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 そんなことより、ラルドはなぜこんな場所にいるのだろうか?
 ファンという言葉に首を傾げた彼に丁寧に“深い意味の一切ない憧れの人”という意味だと説明する。

「変な奴だな。あー、名前は?」

 そのせいだろうか、ラルドに「変人」認定されて心が複雑骨折して考えていたことがすべてどうでもよくなったのですが、彼にどうであれ存在を認識してもらえた事実を喜ぶことで、何よりもまず涙を封じたいと思います。本当はそんな場合ではなく確認するべきことがあったはずですが、深刻なダメージを負った心の方が大事です。思わず敬語になるくらいにはショックが大きいです。

「申し遅れました。私はアルテと申します。変な奴でも怪しい者でもなく駆け出し冒険者です。ラルドさんにお伺いしていいかわかりませんが」
「あぁ、いや。急に声をかけて悪かった。ただ、無心でずっと薬草を抜いてりゃ、気にもなるだろ? それで声をかけたんだよ。あと、ラルドで構わない。で、何が恥ずかしいんだ?」

 正直ラルドは数いる推しの中の一人なので、彼とのこの出会いを胸に他の推しに会うときはもっと上手く、未来の俺がやるでしょう。実家ではどうしてそこまでただの冒険者に憧れられるかなぁ、と心底不思議そうにされたわけですが、自分にはフィジカルが足りないので、と嘆いた結果秒で納得されたのは余談です。最も後で掘り下げてみたら、この世界は“同性に憧れる”という感覚はあんまりないらしいことに気がついて、だからあんなに不思議そうにされたのか! と、それはつまりどういうことだ? なんて一人で混乱したのだが。

 おそらく、同性愛も一夫多妻も一妻多夫も、いろいろとこの世界は寛容なのが原因なのだろう。憧れという感情を抱くより、その先の感情が真っ先にくるべきというか。好きといえば、それすなわち同性同士でも男女間でのその意味でしかないという感じというか。肉欲的なものを挟まない想いが許されるのは小学生までだよね! というノリが蔓延しているというか。だからこそ、前世を持つ俺の純粋な憧れという感情は理解されにくいのだろう。幸い俺のこの態度に慣れた実家の人間なら俺に限り「また始まった」くらいの軽い認識で終わらせてくれるが、他でやらかすと弁明がものすごく面倒くさくて苦労した覚えしかない。俺が言う好きはしょせん小さな子供が言う「お父さん大好き! 私、大きくなったらお父さんと結婚する」と同程度の価値しかないのだと、実家の人間が俺の代わりに説明に来たときは、さすがに夕日が目に染みたものだ。

 本当に、成人するまで、俺はその感覚がまったく理解できなかったのだが、成人の儀式みたいなもので非童貞非処女になったあたりでようやくあきらめがついたというか、悟ったというか。つまりエルフ云々よりも先に(自称も)も(笑い)も魔法使いの文字にはつかないのである。代わりに(素人)はつきそうだけど。

 なお、俺としては将来かわいいお嫁さんを貰って家族でほのぼのスローライフをしたいと願ってやまないのだが、本音を言うのなら相手は別に男でも女でもよかったりする。前職に同性カップルが多かったり、自分自身が悟ったのが成人の儀式だろうが、幼少期からそういうのが周りにありふれていればいくら前世の常識を持っていようが感化もされる。
 第一に同性同士でも子供ができるというとんでも魔法が存在し、それを構築したのが俺のハーフで先祖返りな元となっているご先祖様であるらしい時点でいろいろと察して欲しいのが本音である。止めに、俺の母親が絵本から出てきたような妖精系お姫様で、父親は物語から飛び出してきたような宝塚系男装女子という現実がついてくる。おかげさまで生まれた瞬間に前世とか異世界とかもう何もかもよみがえって、ついでに常識の一部にさようならをしたものだ。

「あっ、その話はまだ続けるのですね。簡単に言えば、ギルドでアンナさんに言ってしまったんですよ“行ってまいります”と」
「なんだ。そんなことか。そんなもの新人はよく返事をするだろうし、受付嬢に気がある冒険者ならもっと積極的にやるだろうし、どちらにせよ気にするほどではないだろう」
「えぇ、どちらにせよ終わったことを悔やんでも仕方ありませんよね」

