蘇生機

小鳥遊愚香

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蘇生機

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 冬の山小屋は、雪に閉ざされて静まり返っていた。

 山小屋を訪れた孫――テオは祖父――サイラスの前に立ち、得意げに箱を掲げた。

 クリスマスプレゼントでもらったというそれは、小さな蘇生機だった。死体に電極を繋ぎ、一定時間作動させることで生体反応を回復させる――そう説明書にはあった。

 死んだ生き物を蘇生させることができるという触れ込みで、虫でも、動物でも、植物でも、かつて生きていたものならば何だって蘇生させることができるらしかった。

 こんなもの、教育に悪そうだけどなとサイラスは思う。
 同時に、子どもは生き死にに興味津々だからな。世話するのは最初だけで、飽きてしまえば呆気なく殺してしまう。もっと古典的なので言えば、カエルを爆竹で爆発させたり、蟻の巣を水浸しにしたり、バッタの脚やトンボの羽をむしり取ったり。今にして思えばおぞましい遊びだけど、面白半分で簡単に命を奪ってしまう。彼自身にも、覚えがあった。

「だからといって蘇生機、ねぇ」
 サイラスは苦々しく呟く。

「すごい人気なんだ。これを欲しがらない子供はまずいないよ。一昨年や昨年のサンタクロースはこればかり届けただろうし、今年のサンタクロースもこればかり届けるはず。きっと来年もね」
 テオが嬉々として話す。
「現に、僕もパパやママに何度もせがんだんだから。クラスメイトで持っていないのは自分だけだからって」

「へぇ。で、買ってもらえたのかい?」
 サイラスは興奮気味の孫を微笑ましく見つめている。

「ううん、子犬をくれた。僕も嬉しかったし、去年はあれでよかったんだ」

 サイラスは顔を思わず顰める。

 おいおい、生き物なんて与えたら、なおさら蘇生機を欲しがるぞ。いつか必ず別れが来る訳だからな。

 そこまで思いを巡らせて、サイラスはハッと気がつく。

「剥製には使うなよ」
 サイラスは即座にテオに言った。

 二人は壁に並ぶ鹿や猪の剥製、そして一番奥に鎮座する、人喰い熊の剥製を見る。

 あの熊は、祖父が人生でただ一度、死を覚悟して撃ち倒した相手だった。
 新聞に載り、表彰状を受け取り、村中から称えられた。
 だが何より忘れられなかったのは、引き金を引いた瞬間の――あの高揚だった。

 鹿や猪では、もう足りなかった。
 もう一度あの人喰い熊と闘えたら――それは叶わぬことだと思っていた。
 しかし、蘇生機さえあれば、あるいは――。
 サイラスは焦点の合わない目で、剥製を見つめた。



 数日後、テオと猟犬は凍った池のそばで動かない蛙を見つけた。

「冬眠してるだけだ。温めてやれ」

 サイラスの言葉を信じ、テオは蛙を風呂に入れた。

 しばらくして、サイラスが戻ると完全に茹だった蛙を前に、テオは途方に暮れていた。

 テオは蘇生機を繋いだ。
 
 筋肉が痙攣するだけだろう――近くで見守るサイラスはそう思っていた。

 ところが蛙は、確かに自分の意思で跳ねた。
 テオが嬉しそうな声を出す。

 サイラスの胸に、あの記憶が蘇った。

 雪の中、血と息の白さ、獣の咆哮――。
 もう一度、あの瞬間を。



 サイラスは居ても立っても居られずに、小ぶりな剥製で試した。
 鹿が動き、猪が呻いた。
 効果は疑いようもない。

 サイラスは、とうとう人喰い熊の剥製に電極を――。



 蘇った人喰い熊との戦いは、期待通りだった。期待以上と言ってもいい。

 雪山を駆けずり回り命の駆け引きをするスリルは何物にも代え難い。

 蛙も、鹿も、猪も、テオも、猟犬も喰われたが――問題はない。後で蘇生すればいい。



 相打ちの末、サイラスと人喰い熊は互いに致命傷を負った。

 サイラスは生死の境を彷徨いながら、隙をついて山小屋へ戻り、やっとの思いで自分に蘇生機を繋いだ。

 意識が遠のく。死んでも蘇生すればいい。

 自分を回復させてから、今後こそ人喰い熊を仕留める。

 今度は死んだ人喰い熊を蘇生させて、また仕留める。

 何度でも。
 永遠に。
 死に際のサイラスの口元には、笑みすら浮かんでいた。



 どのくらい眠っていたのだろう。蘇生機は予定通り作動を始めた。まだ朦朧とするサイラスのすぐ近く、山小屋の中で物音がした。

 視界にそれが飛び込んだ瞬間、人喰い熊の牙がサイラスの腹に食い込んだ。

 激痛。
 意識が飛ぶ。
 蘇生機が作動している。
 すぐに蘇生が始まる。
 再び裂かれる内臓。

 激痛。
 意識が飛び、作動する蘇生機。
 再生する内臓。
 食いつく人喰い熊。
 痛い、気絶。
 作動、蘇生。
 再生する腑。

 繰り返し。
 永遠に。
 何度でも。

 蘇生機の電極を外そうとしたサイラスの腕は、人喰い熊の重みで動かなかった。

 食いつき、蘇り、食いつき、蘇る。

 サイラスはその永遠の中でようやく理解した。

 これは狩りではない。
 自分はもはや獲物なのだ。



 山小屋の外には、雪の音だけが降り積もり続けていた。
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