と一緒に串焼きを食べ終わる頃、突然マリベルは知らない男たちに腕を掴まれ、路地へ引っ張り込まれた。
「やめろ!」
少年が手を伸ばすが、彼も別の男に羽交い締めにされている。
「…、お前、いっちょ前に女のコたらしこんで、お綺麗な顔が役にたったな」
「違う、その子は!」
「治療魔法が使えるみたいだな。こいつは高値で売り捌けるぞ、お前たち、そいつを連れて行け」
「いやぁ!………」
「マリベル」
その後すぐ、マリベルは気を失った。
「ごめんなさい…お父さん…」
言いつけを破って安易に治療魔法を使ったのがいけなかったのだと、マリベルもわかっていた。
「お母さん…」
今頃心配しているだろう。病気の母の支えになるどころか、心配をかけてしまう。
その時、ガチャリとマリベルのいる部屋の扉が開いた。
「マリベル、大丈夫か」
「………」
さっきの少年が体中傷だらけになって現れた。
「早く、あいつらが来る前に」
少年が差し出した手を、マリベルは迷わず掴んだ。
ここ最近、母の体調が思わしくなく、寝台から起き上がれない日々が続いていた。
八歳のマリベルは、そんな母の代わりに家事を何とかこなして日々を過ごしていた。
(お母さん、昨日もあんまり食べなかったな。何を作ったら食べてくれるんだろう)
マリベルは毎日市場へ出掛けては、母が食べられそうなものを探し回った。
(こっちの方は殆ど見たし、今日はあっちの方へ行ってみようかな)
食材を探して、普段は通らない通りに足を踏み入れた。紙袋はパンや野菜、ベーコンなどでいっぱいになっていたが、他にも良いものがないかもう少し探そうと思った。
「このクソガキが!グダクダ言ってないでさっさと稼ぎに行ってこい!」
怒鳴り声が聞こえて、マリベルはビクリとなる。
(なに、喧嘩? ど、どうしよ…)
「なんだその目は、クソ生意気なやろうだ」
バシッと何かを叩く音が聞こえ、目の前に男の子が転がってきた。
「わかったよ。行ってくればいいんだろ!」
フラフラしながら、男の子は立ち上がった。手足はガリガリで着ている物も冬にしては薄着だ。そして唇の端から血が出ている。
「なんだよ、ジロジロ見るな」
びっくりしているマリベルをギラリと睨んだ少年の瞳は、真っ黒の中に違う色の混じった夜空のような色で、マリベルは思わず「綺麗」と呟いた。
「はあ? おまえ、ばかにしてんのか」
「ねえ、君はこの辺りのことに詳しい?」
「は?」
「私ね、お母さんに食べさせたくて、珍しい食べ物探しているんだ。どこかで市場とか知らないかな」
母に何か食べさせたいと言う気持ちが大きくて、マリベルは少年の睨みに怖気づかなかった。
「タダでは…教えないぞ」
少年は何か言いたそうに口をパクパクさせた後、ボソっと呟いた。
「うん」
少年はマリベルについてこいと言って先に歩き出した。
「ねえ、ちょっと待って、その怪我」
「はあ?」
少年に追いつき、顔を覗き込むと、マリベルは彼の口許に手をかざし、今出来たばかりの傷を治療した。
「な…」
「へへ、私、ちょっと治療魔法使えるんだ。あ、でも内緒ね。お父さんに無闇に使うなって言われてるんだ。あ、私マリベルって言うんだ。あなたは?」
魔法を使える人材は誘拐される確率が高い。だから使えることを子供の頃は隠すことが多い。
「………だ。そんなの…じゃあ使うなよ」
少年は呆れたように言う。
「でも、痛そうだし、気になるもん」
「………」
笑顔でそう言うと、少年は怒ったのかフィッと顔を背けた。
「ここだ。この辺りのもんは大体ここで買い物する。でも、あんまり高くていいのはないぞ」
「大丈夫。ありがとう」
少年が案内してくれた市場はいつもマリベルが行っていた市場より簡素な感じだったが、賑わっていた。
「なんだお前、また盗みに来たのか!」
市場へ足を踏み入れるなり、こちらに向かって怒声が飛んできた。
「違う!この子が来たいって言うから案内してきただけだ」
少年が怒鳴った男性に反論すると、男はマリベルも胡散臭げに見る。
「あの、おじさんその串焼き二つください」
マリベルは銅貨を差し出して言った。物乞いや空腹で盗みを働く子がいることは、マリベルも知っていた。そういう子と思われないよう、マリベルは串焼きを買い、ひとつを少年に渡した。
「おれに?」
「お礼だよ」
実はさっきから少年のお腹が鳴っているのが聞こえていた。
「あ、ありがとう…」
少年は戸惑いながらも嬉しそうに串焼きを受け取り、二人で食べながら市場を歩いた。
(あの子…名前何だったっけ)
夢の中でマリベルは少年の名前を思い出そうとした。
しかし、何かが重い蓋をしてその先に行けない。
次の瞬間、マリベルは暗くてジメジメした部屋に閉じ込められていた。
(怖い…ここどこ?)
「お母さん、お父さん、どこ~?やだよ、ここは暗いよ、怖いよ」
少年と一緒に串焼きを食べ終わる頃、突然マリベルは知らない男たちに腕を掴まれ、路地へ引っ張り込まれた。
「やめろ!」
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「治療魔法が使えるみたいだな。こいつは高値で売り捌けるぞ、お前たち、そいつを連れて行け」
「いやぁ!………」
「マリベル」
その後すぐ、マリベルは気を失った。
「ごめんなさい…お父さん…」
言いつけを破って安易に治療魔法を使ったのがいけなかったのだと、マリベルもわかっていた。
「お母さん…」
今頃心配しているだろう。病気の母の支えになるどころか、心配をかけてしまう。
その時、ガチャリとマリベルのいる部屋の扉が開いた。
「マリベル、大丈夫か」
「………」
さっきの少年が体中傷だらけになって現れた。
「早く、あいつらが来る前に」
少年が差し出した手を、マリベルは迷わず掴んだ。
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