 ラルドとのんびり続く会話に問題のない範囲で対応しながら俺は考える。ついうっかり思考回路が脱線しまくったが、ようするに今考えるべきはひとつだろう。
 何故、彼は積極的に俺にかかわってこようとしているのだろうか。これに尽きる。
 しかし、理由を聞いたところで教えてくれるのか。意外とあっさり教えてくれそうな、黙秘しそうな、どちらともいえる態度から、後一歩がどうしても踏み出せない。
 ちなみにありえないことだとは思うし何様だと自分で自分を殴りたいのだが「一目惚れしました」などという異次元の言葉を聞いた日には、何もかも全てを投げ出して実家に帰ってベッドにもぐりこんでふかふかのお布団の中に一か月くらい籠城する。
 俺自身同性同士もありだけど、それとこれとは別だ。そもそも個人的に“一目惚れ”という単語は嫌いだ。なにせ一応俺はエルフなので。

「あの、ラルドはなぜ私に」
「一目惚……待て、魔法を展開しようとするな! 依頼だよ、依頼!」
「依頼、ですか」
「そうだ。依頼だ。ここから少し行ったあたりで植物系モンスターがかなり増えてやがる。俺一人で、と思ったんだが、数が予想より多い上に場所が悪くてな。それで、ちょうど進行方向に居たアルテに声をかけたんだよ」

 ラルドとしては小さな冗談のつもりだったのかもしれないが、俺は笑えない。悲しいことにも世界が変わろうが、世の中にはエルフでありさえすればいいという大きなお友達がそれなりに存在しているために。
 そもそもラルドは俺に冗談を言って、むしろ話しかけて雑談をしている場合なのだろうか。依頼でこの森に来たのなら、駆け出し冒険者に声なぞかけずにさっさと終わらせればいいだろうに。たしかに、彼が言うように、サーチでこの先にそれなりの数のモンスターがいるのは理解した。また、前世ではクレイモアと呼ばれる大剣が彼の相棒である時点で場所に難があるのも納得はできる。
 だが、そこで駆け出し冒険者を連れて行ってはたして何か意味があるのだろうか?
 声をかけた時点では、ラルドは俺をエルフであるとは認識できていなかったはずであり、魔法で手伝ってもらおうという発想さえできなかったはずだ。
 剣神の呼び名の通り、獲物はなんであれ、十分に扱えるだろう彼にとっては、魔法なぞ時間の無駄に違いない。連れていく意味なぞどうであれないはずなのだ。

「……あの、もう」
「頼む! 断らないでくれ! 異常繁殖だったりするかもしれないから、数の把握のためにすべての魔石を集めなければいけないんだ。倒すだけじゃ駄目なんだ」

 しかし、その名と違い情けなく下がった眉に、不安に揺れる瞳に、断られることを想像して揺れている声音が、俺の中の疑惑を強引に押しのけていった。
 サーチでの数は三十八だ。ラルドにとっては二十秒で終わる討伐だろう。しかし、それらすべての魔石を集めると考えれば、なるほど、俺のような存在であっても声くらいかけたくもなる。なにせ、彼の技量から考えても、文字通り“森の中に落ちた石”を探す羽目になるのだろうから。魔石は魔力を内包しているため、魔法使いでなくとも魔力になじみさえあるのなら一目でわかるのだが、職業が剣士であるラルドにはただの石と変わらないからだ。

 時に魔石とは、魔力を持ち、常日頃から魔力を使用していれば、どんな存在であれ心臓の近くに必然と不純物のように精製されるものである。あるいはそういった力場にあるものに力が宿ることもあるが、それは置いておこう。
 昔、その事実を知った時は、純粋に健康に害はないのだろうか? と気になり真剣に調べ上げてレポート作成を試みたのだが、魔物を解体するのはさておき、人間を解剖するのはナチュラルに異端扱いで殺されかねないのであきらめたのだ。
 残念ながらこの世界、外科的な手術はないことはないのだが、いろいろと厄介ごとと面倒ごととセットなため、さすがに知的好奇心のためだけに手を出すのははばかられたのだ。

「あぁ、そういうことでしたか。……そうですね、思うところはありますが、わかりました。私でよろしければ同行させてください」

 じっと、目の前で俺に手を合わせ拝むように様子をうかがうラルドをみやる。
 そういえば職業剣士でも知らずのうちに身体能力系の魔法を使っているケースが多いのだが、彼はどうなのだろうか、と。うっかり、胸を捌いてみればわかるのに。などと思ってしまったあたりで、どうにか思考を元に戻す。 研究職員の悲しいサガというやつで、ふと気が付くとあらぬ方向に思考が飛び立っては、急に前の話と関係のない、その上とんでもなく物騒なことを言い出す。というのは前職では許されたが、それ以外の場所では盛大に困惑された黒歴史を忘れてはいけないのだ。

 どうにか、前の文脈を記憶から発掘し、話を通す。
 コイツ、聞いてたか? という雰囲気を出しつつあったラルドも、俺が真剣に顎に手を当て悩んでいた上での発言と受け止め、視線をそらしてくれたのでセーフだろう。
 なんというか、ラルドは結構まっすぐというか、感情が表に出やすいようなのだが、俺の推しがこんなに素直! と前向きに考えておけばいいのだろうか。俺としては、とても判断に困る。見て見ぬ振りをすべきか悩みどころだ。

「とりあえず、アルテはここで待っててくれ」
「魔法で残滅いたしましょうか?」
「いや、もともとは俺の依頼だ。巻き込で悪いと思ってるんだ。俺のファンというやつなら格好くらいつけさせてくれ」

 指摘したところで意味などないだろう。それとも開き直る可能性もあるのだろうか。好奇心を満たすべく言ってみたい気もする。さて、どうするべきか。と、相変わらずどうでもいいことを悩みつつラルドに続く。 現場の俺から同好の士へ、推しの背中は想像以上に素敵でした。というレポートしか出てこないあたりで、俺の思考回路は楽な方と目先を優先するようにできているらしい。

 ラルドは姿絵ではよく長いマントをなびかせていたのだが、実際の彼は普段は実用一辺倒の鎧姿であるらしく、今回に至ってはかなりの軽装、というよりも私服っぽいのでマントなどあたりまえのように装備していなかった。野営なりで夜になれば毛布なりの代わりに装備するのかもしれないが、少しだけ残念に思ってしまう。うっかりどこかの映画に出てきそうなインテリジェンスなマントを創造しちゃった前科を持つくらい、俺はマントに夢を見ているので。
 どうせなら、推しにそのマントをおしつけ、もとい、プレゼントしようかと悩むが、目の前で繰り広げられる光景を見るに余計なお世話にもならぬだろう。

「……さすが、S級。なるほど?」

 魔法で動体視力をこれでもかと上げたのだが、ラルドが剣を動かしている軌跡が一切見えてこない。森の中なので小さな狩猟用の剣を振り回しているのだが、手がブレたかと思えば敵が細切れになっている。引きこもり特性盛りすぎな研究職の魔法使いなので、動体視力をいくら補精したところでマイナスなせいだろうか。意地になって細切れになった状態から逆算して軌道を計算で出すあたり研究職は因果なものかもしれない。ついでに答え合わせとばかりにこっそり時間系の魔法を駆使してみたが、スローにするのではなくうっかり完全に時間を停止したために何もわからず終わった。時間に干渉する類の魔法は秒単位で恐ろしい量の魔力を要求してくるのですぐに切ったのだが、思い立ったが全力投球し、後悔し、場合によってはお説教されるまでがセットだったりする俺は、めげないし、しょげないし、学ばないのだ。

「魔力を使いすぎましたが、結論、S級はS級だったということでひとつ」
「いや、何の結論なんだ」
「独り言です。お気になさらずに」
「気にするなという方が気になるに決まってるだろうが!」

 半分でも先祖返りでもエルフ。これくらいのギリギリチートはできなければエルフの中の面汚しになってしまうので。なお、そんなチートを用いてもよくわからなかったS級の実力とは。
 もちろん笑顔で自分の中の結論は投下しておいた。しっかり耳にした本人からツッコミが返ってきたが、にっこり笑って放置したいと思う。
 さすがに間違った全力で魔法を使いましたと言ってしまうと、チベットスナギツネの顔で「そうですか」とよくわからない対応をされるのは身に染みてわかっているので。

「アルテは、変な奴だとか残念な奴だとよく言われないか?」
「本人を目の前にして言われたのは……おや?」
「言われ慣れてるじゃないか」

 一体俺が何をしたというのだろうか。変な奴。残念な奴。ラルドの認識がひど過ぎてアンナさん直伝の「訴えずに勝つ」をやろうとしたのだが、よく思い返してみるといろいろな人に今まで普通に言われてきたような? 気のせいだと思いこむには耳にしすぎているような? 普通本人を前に言わないほうがいいことだと思うのだが。だいたいの人が「しょうがないですね」と、駄目な子なり、ちょっとお馬鹿なペットなりを見るような目で諦めてくれたので大丈夫、じゃない。これ大丈夫な案件じゃない。研究所に居た時は、俺以外にももれなく所属者全員に同じレッテルが張られていて気にも留めなかったのが敗因だろう。つまり、あれほど一人暮らしを反対されたのはそういう理由だった?

「いや、その、すまなかった。そんな急に落ち込まなくても! 悪気はなかったんだ」
「それは、一番ダメな奴では?」
「あっ、その……すまん」

 気がついてはいけないことに気がついてしまって、正気度をチェックする途中、ラルドに綺麗に止めを刺されたんですが、そろそろ泣いても許されますか?
 無言で魔石を拾いつつ、おろおろするS級あらため、ただの大男をお供にため息を製造するとか、冒険者生活一日目から濃すぎてついていけなそうです。
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